ないえごろうブログ

同音異義の探索

血の日曜日・1905年1月22日(グレゴリオ暦)・此奴をドウする

 文字霊日記・3262日・番外編・・・

 クタバレ・・・腐汚沈・・・丙戌・・・
 「さすけ」や「大ざる」にはなれない・・・現実・・・
 此奴をドウする・・・
 1952年 壬辰
  10月 己酉
   7日 丙戌
   0時 戊子

 ↓↑
 血の日曜日
 1905年1月09日(ユリウス暦)
 1905年1月22日(グレゴリオ暦
 ↓↑
       大運2020年~乙丑偏財
       年運2023年2月節入り
           癸卯年
          2023年 壬寅
           01月  癸丑
           22日  庚辰
 1905年1月22日(グレゴリオ暦
 甲辰(乙癸戊)正財・印綬 墓
 丁丑(癸辛己)偏官・偏印 養
  ┣辛・比肩
 辛酉(庚 辛)  ・比肩建禄
 甲午(丙 丁)正財・偏印 病
  子丑空亡
 ↓↑
 ロシア帝国
 サンクトペテルブルク
 労働者による皇宮への平和的な請願行進に対し
 政府当局に動員された軍隊が発砲
 多数の死傷者を出した事件
 ロシア第一革命の端緒
 ↓↑
 1905年
 1月09日(ユリウス暦)
 1月22日(グレゴリオ暦
 日曜日
 独自の労働者組織を設立した
 教会司祭
 ガポン神父が計画した請願行進
 ↓↑
 請願の内容
 憲法制定会議の召集
 労働者の諸権利の保障
 日露戦争の中止
 各種の自由権の確立
 ロシア民衆の要求を代弁したもの
 ↓↑
 挙行されたストライキへの参加者
 サンクトペテルブルク
 全労働者18万人中
 10万5千人・・・
 行進参加者は6万人ほど・・・
 軍隊は
 各地で非武装のデモ隊に発砲
 死者
 4,000人以上・・・
 慎重に概算した報告
 1,000人以上・・・
 市内各所で暴動と略奪・・・
 ガポンはロシアを離れ国外逃亡
 10月に帰国し
 1906年4月
 社会革命党によって暗殺
 ↓↑
 プーチン政府・・・腐汚沈・・・
 特別軍事作戦
 (специальная военная операция
  special military operation)
  EU & イギリス政府
  Russian aggression・・・ (侵略・攻撃)
   against Ukraine
 国際連合
 第11回緊急特別総会
 Russian
  Federation’s Invasion・・・(侵入・侵攻・侵略)
  of Ukraine
 Aggression against Ukraine
 ↓↑
 by Wikipedia

 ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
 ↓↑
 モモちゃん

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm
↓↑

アワレミョを・・・淡・粟・阿波・・・例観よ

 文字霊日記・3262日目

 サブマリン(submarine)=下手投げ・・・佐武鞠(靡里)ム?

 「次は・・・」

 宇宙の形態
 ・・・『蓋天説』
    『渾天説』
 は紀元前一世紀
    『宣夜説』
 は後漢の二世紀

 「蓋天(ガイテン)は
     涯の天で
  水のマダレの圭
  クサカのジュウのヨコシマのサラの説。
  すなわち
  讃良(サラ)の説は
  持統天皇の説だわ。
  渾天(コンテン)は
  根、坤、恨、艮、困、魂、紺、近、紺
  の尼、海女、海部、阿倍の説よね」
 「宣夜(センヤ)は
  ウのワタリ
  頭はヒトのタの又
  あるいはメだな。
  センのヨルで船に依る
  專(モツハラ)を選るで
  舌百原(モズハラ)を選る、だ。
  次にこれらの説の説明だが・・・」

 『蓋天説』
   ・・・
   『周髀算経』は
    周王朝
    周公が
    殷高から授けられた
    数学の古典典籍
 『句股弦の法』
   ・・・ピュタゴラスの定理の特殊法
      句=三、股=四、弦=五
      とした直角三角形を基礎。
      水平な地面に
      八尺の長さの
      棒(圭表)=『髀』を垂直に立て
            『股』とした
      正午、この棒の影の長さを
            『句』とした
      中国古代の中心は
      河南省告成鎮にあたる『陽城』
      この地で
      夏至正午の棒の影の長さは
      『一尺六寸』
      真南千里
      『一尺五寸』
      真北千里
      『一尺七寸』
      南北千里に対して
      『一寸』
      と云う緯度の差が決められた
      『周髀算経』では日の光が届く範囲は
      『167000里』とされた
      初期は
      「天円、地方」で
      天は傘
      地は方形
      後期は
      天は開いた傘
      地は伏せた鉢の構造で、天地
      とも
      半円球と考え
      天地の中心は
      北極点とした
      天地の距離は最高、八万里
      天地周辺の距離は六万里
      太陽は一年間
      直径の違う
      円軌道(衝)を巡る
 『七衝六間』
   ・・・十二中気と十二節季=二十四節気
      夏至・・・・・第一衝
      春分秋分・・第四衝
      冬至・・・・・第七衝と呼ばれた。
      この衝と衝の
      中間が「間」で
     「六間」ある
      天は西へ回転
      漢代以後は左に
      回転する
      碓の上を右に
      蟻が這っていく、と比喩
      ローマのヴィトルヴィウス
     (BC1世紀の建築家)は
      碓ではなく陶工用の
      ロクロ(轆轤
      に例えた

 「すごいわ、
  ピュタゴラスの定理。
  もう説明するまでもないわ」
 「建築、土木、地形、航海の測量は
  『直角三角形』
  がすべての原点だ」
 「出来るわけよね、
  巨大な
  『前方後円墳』が」
 「あれは、台と円の象徴で
  『ヤマの台』
  と
  『圓(エン)』は
  口の目の人の国のことだな。
  しかも
  エンは猿で、去る申、臣、晋。
  芯はクサカのココロだな」
 「台と圓の合体の象徴よね。
  そして女性器で、ホタテ貝。
  股から生まれて
  また
  黄泉(ヨミ)に帰り
  そして、再度、再生する祭政の象徴だわ」
 「まさに
  天体の巡行、循環だ」

 『渾天説』
   ・・・天地ともに球状とする考えで
      後漢時代の
     『張衝(73~139)』
      は
      天は卵殻
      地は卵黄
      に例えた
      揚雄(BC53~AD18)
      桓譚(一世紀初頭)が
      主張、擁護
      王充が
     『論衝・説日』で
     『天蓋説』を擁護
      鄭玄(127~200)
      蔡邑(132~192)
      が
     『渾天説』を確立
     『渾天儀』は
      天体の観測器で
      張衝の時代には
      精密、正確に観測できるようになった
      理論は
      天の内外に水が存在し
      大地も水を載せ
      水に囲まれた
      天と地が
     「氣」に支えられて
      中空に浮かんでいる
      とした

 「『張衝』は言うまでもなく
  弓の長の将。
  卵殻(ランカク)は乱獲で、タマゴのカラ。
  大の地、卵黄=乱の王に例えた、だわ。
  『揚雄(ヨウユウ)』はアのゲのオ。
  『桓譚(カンタン)』はキのワタリ、
  ゴンの西=爾志=螺のヒの壱の拾。
  主張で、主はキュウの長、
  擁護(ヨウゴ)は用語、養護。
  『王充』で、王はジュウ、ミのツル、
  『論衝・説日』で、論証、説示の柘。
  『天蓋説』を養護は
  持統天皇擁護したのは
  ツル(蔓)の藤原だわね。
  『鄭玄(テイゲン)』は
  鶏の台の彦の提言。
  『蔡邑(サイユウ)』は西の雄だわ。
  『渾天説』は根元説の確立だわ。
  『渾天儀』は紺の典の儀、
  海部の観測器で『張衝』の時代には
  精密、
  正確に観測できるようになった、わけよね」
 「理論=王の里はゴンのリン。
  天=海の内外に水が存在し、
  大地も水を載せ、
  水に囲まれた天と地が氣(キ)に支えられて
  中の空(アキ)に
  浮ぶ=ウ・カブ=ウカ・ブ、ウのカのブで
     烏=卯=鵜、夏=花=化、舞=武だ」

 『宣夜説』
  ・・・後漢の秘書郎の
     郤萌
    (ゲキホウ=郤の異字漢字
     郤は春秋時代晋の大夫で
     叔虎の領地
     キャク、ケキ、ゲキ
     仰ぐ、隙間
     骨と骨のつながるところ)
     が「先師が伝えてきた」
     とことわり展開した
     『宇宙無限論』である
     『荘子・逍遥游編』
     『荘子・湯問編』で
     殷の湯の質問に
     夏革が
     『無極の外は、また無極』
     とこたえた

 「叔父は虎で、天武天皇
  ・・・すごいわね、古代の哲学は・・・
  『夏革(カカク)』は
  家(ウチ・イエ)の格で
  価格はヒトは西のキの客だわ。
 ・・・『無極の外は、また無極』で、
 武のキワメのソトは、
 マタ、ム(ヨコシマ)のキのワのメ。
 記の倭の女だわ」
 「『宣夜説』は云うまでもなく、
  ウのワタリのヨルだ」

 『安天論』
   ・・・東晋の成帝の
      咸康年間(335~342)
      会稽郡の
      虞喜(281~356)
      が
      天の高さ
      地の深さは無限とした


 「でたわねッ
  『会稽の郡』。
  虞の喜びは、虞美人の喜び」
 「虞美人は
  楚の
  『項羽』の愛人で、夫人だ。
  『項羽』が垓下で、敵に取り囲まれた時、
  天運が尽きたと悟り
  辞世の詩を詠い慨嘆したとき、
  その詩に和して舞い、
  自殺した女性だ」
 「虞美人の喜び・・・
  ロマンチックだわ・・・
  『虞美人草』は
  ヒナゲシの花の別名だから、
  雛の夏至
  夷の下史で、
  雛、夏に至る、
  蝦夷は霜=アメのキのメ、
  一の卜の歴史だわ」
 「まさに、
  楚の『項羽』は
  蘇の降雨、
  鼠の甲鵜、
  姐の工の烏=卯だな」
 「蘇我入鹿の屍に
  降り注いだ雨なのね」
 「そしてだ・・・」

 『窮天論』
   ・・・虞喜の族祖の
      虞聳(三世紀)
      が唱えたもので
      天は鶏卵のようになって
      その周囲は幕が垂れて
      四海の表面に接し
      天は充満した
     「元気」の上を浮かんでいる、
      とした

 「キュウテンロン・・・
  急転、露の武だわ・・・
  視界=死界の海の辺は充満し、
  元のキのウのエに
  浮かんでいる
  水のツのメの子・・・」
 「海の戦いは
  『白村江』、
  『壬申の近江・大津』、
  『西海の壇の浦』だな」
 「戦いの後、
  女性達の最後はいつも
  水の底に沈んで没するんだわ」
 「沈没だな・・・」

 『晰天論』
  ・・・三国時代(220~280)の
     呉の太常であった
     姚信(220~280)
     が唱えた宇宙論
     人体と天体は同じ形態を有する
     としたもの
     これら
     三論は三、四世紀の
     魏、晋で展開された

 「セキテンロンは
  関の海部の露=天の路の武だわ。
  ゴの胎の娘、丈よ。
  チョウシンは言うまでもなく、長の身、申、臣」
 「ジンタイ、テンタイは
  陣台、纏台。
  三論は御津の露の奴、武だ。
  ロンはマージャンで、勝利だな」
 「マージャンは
  麻(アサ)の雀(スズメ)よね」
 「まさに、四の卓のアソビだ・・・」

 『三五歴紀』
  ・・・三国時代の呉の
     徐整は神話
    『盤古』説を踏まえて
    『天地は混沌として
     鶏卵のようであり
     盤古が生まれた
     一万八千年して
     天と地は開闢し
     陽清は天となり
     陰濁は地となった
     盤古は一日に九変した
     天は超越なものとなり
     地はそこを治めた
     天は一日に
     一丈ずつ高くなり
     地は
     一丈ずつ厚くなり
     盤古は一日につき一丈伸びた
     このようにして
     一万八千年経って
     天は高く
     地は深くを極め
     盤古は非常な長身になった
     だから天の高さは
     九万里となったのである』
     と唱えた

 「『三五歴紀』はミツのゴで、
  御津後の読みのノリ、あるいは、
  イツの
  古の読み、
  虎の読み、姑の読み、庫の読みは
  蘇我氏の三蔵の大臣、
  股のヨミは
  シシのキのマタの黄泉(ヨミ)の
  規(ノリ)だわ。
  三ッ児なら宗像の三姉妹よ」
 「紀は糸の己で伊都の横島だな」
 「そして、
  『三国時代の呉の徐整は神話』は
  参国の時(トキ)の
  代(シロ)のジョセイ=女性。
  『盤古』説は磐(イワ)の
  壱の拾のクチ、あるいはクニ。
  古=フル=降る=振る。
  そして、説は分解すれば、
  言(イウ)と兌(ヨロコブ)で、
  兌はタイ、ダ、エツ、エチともよむ。
  八は開く意で、ヤツ、
  口をあけて笑う人を意味するわ。
  漢字からは八(ヤツ)、ハチの兄だわ。
  兌、これは
  七夕姫の所でも検討したけれども、
  方角は西、
  時刻は七ッ半と六ッの夕暮れ、
  酉、秋、少女=乙女、白、白虎。
  そして、
  踏(フマエテ)は
  足の沓(クツ)、水の日、アシのミズのヒ」
 「フマエテで、アシのクツか」
 「そう、これは曲者だわ。
  『フマエテ』はフの前の手=主。
  このフには人として、
  父(チチ)、夫(オット)、婦(ヨメ・オンナ)、
  巫(ミコ)=御子、
  誣(カンナギ)がある。
  だから主語として懸けられている人物は
  父、夫、嫁、子供、孫、
  夫は女性の相手だから、主語は女性。
  そして、巫のそれぞれの出来事が
  二重、三重に重なっているんだわ」
 「キョウ九重の八重桜、なんってあるから
     九重、八重かな。
  持統天皇を主語にすれば
  父は天智、
  夫は天武、
  子供は草壁、
  孫は文武、
  巫は伊勢神宮
  誣は中臣=藤原だな」
 「斉明天皇を主語にすれば、
  父は茅淳王、
  夫は高向王と
    舒明、
  子供は
  天智と天武
  漢皇子、間人皇女、
  巫も間人皇女。
  天武の嫁は持統で、
  天智の嫁は倭姫王。
  孫は
  建皇子、
  大友皇子
  草壁皇子
  を筆頭にその他大勢だわ」
 「まあ、女帝の重なりを踏まえて判断せよ、だ」
 「そして、場所の重なりは
  府
 (クラ・アツマル・ミヤコ・カガム・ハラワタ・モト)、
  敷(シク・シキ・ワケル・ノブ・ヒラ)、
  阜(オカ)、
  風(カゼ)、
  普(アマネシ・ヒロイ・カタ・ユキ)
  だわ」
 「なるほど、『文字霊振り』だな」
 「そして、行動は、
  降(フル・オリル)、
  賦(トリタテ・ミツギ・クバル・ワケル・アタエル)、
  符(ワリフ・シルシ・オシデ・アウ)、
  訃(ツゲル・シラセ・タル)、
  赴(オモムク)」
 「なるほど、戦いだな」
 「そして、
  膚(ハダ)は
  卜、皮、七、田、月」
 「ハタで、
  機は秦の将の旗の側で、八幡大菩薩
  波の妥、
  覇の侘(ヨコシマ)」
 「そして、
  沓は泉の逆字、これはおじさんの説。
  そして
  沓は靴で、カワのヒトはメスで、変化。
  父、
  天智天皇の遺品の靴を見て
  心変わりした持統天皇だわ」
 「・・・そういえば、
  昔、見た股旅者(マタタビモノ)の映画に
  タイトルが
  『沓掛けの土岐(時)次郎』ってあったな」
 「クツカケのトキジロウなの?」
 「ヤッパシ、
  歌舞伎や役者稼業、戯作作家は
  猿女と天武天皇の流れだな。
  それに芝居(シバイ)は司馬の移だ。
  ヒンズー教の『シバ神』は変化の名人だ。
  芝居の役者は変装の名人。
  どうかな、多羅尾伴内くん」
 「イヤ、参りました、明智小五郎さん
  『怪人二十面相』が『シバ神』とは」
 「小説家や探偵作家、モノ書き、
  これらは『サンカ』の血族だ」
 「日下の一族もなの?」
 「うーん、
  『サンカ』からも
  落ちこぼれてしまったかもな」
 「・・・次の
  『天地は混沌として鶏卵のようであり、
   盤古が生まれた』は、
  天智天皇
  混沌とした
  ミズのヒの紺の坤艮の困の魂の恨で、
  ミズの豚(ブタ)は
  イルカを射る鹿。
  鶏の卵(タマゴ)の兄(アニ)の乱、
  境(サカイ)の乱、
  継の乱のようであり、
  磐(イワ)の子=ゴが生まれた、だわ」
 「なるほど。
  蘇我入鹿で、
  祖我、居る、入る、煎る、詩歌、史家、志賀だな」
 「そして、
  『一万八千年して天と地は開闢し、
   陽清は天となり、
   陰濁は地となった』は
  ハジメの幡はヤツの船の年=とし(渡使)で、
  ネン(撚=捌=八)、
  鯰(なまづ・名真柘)=魚+念=(真名)+(今+心)。
  『盤古は一日に九変した』は、
  磐の子、ハジメの壱妃は舅の編に返れ・・・
  一紀=一記は、九=キュウの辺に換えれ、だ。
  仇(アダ)は
  阿多、舅(シュウト)は
  蘇我、臼(ウス)=日本タケル、
  啼く、泣(ナク)は須佐之男
  球(タマ)は日下王。
  『天は超越なものとなり、地はそこを治めた』は、
  海部=阿倍は、
  鳥=鶏=酉=猷=尤の長、
  肥を越え
  蜘はそこをミズのタイとして治めた」
 「まさにコエは肥で、月の巴だ」
 「そして、
  『天は一日に一丈ずつ高くなり、
   地は一丈ずつ厚くなり、
   盤古は一日につき一丈伸びた。
   このようにして
   一万八千年経って
   天は高く地は深くを極め、
   盤古は非常な長身になった。
   だから
   天の高さは九万里となったのである』は、
  もう言うまでもなく、
  アマはハジメのヒ、ハジメのタケで、
  嬢は高句麗なり。
  チはハジメのタケ、で、
  娘はアツク=篤く=タケの婆の玖=琥。
  磐のコは壱妃につき、
  ハジメの嬢で、
  ヒト=日都は、
  シン=晋のビ=尾=鼻=碕の侘(ヨコシマ)だわ」
 「なるほど」

 太陽と月
 『楚辞』
  ・・・屈原(BC340~278)の
    『ゲイ(羽+廾)が日を射る』で
     ゲイはどこで日を射たのか。
     烏はどこに
     羽を落としたのか
     の伝説は、
     十進法と
     太陽の黒点の知識が既に存在していた

 「『屈原(クツゲン)』は
  靴の源、沓の彦で天智天皇
  ゲイは迎で、ムカエル卯の進入。
  藝は芸で、
  日の下の云う安芸、
  安芸はウの女の芸、
  芸は宇受女の舞踏(ブトウ)で、
  穐、秋、安岐、空、飽田の武の闘。
  二(フタツ)=貳(ハンラン)=児(フルのヒト)
        =丹(タン=反淡耽)=尼(アマ)」
 「なるほど。
  ゲイは鯨(クジラ)、
  鯨は高句麗の尺の単位だ」
 「そして、
  鯨はウのオのキョウ、キョウは京(ミヤコ)、
  況(イワンヤ)、
  怯(オビエ)、
  競(キソウ)、
  狭(セマイ・カイ)、
  兄(アニ)だわ」
 「卑弥呼と壱与、そして天智天皇天武天皇の戦いだ」
 「まさにだわ」
 「次は・・・」

 『山海経・大荒南経』
 『東南海の外、
  甘水の間に羲和の国があった
  女子がいてその名を
  羲和といい
  まさに
  甘淵で水を浴びようとしていた
  この羲和を上帝の俊の妻であって、
  十日を生んだのである』

 「サンカイ・キョウのサンカイは
  散会、参会、山塊。
  散会はチルにアウのはカイで、
  日の下の一は月のキ、
  八の二は
  ム(ヨコシマ)、
  参会は
  ミツにアウはカイで、
  三つのム(ヨコシマ)は
  一のヒトの彡(ケバ)のアト、
  奴のツギのヨコシマのキ、
  山塊は
  ヤマのカタマリで、
  ヤは八(ヤツ)で、奴、
  ハチで、鉢、蜂、椀。
  冶(トカス・イル・ネル・ナマメク)で、
  冶金は吹き分けで、
  鉱石から
  金属を分析して採ることだわ」
 「すると、フキのワケ、
  コウセキから
  キンのゾクをブンセキしてトル・・・
  付記の訳、功績からキの武、
  あるいは奴の族を分籍してトル・・・
  葺の和気、皇籍から欽の族を分籍して盗る・・・
  フキは不義かな」
 「すごい、そのとおりよ。
  おじさん、キンの族をトルで採用、あるいは排除だわ」
 「キンはカネで、
  鐘はキンのワラベ、
  花の根か、クサカの子だ」
 「そして、
  ヤキンは
  夜勤の鍛冶屋で、鋳物師、冶匠、冶人。
  ヤマは耶の馬、邪の馬で、邪魔。
  カタマリは
  華=花の、多=田=汰=蛇=侘=太=他の、
  間の里。
  蝦=靴=嫁=化の、
  玉=珠=霊=弾=球=多摩=球磨の、
  李=履=梨=狸=鯉=理=浬=吏。
  壱の拾のハジメはオニで、
  壱与を拾った波の時の女は、
  鬼道の卑弥呼だわ」
 「そして『大荒南経』は字面とおり、
  オオ、アレ、ミナミのキョウだ」

 『淮南子・精神訓』
  ・・・『尭の時代、
      十個の太陽が並んで出たので
      草木が焼け枯れた
      尭はゲイに命じて
      日を射させ
      そのうちの九個にあたって
      その中の烏がみな死んで
      羽翼を落とした
      その後に
      ただ一つだけの日が残った』
      黒点は烏の足。

 「『淮南子(エナンジ)』は
  漢の淮南王、劉安(リュウアン)が
  学者達に編集させた思想、学説の書で、
  二十一=弐拾壱卷。
  淮南(ワイナン)は
  淮水(ワイスイ)以南の地方で、
  淮はワイ、カイ、エとよみ、
  淮水は川の名前で、
  河南省に発し、
  安徽(アンキ)・江蘇(コウソ)の
  両省を経て東支那海に注ぐ、
  中国第三の大河で、淮河
 「エナンジ、のエナンは
  ワイナンともよむのね」
 「ああ、そのとおりだ」
 「ワイは倭の委、
  カイは海、開、堺、貝、蟹で、
  皆は甲斐、
  エは荏、重、江、枝、慧」
 「まてよ、
  その慧は・・・
  彗星に心・・・スイセイは水星だ・・・
  慧は『定慧』の慧じゃないかな?」
 「!・・・
  藤原鎌足の長男で、
  遣唐使の一員、
  孝徳天皇
  御後胤(ゴコウイン)と言われてもいる人物。
  死亡したことになっている
  『定慧(恵)』は
  藤原不比等の兄でもある・・・
  『定恵』なのぉーッ!」
 「これは、臭いな!」
 「すごい!・・・
  中大兄皇子にコケにされて
  死んだ孝徳天皇の御後胤なら
  当然、恨みの反乱を起こすはずだわ」
 「『定慧(恵)』が・・・
  天武天皇か・・・
  古人大兄皇子・・・
  大海人皇子・・・
  胤は月=肉=宍=字句、
  八=長くヒロガルで、
  ヤツは奴、
  幺=重なる、だ」
 「胤のよみはカズ、タネ、ツギ、ツグ、ツヅキだわ」
 「血縁が長く続く意味だ」
 「しかも、御後胤(ゴコウイン)なら
  仏の後光陰で、
  後背(コウハイ)の放射の光で、
  高配なら高の酉の己、
  交配は血筋の交わり、
  好配なら女の子は西の己だわ。
  多多種子は三輪山の神主」
 「御幸インならミユキの院で、
  時刻=時国の『戊夜・五更の寅(トラ)』は、
  暁の七ッから七ッ半の寅支から卯支の間だ」
 「胤(イン)はタネで、
  寅(トラ)、
  虎は古=壱拾の口、
  庫=マダレのクルマ、
  胡=古のシシ、
  去=猿=猿女、己で、子だわ」
 「股肱(ココウ)は手足で、頼みとする腹心の臣下。
  しかも
  ココウは戸口の調査で、
  虎口、虎穴に入らずんば虎児を得ず、の故事だ」
 「ココウは
  個々得、箇々得、姑甲。
  去皇ならば
  臣下、部下に去られた孝徳天皇で、去孝だわ。
  そして、
  己稿(ココウ)なら
  キコウ=乞巧で、
  乞巧奠(キコウデン)は七夕だわ。
  キコウ=寄稿=貴公=気孔=記稿
     =古事記に入らずんば
      故事を得ずだわ!」
 「『定慧(恵)』・・・可能性が・・・
  検討の余地があるな」
 「そうね。
  それで
  ナンは何、難、軟、男、楠だわ」
 「淮(ワイ)は
  氵=水の隹だが、
  冫=氷の隹で、
  准(ジュン)とよむ漢字があるよな、
  で、これのヨミを調べてくれないか」
 「えーと、・・・漢和辞典には
  ナゾラエル、ヨル、ノリ、タグルとよむ、とあるわ。
  准は準が本字とある。
  冫を省いたら隼(ハヤブサ)だわ。
  隼人よ。
  ジュンは
  淳で、淳頭、淳心、淳尾の
  南(ミナミ)の朱鳥の星座よね。
  ジュン
  純はイトの
  豚の屯=軍陣=駐屯。
  旬は句の日。
  殉は殉死で、一の夕はクのヒ。
  順は順序で、カワのケツはマダレのヨ。
  循は循環で、ヘツのガンダレは壱拾の女。
  巡は巡回で、カワのシンニュウはカイのマワル。
  潤は潤益で、ウルオウの易。
  遵は遵法で、ミコトのシンニュウはミズのサル。
  楯は矛盾で、キのタテはムジュン。
  馴は馴染みのナジミ、だわ」
 「なるほど、ユカちゃんは漢字の博士だ。
  『遵法闘争』は何処へやら、だな」
 「闘争・・・遵法精神のことなの、それ?」
 「むかしのJRさ、ドウロウ」
 「?JR、ドウロウ・・・
  時間の婁、道の瑯なの、それッテ・・・
  『精神訓』はコメのヌシのツキ、
  あるいはシシ、ネのサルのイウのカワ。
  『精神は訓よみ』にある、だわ」
 「まさに『古事記』の精神はヨミ=訓で、
  言葉の川=側、黄泉にある、だ。
  とにかく
  訓よみだな。さて、次は・・・」

 『漢書・五行志』
  ・・・「河平元年(BC28)乙未
      黄色の太陽が出た
      黒い気があり、大きさは銭ほどあった
      日の中央に位置していた」
     これより古い
     漢の文帝の時代(BC179~157)
     の記録には
     「日の中に王の字あり」
     とあり、これも黒点

 「『漢書(カンジョ)』は
  カンジョで、甲、諌、姦、干、
  間の汝(スナのワチ)の女。
  卷の序は『五行志』で、
  吾、子の行いの志し、
  語の行を悟凝視、
  后の行を誤凝視せよ、だわね」
 「うまい、さすがだな。
  この『日の中に王の字あり』は
  ロシアやスペインで目撃されたと言う
  『UFO』だぞ」
 「・・・」
 「とにかく、五行の志か、仁、義、礼、智、信だ。
  秦、漢時代の舞楽で、
  周の大武の舞を改称したものだな。
  仏教では布施、持戒、忍辱、精進、止観だ」
 「仁、義、礼、智、信の、
  ジンは壬(ミズのエ)、
  ギは祇(カミ)、
  レイは霊(タマ)、
  チは治(オサム)、
  シンは申(サル)。
  布施、持戒、忍辱、精進、
  止観の、
  フセは臥で、オミのヒト、
     伏で、ヒトはイヌのイチのヒトのシルシ
  ジカイは次の会で、
  ヒのノ(ヘツ)のヒトのハチのニのヨコシマ。
  ニンジョクは忍の辱で、
  ヤイバのココロはトキのミコト。
  あるいは
  妊の序の句で、
  序文の句に妊まれているのはオンナのミズ。
  ショウジンは将の壬で、将軍はミズのエの人。
  シカンは仕官で、
  ツカエル・ヒトは
  壱の拾のウの国と国の呂(セボネ)。
  弛緩の史観は、
  キュウの卜のセ(ミコ=巫=御子)は
  イトのツメのツギのヘツのマタ、
  あるいは
  ツメはイチのトモだわ」
 「なるほど、
  呂(ロ)は
  内臓のイとチョウを裏から支える背骨だ。
  ・・・串(クシ)も国と国の連結、連合だな」
 「串には
  串夷(カンイ)、
  串狎(カンコウ)
  の熟語があるわ。
  串の夷は常道にナラウ、そして
  西戎(セイジュウ)の国名、とあるわ。
  串夷の夷は常の意だから
  常世国は西の国だわ。
  でも
  蝦夷やヒナは西から移動して
  日本の東に落ち着いた人々のことだわ」
 「カンイは官位、簡易だ。
  セイジュウは西獣で、
  白虎と云うことだな」
 「天武天皇だわ」
 「次は・・・」

 『山海経・大荒西経』
   ・・・「大荒の中に女子がいて
       月の光を浴びようとしていた
       帝俊がこの
       常羲を妻とし
       月を十二個生んだのは
       始めに(彼女が)
       月の光を浴びたからである

 「『大荒西経(タイコウ・セイ・キョウ)』は
  イチのヒト、日の下、亡く、カワで、
  クのサのカのボのウのツメが
  亡くなって大荒(オオア)れの西の京だわ。
  これは、卑弥呼の死。
  そして、
  『大荒の中に女子がいて
   月の光を浴びようとしていた』のは
  壱与だわ」
 「ヤマタイ国だ」
 「『帝俊がこの常羲を妻とし
  月を十二個生んだのは、
  始めに月を浴びたからである』
  のテイシュンは
  汀(ナギサ)の春(ハル)
  庭(ニワ)の
  駿(オオキイ・ナガイ・スミヤカ
    タカイ・ケワシイ・キビシイ)、
  鵜(ウ)の瞬(マバタキ)、
  定(サダメ)の惷(ミダレル)、
  堤(ツツミ)の筍(タケノコ)で、
  ミカドの筍は
  タケのクのニのチ。
  ジョウキは嬢、壌、常はトコで、
  兎の子の姫を妻、嬬とした。
  月はジクで、シシ。
  シシは壱拾弐の子を産んで、反乱だわ」
 「天武で、綴(ツヅリ)の惷(ミダレ)だ。
  次は・・・」

 『七政』・・・北斗七星の旋、幾、玉衝、
        もって
        七政を斉(トトノ)う
       『七曜』は五惑星と日月

 「『七政』は
  七夕の織り姫で、木花之佐久夜姫。
  北斗七星の『旋、幾、玉衝』は、
  旋(セン)=メグル、カエル、スミヤカ、
        タチマチ、イバリ、ショウベン
  とよみ、
  幾(キ)=キザシ、ケハイ、マエブレ、
       オダヤカ、ホトンド、アラカタ
       イク、アヤウイ
  とよみ、
  玉衝(ギョクショウ)は
  タマがツクだわ。
  『七政を斉(トトノ)う』は
  始=史の知性、地勢、治世がトトノウだわ」
 「『七曜は五惑星と日月』は云うまでもないな。次は・・・」

 『惑星』・・・緯星と呼ばれた

 「惑星(ワクセイ)のワクは
  湧く、枠で、倭の琥。
  セイは西、政、聖・・・」
 「イセイは
  糸の五の口の井、異性、威勢、以西だ。
  緯星はまさに占いの星、予言の星だ」

 『恒星』・・・経星と呼ばれた

 「恒星(コウセイ)は
  シンのワタリのホシで、
  構成、公正、校正、
  更正、
  攻勢、後生、康生、
  甲西、更生、後世だわ」
 「経星(ケイセイ)は
  イトのマタのジュウのイチのホシで、
  形成、形勢、経世、警醒だ。次は・・・」

 『客星』・・・彗星や新星。
        土星の精から生じるものに
       「五残星・獄漢星・四填星・燭星」
        である。
        金星の精が散じて
       「大(六)賊星」と言う
        九尺の尾を持つ彗星がでる
        いずれも『客星=彗星・箒星
        である

 「『客星』のキャクは
  脚、却。
  カクなら角、革、拡・・・
  彗星は箒星で、ミズの干。
  新星はアラタな干だわ」
 「土星=壱拾壱のヒのウマレの、
  精=コメのヌシのツキから、生じるものの、
  五残星=ゴのザンのホシ、
  獄漢星=ゴクのカンのホシ、
  四填星=ヨツのテンのホシ、
  燭星=ニワビ、トモシビ、タイマツのホシ。
  金星=キム、キヌのホシの、
  精=コメのヌシのツキが、
  散じ=サンジて、
  大(六)賊星=ダイゾク、ムツゾクのホシと、
  言う、九尺=キュウシャクの、
  尾(オ)を持つ彗星(スイセイ)がでる
  いずれも『客星』だ」

 流星と隕石
 『春秋』・・・荘公七年「星隕如雨」
        僖公十六年「隕石?@宋五」

 「流星=ルのホシ、ナガレ、ナカレのホシ、
  水の鼠と猪の頭は
  ヨコシマの津女と、
  隕石=インのイシ、
  寅の医師、
  虎の意志だわ」
 「春秋は張るの穐(トキ)、ノギの蝦の女。
  荘公の七年は
  ソウコウの
  シチのウシ、勢威の胤、スナのワチのアメ」
 「キコウの壱の拾の六=武のウシ、姻戚、
  引責のウのソウのゴ、
  あるいはイツ、だわ」

 『史記・天官書』・・・「星は五行の金の散気なり」
            「早く出るものを
            『贏』となす
            『贏』は客となす
             晩く出るものは
            『縮』となす
            『縮』は主人となす」

 「『星は五行の金の散気なり、
  早く出るものを《贏》となす。
  《贏》は客となす。
  晩く出るものは
  《縮》となす、《縮》は主人』は、
  もう、金は
  『天淳中原《瀛(オキ)》真人』で、
  《贏》は似ているけれど、
  違うのは貝と羊、
  女の
  《瀛(オキ)》の漢字が懸けられている。
  『贏(エイ)』は
  モウケル、アマル、ノコリ、ミチル、アフレル、
  ススム、ノビル、サカン、ウケルだわ。
  『瀛(エイ)』は
  ウミ、イケ、ヌマ。
  『サンズイの無い瀛(エイ)』は
  ミチル、コエル、ノビル、
  アマル、カツ、オコタル、
  ミメヨイ、ウツクシで、
  秦の王室の姓だったのは
  前におじさんと検討したわよね」
 「ああ、
  『エイ秦(エイシン)』は
  秦の王室の姓だったな。
  シンはハタだからハタ氏で、太秦だ。
  『縮』はオソクで、イトの宿、
  シュクなら叔で、叔父。とすれば、
  天武は『客』で、
  糸の宿が『主人』だ・・・
  シシュクで、
  私淑はヨコシマの淑女が主人」
 「それに、
  『両面縮灘(リョウメンスクナ)』って、コレよね」
 「ああ、まさにだ。
  裏表の両面、領面、縮まる灘、
  それに良綿、縮まる、水の難。次は・・・」

 『物理論』・・・三国時代の楊泉(三世紀)
        「気が発散し、その精華が
         浮上して変化し
         連続的な流れとなった
         これを名つけて
         天河といい、あるいは雲漢と云う
         諸々の星はこれからできた

 「『物理論』は
  物部の王の里のロのム、ヌだわ。
  『三国時代の楊泉(三世紀)』は
  御津の国のトキのシロ、キのヒの勿は
  イズミのシロのミツ。
  『気が発散し、その精華が浮上して変化し、
  連続的な流れとなった。
  これを名つけて天河といい、
  あるいは雲漢と云う』
  は云うまでもないわ。
  『天河(テンガ)』は
  銀河で、アマのカワ。
  『諸々の星』はモロモロのセイだわ」
 「よし、次は・・・」
  『列子・天端』
    ・・・「日月星辰は凝集した気のうちでも
        光を発するものである」

 「『列子』は
  レイシで、麗姿、
  麗視(リシ)は
  ヤブニラミで、斜視はナナメにミル。
  麗(レイ)は
  レイ、ライ、リ、ウルワシとよみ、
  ウララカ、フタツ、ソロイ、ツイ、ナラビユク、
  カケル、カカル
  ともよむわ。
  麗実は楊貴妃が好んで食べた果物。
  令嗣はリョウをツグ。
  あるいは
  レツシで、烈姉、劣る始、裂ける史、烈子。
  『天端』は
  テンタンで、天の反、海部の帆だわ」
 「次は・・・」

 『景星』・・・徳星
        よく治まった国に出現
       「赤方の気の中の
        二つの黄色の星と
           青方の気の中の一つの
           黄色の星との三星
        が合わさって
       『景星』となる」

 「『景星』はケイセイは
  傾城の美女は楊貴妃、すなわち、景行天皇
  『徳星』は聖徳太子、あるいは孝徳天皇で、
  よく治まった国に出現で、
  いずれも同一の人物か、
  二人の人物が
  『タケルの御子』
  の共通項で結んであるわ」
 「タケルだな・・・
  江戸時代の天文学者
  『高橋景保』だったな・・・
  伊能忠敬・・・だ」
 「?!・・・
  『赤方の気の中の二つの黄色の星と、
   青方の気の中の一つの黄色の星との
   三星が合わさって景星』は
  ミナミの方のキのナカの二つの
  キのイロのホシ、と、
  ヒガシの方の
  キのナカの一つのキのイロのホシとの
  ミツボシが合わさって
  形成、経世、形勢で、継政だわ」
 「ミナミは朱鳥で、
  淳で、淳頭、淳心、淳尾だ。
  『淳』に類字する『渟』は・・・
  茅《渟》王の『渟』で、
  彼は皇極・斉明天皇孝徳天皇の父。
  そして
  天武天皇
  天《渟》中原《瀛》真人尊だ。
  ヒガシは青龍で、清流、整流だ。次は・・・」

 雲気、大気、太陽の暈(カサ)、虹(ニジ)

 「蜘、雲、玖母、琥喪。
  一のヒトはキ。
  太陽は、耐用で、シカのミコトの用。
  大要で、イチのヒトは西の女。
  大洋で、イチのヒトは水のヒツジ。
  態様で、ムのツキのメスのヒのココロ」
 「カサは傘、笠、加佐で、日の軍。
  太陽に暈の兆しはアメだ」
 「虹はナカのムのタクミで、
  色は七の色だわ」
 「次は・・・」

ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
 ↓↑
 モモちゃん

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

おめぐみを・・・古事記字源モノガタリ

 文字霊日記・3261日目

 「古事記・字源」物語



 『六書』・・・占星術・・・古事記・・・
↓↑
 「きっと昔の物語の作者は
  過去の現実的な出来事を
  環境、状況、人物の
  設定を変えて後々の人々に
  知ってもらいたかったんだろうな」
 「そうよね。
  直接的に語ると
  時の政治権力の弾圧を受けるから」
 「何時の時代でもそうだな」
 「思想、表現の自由
  護るって大変なことなのよね」
 「特に『表現の自由』だな。
  個人が頭の中で何を考えても
  弾圧されることはないのは自明だが
  場合によっては
  その思想が
  現実的な行動に移され、実行され
  既存の秩序を壊そうとすれば
  弾圧されるし
  規制されるのは当然だ」
 「・・・難しいわね」
 「ある思想、考え方が
  対象化され
  オブジェとして創作、創造される
  あるいは
  文字、絵画、音楽、演劇、映像
  に表現されることは
  『自由』であることが護られるベキだ。
  個人の頭の中にある
  思想、想像、妄想は
  誰かに護られなくても
  いつでも自由だが
  その『表現の自由
  特に『行動の自由』となると
  相手との関係性に於ける
  『秩序の枠内での自由』
  であることを踏まえざるを得ない」
 「日本人の自由って
  その関係性を踏まえていないのよね」
 「ああ、妄想、想像に於ける
  『殺人』は自由だが
  その
  『実行』としての
  『殺人』が自由であるはずがないからな。
  『汝、人を殺すなかれ』
  が原点だ」
 「ナンジ、ヒトを殺すなかれ・・・
  汝(スナワチ)
  ヒトをアヤメルこと、ナカレ、だわ!
  ・・・
  スナの女のサトシ」
 「まさに
  壱与と張政の立場の諭しだ。
  だが、社会的な事件を観ると
  何か、映画、TVドラマ、漫画、小説や物語と
  現実的な
  自分個人が
  他の人々と関係し
  生活している空間の境界線が不鮮明で
  曖昧にされてしまっている」
 「現実空間
  と
  妄想空間が曖昧に重なっているのよね」
 「そして
  最近、起きた湾岸戦争や世界各地の国家間の戦争が
  日常のTV映像に不断に映し流されて
  観る人々の理性や感覚をマヒさせていることだ。
  砲撃や爆撃、ミサイルの発射と
  その標的になっている建築物の破壊や
  一般市民が爆発で
  粉々に吹き飛ばされて殺されていく様子が
  リアルタイムで目に飛び込んでくるが
  観る人々には実感が気薄で
  戦争映画のヒトコマだと
  逆に錯覚させてしまっている」
 「しかも
  ミサイル爆撃している兵士自身
  高空から爆撃している空軍の兵士自身も
  ボタンを押すだけ」
 「人殺しなんて云う感覚なんて
  あるはずもないのは当然だ」
 「ゲームと錯覚しているに違いないんだわ」
 「たぶんな。
  爆撃されている人々が
  自分と同じ生きて痛みを感じる存在であることを
  忘れているに違いない」
 「・・・おじさん、
  『自由』の『自』って
  己(オノレ)で
  私(ヨコシマ)
  自(ミズ)カラ
  自(オノズ)カラ
  自然(ヒトリデニ)
  ・・・カラ、マタ
  ・・・ヨリスル
  用(モチ)イル
  以(モ)ッテだわ・・・」

 自・・・オノレ、ミズカラ、オノズカラ
     小野例  水 空   将の洲珂羅
     小野戻
     斧  令
     将の霊  御津家等 (韓・唐)
     ヒトリデニ、カラ、マタ、ヨリスル
     日酉 出貳   韓  又  予李素琉
     妃砦  邇   諌  真侘 因理摺琉

     モチイル、モッテ
     模置居留  物 手
     勿地夷瑠  母津手

 「『由』はユウで
  夕、有、邑、尤、猷、酉、熊、又。
  よみは
  ユ、ユウ、ユイ
  ヨシ、モトズク、ヘル(経る)
  ノットル、マネル
  『由来(イワレ)』
  『ヒコバエ』は木の切株から生えた芽、
   ユク、ミチ
  『ちょうど・・・のようだ』
  『なお・・・ごとし』
  とよむわ。
  象形は
  ブドウをコシて
  カスを取るカゴ、だわ」
 「まさに
  ジユウは字に融けている
  字の佑け、時の雄、土岐の邑。
  ブドウは
  武の道を漉・古史・古詩・古志て
  粕はコメのシロで
  掛る素を採る
  駕篭、篭は
  クワエルに
  ウマはタケのリュウ、あるいはタツ
  そして
  過誤、加護、カのゴだな。
  それに
  尤は
  『尢(オウ)』に
  『ゝ(イン・シルシ)』だ。
  『尢(オウ)』は
  アシナエとよみ
  セムシ、髄の曲がった短小な人物・・・
  隋の曲(ヨコシマ)の
    曲者(クセモノ)だ。
  オウはアシナのエ
  王は足名のエだ」
 「『アシナエ』は
  ヤマトタケルの御子。
  阿は死なず治、だわ。
  足名、椎名の兄」
 「ユカちゃん、
  『尢(オウ)』を調べてくれないか」
 「ええ、・・・
  『尢(オウ)』は
   曲がる=枉
  (オウ・ユガム・シイタゲル・コトサラニ
   ムダニ・ムナシク・イタ)
   の意味で、木の王だわ。
   枉駕は人の来訪。
   枉屈は貴人の来訪。
   枉死は横死で非業の死。
   枉道は正道をまげる。
   回り道をするだわ」
 「セイドウをマゲルは・・・
  青銅を曲げるだゾッ!・・・
  銅鐸を破壊することなら
  祭器、祭祁の変換で
  支配者の交替じゃないのか。
  銅鏡・・・
  カガミは屈むで
  銅鏡の前で拝礼し
  コシを曲げることだ・・・
  古詩、古史、古志を曲げることだな。
  腰に巻くのはオビ・・・
  とにかく、鋳物師で
  イモのシの王だ」
 「・・・尨(ボウ・モウ・ム)は
  ムク犬、混じる、乱れるで
  イヌのアト、ケバ。
  『兀』は尢の俗形・・・
  これはギリシャ文字
  『л=Л(パイ)』だわね」
 「!、こりゃあ凄いぞ!
  Л(パイ)は円周率で
  円周の長さの
  直径に対する比率で
  3・1416倍だ・・・
  参、テン、壱、四、壱、六=武のバイ」
 「3・1416倍・・・
  スゴイッ・・・
  ほんとうなのかしら!?・・・
  Л(パイ)の円周率で
  『兀』は尢の俗形で
  Л(パイ)だなんてッ」
 「うーん・・・
  だが、円周率だぞ。
  円を周る率=律、立、葎、栗、李津だ」
 「リツは
  エンをマワル、ソツ。
  率=ソツ
   =卒、卆、祖津、姐津、礎津、素津
    蘇都、鼠津、子津
         =音津。
  猿は秋を率いる
  尤(ユウ)、尢(オウ)
  の
  寅(イン・とら)」
 「オト、オツ、イツの津だ。
  Л(パイ)はギリシャ文字・・・
  第十六番目」

 Α Β Γ Δ Ε Ζ Η Θ
 Ι Κ Λ Μ Ν Ξ Ο Π
 Ρ Σ Τ Υ Φ Χ Ψ Ω

 α β γ δ ε ζ η θ
 ι κ λ μ ν ξ ο π
 ρ σ τ υ φ χ ψ ω

 「Δ(デルタ)は
  女性で、四番目だ。
  三角形は女、ワレ目で女性器・・・
  デるタだ。出る横島!・・・
  Лは・・・
  ロシア文字で・・・
  十三番目・・・だな」

 АБВГДЕЁЖЗИЙК   
 Л
 М НОПРСТУФХЦЧ
 Ш ЩЪЫЬЭЮЯ
 а б в г д е ё ж з и й к
 л
 м н о п р с т у ф х ц ч
 ш щ ъ ы ь э ю я

 「ギリシャ文字のアルファベット、
  それ自体の
  個々の一文字に
  意味が懸けられている可能性が大きいわね」
 「・・・ありそうだな」
 「十六、四、十三・・・
  『兀』は尢の俗形で、Л(パイ)」
 「パイの同音異字は敗で
  カイの夂=オクレル
      =将は玖・琥の麗の婁
      =夊=スイニョウ=水女ウ。
  杯は
  キのフ=訃=阜=府。
  輩は我輩のハイ」
 「我、車にあらず・・・
  兀は一の儿はアシで、ヒトだわ。
  兒(ゲイ)は
  児(ジ・ニ・ゲイ)の旧字体だわ。
  ゲイは鯨、藝、迎じゃないの・・・
  女の子を
  嬰(エイ)、
  ミドリゴと云うのに対する男の子。
  児はモノの名に添える
  『接尾語(セツビゴ)』で
  蜂児(ホウジ)は
  ハチのコ
  梨児(リジ)は
  ナシのコ、の例・・・」
 「接の尾の語か、それで、尤は?」
 「・・・尤は
  コトナル、カケハナレタ、ハナハダシイ
  スグレル、アヤシイ、トガメル
  トリワケ、モットモ
  トガメル、ウラミ
  タダシ
  トハイエだわ」
 「トリのワケだ・・・
  日本語に一音ずつ変換すれば
  『ヤマタイ国』
  と
  『壬申の乱
  の事情だな」
 「そう。尤(ユウ)・・・
  イヌの印は金印・・・考えすぎかしら」
 「尤は
  『蚩尤(シユウ)』の尤で
  中国の
  『黄帝・軒轅』の臣下で
  黄帝に反旗を翻し
  霧の中で戦った人物だ。
  そして
  星(ホシ)の名前だな」
 「ホシの名前は
  カンで甲だわ。
  自由
  ヨコシマは磐余(イワレ)で
  鬼の姫の里の
  歌舞から栄えた女
  と言うことだわ」
 「ミズカラの水と
  オノレの土の弟の己じゃあ
  混乱するのは当り前だ。
  だが自ずから存在するものが
  水と土、木と火、金だ」
 「五行の原点なのね」
 「そう言うことだな。
  『古事記』は故事の記で
  『一音』の漢字
  そして過去の倭(ワ)の出来事は
  『漢籍』の故事で知れ、だ」
 「まさに、だわね。
  ・・・じゃあ、おじさん、
  未来の出来事に関する
  記録はあるのかしら?」
 「未来に関しては
  『緯書』だろう」
 「『緯書』なの・・・
  遺書、医書だわ・・・
  遺し書き
  医=巫の書なのね」
 「なるほど
  医書は、移所だな」
 「委の渚よね」
 「これは既にみたが
  経書の対である裏の書だ。
  だが
  緯象は天文のことだ・・・
  ユカちゃん
  まえに
  『六書』を漢和辞典で調べたかな?」
 「『六書』!、前に調べなかったかしら」
 「『六書』の項を漢和辞典で調べてみれば
  『緯書』が
  どんな知識と技術で
  記されているかがわかるはずだ」
 「『六書』・・・
  エート・・・
  漢字の
  構成と応用に関する六種の法、だわ・・・
  形象、指事、会意、形声、転注、仮借。
  そうか、ここに
  『文字霊振り』
  のすべてがあるのね。
  『古事記
  ではこれら
  六っの漢字自体にも
  重要な言葉を懸けているわけなんだわ・・・
  この辞典の付録
  『漢字について』をみよ、だわ。
  それに
  漢代の六種の書体で
  古文、奇字、篆書、隷書、繆篆、虫書
  とあるわ・・・」
↓↑
 六書・・・形象、指事、会意、形声、転注、仮借
 ↓     ↓   ↓  ↓   ↓  ↓   ↓
 武所   継承 指示  介意 警醒 典註 呵責
      景勝 支持  怪異 形勢 天沖 掛尺
      軽傷 師事  皆意 経世 填註 化釈
      軽症 私事  開意 形成 点註 蝦昔
       ↓   ↓  ↓   ↓  ↓   ↓
      古文、奇字、篆書、 隷書、繆篆、虫書
  ↓↑
 「天武の所は
  ケイショウ、シジ、カイイ、ケイセイ
  テンチュウ、カシャク
  をみよ、だな。しかも
  『日本書紀古事記
  に記されている
  古文、奇字、篆書、隷書、繆篆、虫書は
  すべて、天武天皇に関することだ」
 「スゴォーイわ・・・
  虫書・・・
  虫で、動物の総称。
  羽虫は鳥。
  毛虫は獣。
  甲虫は亀。
  鱗虫は龍のようにウロコの動物。
  裸虫は人類
  とある。
  虫書は秦の八体書の一。
  虫の喰ったあとが
  篆(テン)書(ショ)
  のようにみえるもの、とあるわ」
 「テンショは天=海部の処の、添書で、顛書だ」
 「それに
  『虫臂鼠肝(チュウヒソカン)』
  は形、性質の微細なモノ。
  無用のモノ(荘子・大宋師)とある」
 「尾西で、尾の西。美妻は微細。
  無用は武の用で
  宗史、早史、草史、桑史
  嫂史、草紙、双史、相史
  鼠の丑、蘇の牛
  ソウシは宋史だ。
  まさに
  『大宋史』をみよ、だナッ。
  宋はウキで、雨期だ。
  宋を漢和辞典で調べてくれないか」
 「宋・・・おじさん、まさに、ソウだわ・・・」

  宋
  国名。
  春秋時代の国。殷の宗族、微子啓が周から封ぜられた国。
  今の河南省商邱(ショウキュウ)県の地。
  三十二代続き
  斉に滅ぼされた(BC286)
  南朝時代
  南朝
  劉裕リュウユウ)が建国(AD420)。
  建康に都し、
  八代59年続き
  斉に滅ぼされた。
  趙匡胤が建国(AD960)。
  卞(ベン)
  今の河南省開封県に都し、
  第十代
  高宗の時
  金に圧迫されて
  臨安、今の淅江省・杭県に移った。
  合計、十八代、320年続き
  1279年
  元に滅ぼされた。

 「・・・宗史は前に検討したわよね。
  元の
  『托古托』の
  四百九拾六卷の歴史書ということを」
 「そうだったな」
 「とにかく
  緯書(イショ)は未来記で、予言書なのね」
 「ああ、もしかしたら
  周の
  姜太公の
  『乾坤萬年歌』が
  『古事記
  の下敷になって懸けられているかも、な」
 「内容はどうなの?」
 「わからん、読んでいないんだ。
  単なる周の姜太公のタイトル
  『乾坤萬年歌』の字面からさ」
 「・・・
  『乾坤一擲(ケンコンイッテキ)』
  は天下を賭、のるかそるかの大勝負をすること。
  『一擲(イッテキ)、賭、乾坤』
  は
  一の主の八の西の大の邑
  貝の者
  天と地、陽と陰、日と月
  男と女、戌亥と未申、北西と南西だわ」
 「博打、博奕(バクチ)の
  テキヤって
  この漢字からなんだ。
  博地は博多の勝負だ。
  乾坤が初めの敵対だ」
 「博地は十のモッパラで、センだわ・・・
  モズハラの府子の船の戦いだわ」
 「海戦だ。次に格好の著作が
  橋本敬造氏の
  『中国占星術の世界』
  と云う本なんだが
  ここから
  『古事記』に関連させて
  その記述された言葉を抜粋していくから
  ユカちゃんは例のごとく
  『文字霊』を振って行ってくれないか」
 「わかった、やってみるわ」
 「それでは先ず、『詩経』からだ・・・」

 『詩経・玄鳥編』・・・
  天は燕に命じて飛び降りさせ、殷の国を生じさせた。
 『詩経・殷武編』・・・
  天は諸侯達に命じて禹の功績の及ぶ世界に
  彼らの都をつくるようにさせた。

 「詩経(シキョウ)は
  市況で、市の況で
  イチのイワンヤ
  一(ハジメ)は水の兄。
  示教で、示の教で
  シメスのオシエ。
  二を示すは
  小=ショウで
  将、章、承、姓、鍬、椒・・・
  おじさん、
  森鴎外の『山椒大夫』って
  物語で何を言いたいのか
  解らなかったけれども
  『安厨』
  と
  『逗子王』が見えてきたわ」
 「まさに
  『森鴎外』って名前もだな。
  明治の軍人で
  文筆業の彼のペンネーム
  きっとこれは
  『ヤマタイ国』にこだわっているな・・・
  小説のタイトルが
  『阿倍一族』
  『高瀬舟
  『舞姫だ』」
 「コダワッテいるワよッ、そうとしか思えないわねッ」
 「明治の文人、知識人は
  きっと
  混乱する時代の中で
  古代の秘密を覗いたに違いないな。
  夏目漱石芥川竜之介田山花袋
  坪内逍遥幸田露伴永井荷風
  高山樗牛
  樋口一葉
  与謝野明子
  等のペンネ-ムと作品のタイトル」
 「ペンネーム!・・・
  まさに重なっているわ。
  ・・・そうよ、
  古代王朝の秘密の何か
  きっと
  宮廷の御禁制の本を読んで知ったんだわ」
 「・・・あるいは、これらの文人の系譜は
  古代から
  『古事記』の
  秘密を何等かの形で
  知らされてきた人々かも知れないな・・・
  反体制的な立場」
 「きっと、そうに違いないわッ・・・
  それで
  『玄鳥編』は
  黒い鳥で
  烏(カラス)で
  カラスの編、変・・・
  天は燕に命じて飛び降りさせ
  殷の国を生じさせた・・・
  『倭はもと燕に属す』
  で
  アマはツバクロメのイノチ、
  ツバ・メは
  鍔(ツバ・唾)=鰐(ワニ・倭児)
         =顎(アゴ・阿児)
         =嶽(タケ・長家)
         =学(マナブ・真名の武)
         =額(ヌカ・糠)
  ヒタイの女の命だわ」
 「トビ・・・
  円を描いて飛ぶ美しさは鳶(トビ)
  拓本の美しさは塗美
  満月の美しさは兎美
  砥石で研いだ刃物の美しさは砥美
  女の医師の美しさは
  嫉妬の妬美(トビ)。
  オリ・・・は
  折、澱、居り、織り、下り、降りで
  登美の折り挿せる
  インのクニは寅(イン)
  すなわち
  虎の国だわ」
 「額(ヌカダ)の女の命・・・
  額(ヒタイ)の大王だ。
  登美彦は虎だな・・・
  すると
  虎の敗退、後退、交替で、天武天皇の交代だ」
 「『殷武編』は
  寅(トラ)の武の編・・・
  天武の編纂は
  諸侯達=渚の好、后、熊、甲
  工達に命じて
  禹の功績=勇夫の関
  の
  及ぶ=将呼ぶ、世界=夜の境に
  彼らの
  都=斗をつくるようにさせた、だわ」
 「なるほど・・・
  額田王
  大海部皇子は淀んで
  沈澱、鎮伝で
  鎮魂の伝えは
  枕(マクラ)の傳えだな・・・
  次は・・・」
↓↑
 天命・・・
 ・・・『春秋左氏伝』
 ・・・喜公23年
    晋の公子
    重耳
   の興隆
↓↑
 「これは、言うまでもなく、海女の御子と
  『春秋左氏伝(シュンジュウサシデン)』
  筍に従うは
  妃の多くの
  李(リ)=キのコ=吏。
  紀行=帰港=寄稿=基稿、起工で
  匠(タクミ)の起こりで、鬼の、工=巫。
  ・・・喜公23年は
  持統天皇
  弐を拾う
  参の年=牛=主。
  晋の公子は
  日並皇子で
  日下の王が
  重なる従事、住持、十字で
  充=中=廿の児の
  交流=拘留=勾留だわ」
 「23が
  『日本書紀・卷第廿参』なら
  舒明天皇だな。
  皇位継承問題で混乱している。
  結局
  田村皇子が
  舒明天皇となっただろう?」
 「そうね
  後々の重要な人物が
  舒明天皇
  宝皇女から
  生まれているわね」
 「天智天皇天武天皇、間人皇女。
  母親は違うけれど
  蘇我の娘の
  法提郎媛が生んだ
  古人皇子だ」
 「でも
  23年なら
  推古天皇23年(西暦615年)じゃないかしら。
  犬上御田鍬の帰朝だわ。
  そして
  西暦618年に
  隋の滅亡だもの」
 「確かに犬上御田鍬も名前からして怪しい人物だな。
  次は・・・」

 『国語・晋語』・・・
  重耳=文公
     北方の
     狄に亡命十二年
     斉の国に向かうとき
     五鹿の地を通過するときに
     農夫に食物を求めたところ
     農夫は土の塊を手に取って文公に渡した。
     彼は怒って農夫を鞭で打とうとした。
     それを
     子犯が諌めた。
    『いま
     歳星=木星は十二次の寿星にあり
     十一年後に
     鶉尾になったときに
     この地を手に入れることになるのが
     天の道である』
     と。

 「国語(コクゴ)は
     古の句の後で
     クニのカタリ。
  晋語(シンゴ)は
     新、申、真の語
     辰の後は
     巳
     申の後は
     酉
     臣の子は
     日並武だわ。
  『晋=晉=一+人+人+一+日=すすむ』は
   一+ム+ム+一+日で
   晋(晉・シン)
   紀元前11世紀~紀元前376年)
   は
   現在の中国山西省
   西周
   春秋時代に存在した国家
   始めは
   唐と呼ばれ
   後に
   晉=晋・・・並=ならぶ
          =奈良部・奈羅府・楢椈?
   国姓は
   姫
   首府は翼
   後に
   曲沃の分家が
   翼の宗家に取って代わって
   名を改め
   絳と呼ばれるようになった
   ・・・
   ム(ヨコシマ)が
   二つの一に挟まれて
   それを日が載せている漢字だわ。
   よみは
   ススむ、オサエる、
   ツツシム、アキ、クニ、ユキ」
 「なるほど、ヨコシマを囲む二のヒだな」
 「しかも、これは日本古代国家の象徴的な漢字だわ。
  故事的に漢字を調べれば、先ず、
  『晋=晉』は
  周の成王の弟
  叔虞(シュクグ)の封ぜられた国。
  山西省太原地方を中心とした春秋時代の大国で
  後に
  韓国
  魏国
  趙国
  の三国に分かれた」
 「タイ王の乙
  卆=夙=縮=粛
  祝はネの兄で
  イワのウだな」
 「そして
  司馬懿の孫
  司馬炎が三国の魏をついで建てた国。
  後に長安に遷都。
  四帝
  52年で前趙に滅ぼされた。
  西晋、前晋とも呼ばれれる」
 「シバイの尊
  シバの園
  御津国の祇をついだ建の国。
  長のウの女は闇。
  始の帝、五の拾の弐。
  全の長に滅ぼされた」
 「そして
  司馬懿の曾孫
  司馬睿が西晋をついで建てた国。
  建康を都とし
  十一帝、104年で
  帝位を宋に譲る。
  東晋後晋とも呼ばれる」
 「シバイの草(クサカンムリのハヤイ)の尊
  シバの永の精神。
  建の康=夜須の宮子
      壱の拾の壱の帝
      壱の百の四=死、
  桑に柚の子の留る」
 「五代の時
  石敬唐が後唐を滅ぼして建てた国。
  後晋と呼ばれる」
 「吾=阿=乙の城、土岐
  イワのウヤマイのカラ
  埜の治の空(アキ)を滅ぼした」
 「そして
  山西省の別称。
  易の六十四卦
  坤下離上
  地上に明るさの出る象
  だわ」
 「日の勿、武は重なる中の史の懸。
  南西のヒのツのジ、去る、『トリ』。
  一の卜の下
      シタ=舌=ノの古
      シモ=死の母、里をハナレ
      卜の一
      上=ウエ=卯の江=飢え=植え
      カミ=神=紙=髪=祇
      ジョウ=丈=娘だな」
 「キュウシュウを去った
  壱与と
  天武の懸かりよね」
 「ああ。次は・・」

 天と人間の対応・・・
 『荀子・天論』・・・人の行為の結果
 天とタオ(道)
  ↓↑
 「これは
  天の
  『荀子・天論』
  と
  『道(タオ)』
  は海女のクサのクのヒ
  貼の蕗の武=奴だわ」
 「田尾の名前は道なんだ。そして・・・」
  ↓↑
 『淮南子・天文訓』
   ・・・四季は天の役人
      太陽、月は天の使者
      星々は天の時間
      虹や彗星は忌むべき天の前兆
      東方は生産、耕作の長官(田)
      南方は軍事の長官(司馬)
      西方は裁判の長官(理)
      北方は土木工事の長官(司空)
      中央は都の長官
  ↓↑
 「殉難の子、天武、奴の君。
  始期、志木は海女の屋久の人。
  カラスとウサは
  海士、海部、阿倍、尼の支社。
  干しは
  海女の時岐、土岐の干、卷。
  虹はニジの七色
  中のムのタクミで、巫。
  彗星は
  スイセイで
  水の干しの政
  水干は巫
  スキがナラブ
  針の鼠と
    猪の頭で
  禁中の
  蘇我、委の子のアのタのマ。
  イムベキは
  己の心
  キのココロは
  武のサキのキザシ」
 「なるほど」
 「アツマのカタは清算
  水の主は月=獅子=嗣子
  宍は卯の武。
  コウサクで
  工の作、交の錯、幸の作、鋼の索で
  長の官は伝。
  ミナミのカタは郡児で
  君の都の司馬。
  ニシのカタは
  歳晩の長の官、王の里。
  キタのカタは
  土と木の公の示で
  アキのツカサ。
  中の王は宮子=宮古
  ト=砥は
    石の氏の一だわ」
 「なるほど・・・」
  ↓↑
 『観賞授時』
   ・・・周代以後天文現象の意味を知り
      政治的支配権力を強める
      帝王学とは暦の作成である
      殷代は甲骨卜占
      甲骨の割れ目で吉凶を判断
  ↓↑
 「干渉、勧奨、感傷、完勝で
  嬬、呪のトキ。
  寅の代、恍惚=硬骨、僕のウラナイ
  倭の霊の女」
 「次は・・・」
  ↓↑
 『礼記・曲礼編』
   ・・・天子は犠牲を天と地に捧げて祭る
      季節に
      東西南北の四方神を祭る祭事は
      戦国時代以前
      五行説確立以前
  ↓↑
 「『礼記・曲礼編』のレイキは
  霊気、冷気で
  レイのキは蛎、零、禮の霊が戻る例は
  『古事記』のキワメ。
  キョクレイは
  旭戻、局令、極=皇極の例で
  曲(ヨコシマ)の励」
 「皇極天皇か・・・次は」
  ↓↑
 『礼記・礼運編』
   ・・・孔子
      万物の神を合祀する
      十二月の臘祭に賓客として招かれ
      上代の夏、殷、周
      三代の治世を偲んだ
      孔子
      冬至の時に
      南の郊外に於て上帝を祭り
      夏至の時に
      都の杜に於て地の神を祭り
      地の恵みに感謝することを教えた
  ↓↑
 「戻る紀は齢の運だわ」
 「なるほど」
  ↓↑
 『礼記・祭法』
   ・・・太陽、月、星、山川を
      祭る祭法に於て
      天を祭るに
      泰壇を設け
      柴を積み
      牲とともに焚きあげ
      地を祭るに
      泰折に供物
      牲には
      赤の子牛を埋める
      四時を祭るときに
      泰昭と云う祭場に
      少牢=羊と豚を埋め
      寒暑を司る神を祭るのに
      坎壇を設けた。
      王宮=日壇
      夜明=月壇
      幽榮=星壇
      の祭壇
      上代
      帝告が
      日月星辰の星座
      宿の配列を体系化
  ↓↑
 「サイホウは布を縫う裁縫で
  ナの巾、糸に逢う
  マツリのノリは間の柘の里、海の苔」
 「サイホウは西方で
  酉は鶏だな。
  とにかく
  七夕姫の木花之佐久夜姫だ」

 『周礼・春官』
   ・・・太宗伯、天王大帝の星祭り
     「実柴=牛を柴に載せて祭る儀式」
     「司中=文晶星」
     「司命=三台星」
     「風師=箕星」
     「雨師=畢星」
      を祭る職務(春官)
 『春官』・・・「馮相氏」は天体観測、天文の秩序
        「保章氏」は天文の変化の観測
  ↓↑
 「タイのレイは張るの干
  シュンカンは瞬間で
  メのマバタキだわ。
  筍の甘は竹の旬で
  旬は十日で
  壱の拾のヒ
  甘は海女で
  海部で、阿倍だわ」
 「ミのシバは丑(ウシ)でチュウ。
  チュウは中
  注は水の主
  沖は水の中・冲は氷の中
  柱は木の主
  肘は月の尊
  酎は鶏の尊
  駐は馬の主
  鋳は金の呪
  厨はガンダレのマメの尊
  昼はヒのル
  虫は那賀のム(ヨコシマ)
  紐は伊都の牛(ゴ)
  宙は宇宙のチュウ
  忠は那賀の臣
  註は言葉の主、ゴンの主で
  『日本書紀
  の註の意だわ」
 「なるほど、そのとおりだな」
 「『馮相氏』はまさに
  ヒのバ、キのメの氏。
  天体観測は海部の人がモトで
  甘(アマ)の足(タリ)。
  海部の文の秩序だわ。
  『保章氏』は
  タモツのアキラの氏
  海部の文の変化の観測。
  カンソクで、諌の束は卷の則(ノリ)だわ。
  保障ならばヒトは
  クチのキ
  阜(オカ)の立つ日の壱の拾」
 「日の立の十なら日立が重なる、だ。
  音も日立だな。
  常陸は上陸で
  ウのエのムのツだ。
  小名彦が中国と言う説は違うな。
  九州か日本の東北だ」
 「まさにだわ」

ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
 ↓↑
 モモちゃん

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

カンジにカンジる・・・?

 

 文字霊日記・3260日目

 コジキ姫「壱与」、カンジて赤い絨毯にのり、空をカケメグル
           「古事記・字源」物語




 「太安萬侶が、文字の史観、詞間に虚を暴露したか・・・」
 「まさに、そう。序文では、姓の日下を玖沙訶(クサカ)、名の帯の字を多羅斯(タラシ)と謂う、とあるわ」
 「それは、前に確認したな」
 「ええ。これが鍵」
 「なるほど」
 「姓名が、日(ヒ)下(サカ)・帯(オビ)、あるいは、タイは台で、玖沙訶(クサカ)・多羅斯(タラシ)、姓はクサカ、名はタラシ。日下の王様で、出自の玖沙訶(クサカ)と、名前が、帯(オビ)は、(丗=三十)+(冖=わかんむり=和漢無理)+(巾)の作字で多羅斯(タラシ)だわ。」
 「和漢無理なら合巻よし、か?」
 「モウ、ッ。和姦無理じゃぁないわよ」
 「イヤイヤ、誤解しないでくれ。和漢は漢和辞典の逆、和漢辞典の意味だ」
 「辞典・・・和漢辞典では無理って・・・そうなの・・・ゴメン」
 「和漢じゃなければ、和英か、和独、和仏、和蘭だな・・・拉典語辞典・・・ギリシャ語辞典の有理か・・・丗=三十の逆字は本を数える数詞で、一冊、二冊の冊(サツ・サク)だな。册封(サクフウ)、短冊の册だ」
 「?!『日本書紀・三〇巻』と『系図・一巻』・・・作風の逆なんだワッ・・・勅書、記録文書、七夕の短冊をタラス・・・多羅斯(タラシ)は帯よ。とにかく、足、垂、樽は木の尊で、王なのよ」
 「日下=玖沙訶(クサカ)、帯=(丗+冖+巾)=多羅斯(タラシ)、樽?」
 「ええ、樽(タル)は木の尊」
 「樽(タル)はキのミコトなんだな・・・魚の尊は鱒(マス)で、鯵(アジ)は魚の参、鮭(サケ)は魚の圭だ・・・真名仮名=漢字のキ(記)・ソン(存)・サン(纂)・ショウ(章)・ケイ(計)・・・既存、参照、計で一升は十合・・・」
 「そう、この『古事記』の読み方の法則性は、漢字分解し、同音異字による再構成をして、その意味を採れ、と言うことなのよ。それに六月一日を漢和辞典では『うりはり』、『くさか』とルビを振ってヨンでいる」
 「六月朔日がクサカ・・・六合はクニとも訓じるな。なるほど、そうなのか。樽が『木の尊』か。面白い」
 「合字されてる、すべての漢字をその音と意味でよみ、場合によっては同音異字の意味と、別な音でのよみかたをするの」
 「じゃあ、多羅斯(タラシ)の一字、一字にも意味があるのだな」
 「ええ、多(オホ)はタ(ユウ)が重なってユウユウ、有、柚、揖、酉、由宇、雄、優、熊、右の邑(クニ)が重なった。羅は網(モウ)のアミの伊都(イト)の垂(スイ)はタレで、誰が足(タリ)。斯は其(キ)の斤(キン)はキヌ」
 「ふーん。キはキン、キヌか」
 「だから漢字を構成している『部首』や、その『音』、『意味』が重要な鍵なのよ。『姓名』の意味も『姓』=出自は女方の生まれ、『名』=タ(ユウ)の国なの」
 「ふーん・・・音の名の形の有の真の例だな」
 「そう、ソウネッ、音名の形・・・ここでは『ン』をヌとかムと殆ど古語音で漢字を訓まずに検討しますが、最近、『コンピュータ古代』学なんかを提唱し、すごく意図的に政治的にライバルの歴史学者を攻撃しては揚げ足をとっている『学者』や、かたくなに甲乙類などの分類漢字で『古語』に縛られて歴史を解釈する『学者』なんかを無視します」
 「天照大御神をテンテルオオオンジンと訓むのだな」
 「ええ、一つの漢字が日本語で、音と訓で読まれるあらゆる読み方で、検討してみるの。書き出すと・・・」

 姓名=女+生(牛一)+夕(ユウ)+囗(圍・囲・國・国・圀)
 圍(wei)=韋 ヰ 或+囗=倭(weiと発音)
 韋=鞣=ナメシ・カワ=ナメシ ヒ(皮)
 韋=鞣=菜飯 ・皮 =那女氏 妃(卑・一)
 川(セン)=舛・栓・選・鮮
      =舛(マス)=鱒・升・益
 河(ガ )=衙・賀・畫
 側(ソク)=即・塞・足・則
 革(カク)=角・掴・廓・塙・郭

 「ふーん」
 「『古事記』は『氏=姓の歴史』だわ」
 「そう言う事かな」
 「これをを読む為には漢字の『部首』の『音』と『意味』を確認しておく必要があるわ」
 「漢字の『部首』の『音』と『意味』か」
 「それで、重要なモノをこの『大修館・新漢和辞典』から書き出すわね」
 「漢字の基礎的勉強だな」
 「そう言う事だわ」
 「基礎的な漢字の意味って意外と知らないよな」
 「そう。低学年の学校漢字教育は漢字の部首から教えるべきだわよネ・・・」

 カタカナは漢、呉音。ひらがなは日本語の訓。漢文は中国の故事とその同音異字。
 ( )はヨミ、あるいは同音異字をあてたもの。

 一=イチ・イツ・ひと
  =数、国、初め、肘(ヒジ)
元、はじめ(始め)、息
 ―=コン・横にした棒
=進、退く
 ゝ=チュ
  =印、点、ぼち(姥治・母地)
灯=燈火=ともしび(鞆紫薇)
     灯火=主(あるじ・ぬし)
 丿=ヘツ・ヘチ
  =右から左に曲がる意、接続詞の「ノ」
 亅=ケツ・カチ
  =鈎
 L=ケツ・カチ
  =鈎
 L=乙=オツ・イツ・オト
    =木の弟、かがまる(加賀丸)、第二、
     きしる(軋る・木嗣瑠)
     燕=つばめ=鳦=乙鳥
     ひとつ(一津)、魚の顎の骨、
     めり(女里)、終り
     乙姫、国、高、次、止める
 ナ=サ
  =左、片仮名の「ナ」、佐は助ける
 亠=ナベブタ・トウ・ズ
  =鍋蓋、頭、図。
   『音』の字の略字
 儿=ジン・ニン
  =壬、神、陣。人の意味
 冂=まきカマエ・カンがまえ
   ケイ(境)・キョウ
  =国境、牧、遠い、虚しい
 冖=ワカンムリ・ペキ
  =覆う、被い
   蔽(ヘイ=壁=ヘキ=僻=辟=丙並併)
 冫=ニスイ・ヒョウ
  =氷、凍る、馮(水、川、雨の神、陰陽の天神)、
        憑(とりつく・乗り移る・霊が憑衣する)
  =ヒョウ=表・兵・漂・票・平
 几=キ
   つくえ
  =机、肘掛、脇息(キョウソク)
   いけにえ(生贄)の台、俎(ソ)
 凵=カンニョウ・カン・コン
  =口を張り広げる、あくび(欠=阿首)
   函(ハコ=波子)・箱
 勹=ツツミカマエ・ホウ・ヒョウ
  =包む
  =ヒョウ=表・兵・漂・票・平
   ホウ=方・逢・鴇・棚
 匕=カ・ケ・ヒン・ビン
  =変わる、変化、牝(メス)=雌=匕(七の変化)
 ヒ=ヒ
   =匙(サジ)
    しゃもじ(杓文字)・・・娑喪治
    やじり(鏃・矢尻)・・・八児里
    あいくち(匕首・合い口)・・・姶句知
    短剣、ヒ首
    並ぶ(奈良武)
    親しむ(舌染む)
   『失ヒ箸』=ヒチョウを失う
        =(妃肇・卑弔・肥長を失う)
        =三国史
         劉備曹操
         野心を見破られた時に
         箸を落とした故事
         皮=ヒ・かわ
          =獣(けもの
             ジュウ
             中・重・十・縦・絨・充)
           の皮を右手で裂(さく)
                   咲・索・割・柵)
         丙=ヘイ・ひのえ=日江
           日、太陽
           五行(イギョウ)の一
           ・・・易行・偉業
              碁業・呉行・医業
              の一
              の位置
 匚=ハコガマエ・ホウ・ボウ =箱
 匸=カクシカマエ・ケイ・ゲイ=隠す、被い隠す
 卩=フシツクリ・セツ・セチ
  =割符、手形、印、折る、巴は同字、節の源字
 厂=ガンダレ・カン・ガン
  =崖、岸(キシ)、岩。雁、暦、歴の略字
 厶=シ・コウ・ボウ・モ
  =「私」の古字、『よこしま』
    かいな、腕、肱の古字
  =邪=ジャ・ヤ・サ・『よこしま』
    =伊『邪』那岐、伊『邪』那美、『邪』馬台
 又=ユウ・イウ・ウ
   すけ・たすく・やす
  =手、右手、股
   ゆるす、更に、その上
   並びに、等しく
   しかし
 口=クチヘン・コウ・ク
   くち・あき・ひろ
  =入口、出入口、関門、港、穴
   しゃべる(喋る)、人、端、初め
   手つる
 囗=クニガマエ・イ・コク
   かこい・かこむ・めぐる
  =囲の古字、国、國の古字
 夂=チ
  =遅れる、ついていく、送り行かせる
 夊=スイニョウ・スイ
  =行く、遅く行く、やすらかに逝く
 夕=セキ・ゆう・ジャク
  =末(スエ)、ななめ(斜め=七女)
   月の出、夕暮れ
 夬=カイ・ケツ・ケチ
  =分ける、決める
   ゆがけ(弓を射る時にはめる革手袋)
 乾下兌上
  (ケンカダショウ=小人すくみ、君子が出る)
 宀=ウカンムリ・ベン・メン
  =家、屋根の形
 小=ショウ
   ちい・こ・お・さ・ささ
  =小さい、卑しい、矮小
   軽んずる、幼子
   若い、あなどる(侮る)・・・穴執る
 ツ=漢字の冠になった時に
   口口、○○、火火、巛が重なった形
  =口口(厳=ケン=叫ぶ)=○○(単=ガン=丸)
  =炎(営=エイ=砦の火)
  =巛(川=シン=津)がカンムリになったモノ。
   巣=鳥(酉)+申+木=寝倉
 兀=尢=オウ・ユウ
  =あしなえ(芦名江)
   せむし(背蟲・世虫)の人
   背の曲がった小さな人
 尸=シカバネ・シ
  =屍、死骸
   連ねる、並べる、陣取る、死体の晒しモノ、
   形代
   祭られる者、位牌、司る
   尸位素餐(シイソサン=私意訴纂)
     地位に居ながら責を果たさず
     食する意
 尹=イン
  =治める、司る、正す、司(ツカサ)
   長(オサ)、長官・工事監督
 屮=テツ・テチ・ソウ
  =芽、芽生え、恵む、艸(クサ)の古字
 巛=セン・かわ
  =川の本字、穴、原、平原、中国四川省の略
 己=コ・キ
   おのれ・おとな
  =自分、私欲
   土の弟、糸の先の曲がり、糸口
   始め、紀の本字
   ム(シ=私=ヨコシマ)の意
 巳=シ・ジ・み=午前十時前後二時間
     蛇・火
     はらみご、胎児、起こる
     始まる、平らぐ、定まる、守る
 已=イ・や・のみ
  =止む、留まる(戸丸・都丸)
   終わる、決まる
   捨てておく
   退く、癒える、直る
   限定・断定の助詞=のみ
   もって、もちいる、はなはだ
   すで、耜(スキ=鍬・好き)の古字
 巾=ハバヘン・キンベン・キン・コン
   手拭、被い、頭巾、衿掛、ひれ、きせる
   幅(ハバ)、ちきり(婦人の頭巾)
 干=カン・ほ・ひ
  =犯す、背く、逆らう
   求める、預かる(干与・干渉)、
   防ぐ、楯、矛
   ほす、ひる、かわかす
   水際、岸
   ほとり、岸、谷川
   陰陽十干
   てすり(欄干=ランカン)
   いくばく
    二股の矛
  于=ウ・ここ・に・より・お・ゆ
   =なす(茄)、する、ため、往く、助ける
   =一+与
   =息(一)が妨げられて
     (与=まげる)伸びない様
    十有五而志于学
   (ジュウユウゴ に し て
    中   邑 娯 児 斯 手
         額(妃替)嗚
    長   酉 語 邇 至 主 
         画 嗚 箇々呂指す
         ガク  ココロザス)

     黄鳥于飛=こうちょう、ココニ、とぶ
     至于南岳=なんがく、ニ、いたる
     病于夏畦=かけい、ヨリ、つかる
     于時、惟命不于常
      =ときに、オイテ
       これ、めい、つねに
       オイテ、せず
     先生    聖  于、孝于惟孝
     せんせいは、せい、カ、こうなる
              カナ、これ、こう
     于嗟徂
      兮命之衰矣(史記・伯夷伝・采薇歌)
     アア、ゆかん
     之子于帰、宣其室家(詩経・周南・桃妖)
      嫁に行くこと
     汝其、于予治=なんじ、それ、わが
            タメニ、おさめよ
     于公高門(漢書・于定国伝)
     ・・・于定国が丞相となった故事
     于眞(門+眞)=ウテン
            =ウイグル自治区
            『和田』地方
     于越=呉と越
        契丹の尊職
   并=ヘイ・ヒョウ
     あわ・なら
    =あわせる、かねる、併合
     阿波   蝦子留
     ならぶ、より  そう
     ↓↓  ↓↑  ↓↑
     奈良  預里  霜(雨相)=しも

   并=前2世紀後半
     中国古代前漢の十二州の一、并州
     河北省、山西省の一部
     并州之情(ヘイシュウノジョウ
          丙愁の静
     =妃の娃の愁いが静まった)
        娃(エ・アイ・ア)=美人
       =虞美人=楊貴妃=胡美人=娯美人
   ア=阿・吾・蛙・阿多
    =阿爺は父
     阿那(アダ)=タオヤメ
     阿母は母
    =みめよい(美目好い)
    =壬女の女の子
    =御津の女の子
    =たをやめ(手弱女)
    =嫋爺女=蛇尾八女
    =汰男冶女
      ↓
     対語→ますらを(益荒男)
       =升(鱒・鱒・舛・増)
         螺(羅)将
   幺=ヨウ=小さい、おさない(長無い)
        いといけない(伊都いけない)
        糸の半分(いとハン=嬢)
 广=マダレ・ゲン
  =家、崖の上に高く造った家、むなぎ(棟木)
  「ゝ」は屋根
 廴=インニョウ・イン=長く歩く
 廾=キョウ・ク
  =ささげる
   手をこまぬく
  (拱=手で抱えるほど大きい玉)
 弋=ヨク・イキ
  =くい
   いぐるみ(矢に糸をつないで、鳥を射るモノ)
   うばう、浮かぶ、黒色
   おさえる(抑える・・・長得る)
   かぎる(限る・鈎瑠)
 弖=テ=氏+一
  =テ(テイ)の異体、助詞を以下の漢字にあてた
  「て(弖)、 に(爾)、を(乎)、は(波)」
   の
  「て」
   ↓  ↓  ↓   ↓
  「弓の一 貳  緒   婆」
   宮の壱 嗣ぐ 伊都の妃 御津の妃の女
   九の一=女 ??=氏の一(はじめ)
  「出る  字の 緒の 葉」
 彑=ヨ=ケイガシラ・カイ・ケイ
  =豚の頭、針鼠の頭
 彡=サンツクリ・サン
  =毛の長い様、毛で創った髪飾り
   筆や刷毛で擦った跡
   毛髪の揃っている様
   毛羽
 仁=ジン・ニン
   ひと・きよ・さね・たみ
   ひとし・ふと・ め・むと
   ↓   ↓   ↓  ↓  ↓    ↓  ↓ ↓
   妃都  穐預  簑子  侘彌  妃砥史
       賦斗  目   武斗
   得人於朝廷→(越壬、緒長媛=謁仁、尾弔汀)
          ↓
          御津越えて、伊都の中の妃
                長姫 厳の妃
                勾の女、次ぎ、屍
                妄の弔い
                御津の妃の乙
 彳=ギョウニンベン・テキ・チャク
  =少し進、少し歩む、たたずむ
   腿、髄、足
   道の半分
 戈=カ・クワ=矛、戦、戦争
 戉=エツ・オチ・ゲツ・ガチ
  =まさかり、越える、星の名
 攴=ホク・ボク=うつ、軽く叩く、強制する
 攵=ホク・ボク=うつ、軽く叩く、強制する、棒、鞭
 无=ブ・ム・な=無い
   无妄之災
  (ムボウのワザワイ=わが身の預かり知らぬ災)
 旡=キ・ケ
  =咽(ムセ=無施)ぶ(婦)
   息や喉が詰まる
   嘶(口其斤)ぶ
 牙=ガ・ケ
   は・きば
  =糸切り歯、犬歯(絹糸・剣士)
   武器。将軍の旗
  =め=目(女)、芽生える
 曵=エイ=ひく
     (卑狗・妃苦・日矩・肥玖)
   たなびく(多靡く・柵引く)
   つまずく(嬬就く)
 旨=シ・むね
  =うまし(午子)、むね(宗)、わけ(和気)
   命令、よし(好)
   うまい(羽舞)
       羽舞=干羽
       夏の禹王が矛と羽をかざして舞い
       苗族を帰服させた
 羽=五音(宮商角徴羽)の一
   もっとも、澄んだ音
   水の都の子
  =かざし(竿に雉の尾をつけたモノ)。補佐
  =ウ(雨・烏・卯・鵜・右・胡)
   はね・はもと・わね(倭子)
   羽化=道士の死
      昆虫の変態で、羽のある成虫になること
 歹=一+夕=ガツ・ガチ
  =残骨、悪い、もとる(喪執る)
 殳=シュ・ジュ
  =ほこ(蒲子=ガマ蛙=蟾蜍=ヒキガエル=月)
   杖矛、木の杖
  =几+又
   蟾蜍=ヒキガエル=月=水の精(セイ=姓・省=好女)
  =硯の水差し
   蟾兎、蟾桂・・・月
        蟾宮=月宮
   科挙合格の境地(歩蟾宮)
           ↓     ↓
           継ぎの宮  花据(過嘘)
 毋=ブ・ム・なか・な
  =禁止の意、犯されるのを拒否
 母=ボ・ボウ・モ
   はは=ははおや、ばば、老婆、うば、めのと
      もと、親指
 水=サンズイ
  =氵、みつ(御津・三・蜜・密)
 爪=ソウ・ショウ
   =つめ(津女)
 爻=コウ・ギョウ
  =メ+乂
  =交わる。木を重ね占う
 爿=ショウ・ゾウ
  =木切れ、ほこ、ねだい(子代・根大・禰台)
   割った板の半分・・・版の半分
 癶=ハツ・ハチ
  =そむく、ひらく、ゆく、左右に開いた両足
 皀=ヒュウ・ホウ・キュウ
   コウ・キョウ・ヒョク・ヒキ
  =白+ヒ
  =穀物の香り、一粒
 网=アミガシラ・ボウ・モウ
  =網、毛
 四=シ・よつ・よん
 聿=イツ・イチ
  =筆
   ついに、とうとう
   みずから
   ともに、従う
   はやい
 艸=クサカンムリ・ソウ
  =草=草加無理
  =日下=玖娑耶無理
 襾=ア・カ・ケ
  =覆う
 辷=シンニュウ・チャク
  =いきつ もどりつ(行き津 戻り津)
            走る、越える
   ↓
   壱姫津・母鳥 津
   意気津 喪執 津 箸留 肥重留
   意記柘・模図理柘
   隠岐津 葉詞留  把持 乞える
 ノ一=カンザシ
   =簪=髪挿し、髪飾り、こうがい。神指し
 追=スイ・ツイ
  =おか(阜=丘=尾禍=オカ=母)+阜
   ツイ=槌椎堆對=対(文寸)
 工=コウ
  =材料、モノを曲げる、妨げる
   「巧」はエ(匠=たくみな手の技)
 病=ヤマイダレ・ダク・ニャク
  =寝台によりかかっている人
 冉=ゼン・ネン
  =よわい、しなやか、ゆく、すすむ、
   ほお髭が垂れ下がる様
 隶=タイ
  =追いつく、及ぶ
   与える
  =ヨ+水(求?)
   ヨ+水=針鼠(津祖・真祖)
       豚(蓋)の頭は水
 隹=フルトリ・スイ・サイ・セ
  =とり、尾の短い鳥、きじばと
 韋=イ・ヰ
  =なめしがわ(那女姿耶倭)
   そむく(祖牟琥)
   かこい(耶子委・過去意)
 鬲=レキ・リャク・カク・キャク
  =かなえ(金江)、かま(釜=父は斤)
 月=ゲツ・つき・づき
    月扁は
  「肉」の変化=ジク・ジュウ
   にく=からだ、はだ、こえ、太る
   月扁は
  「舟」の変化=シュウ・ふね

 「随分とあるなぁー。これが『古事記』解明の漢字源なのか・・・」
 「そう、基本的な漢字。この『姓名』と云う字を例にすると、その法則は、各漢字を構成している作りを分解し、そのヨミとイミを採って、文章を再構成せよ、です。『姓』は、女と生でしょう」
 「うーん、なるほど、姓とは女の生まれの血筋と云うことなんだな」
 「そう。そして『名』は夕(ユウ)と、囗(クニ)に分解すれば、囗の別のヨミはヰ(イ)と、コクです」
 「そういうことだな」
 「ヰは漢和辞典のヨミでは、weiで、このヨミは、『倭』の字にもあてられて、古代史研究家にはよく知られているわ」
 「ふーん。『倭』がウェイか。松本清張氏だな」
 「?・・・とにかく、『名』は夕(ユウ)と、囗(クニ)の字からの構成です。囗(四角い囲い枠)はクニ、あるいはクチ、コウですが、ここでは、クニとして、この同音異字をあげれば、囗(四角い囲い枠)の中に、韋(ナメス)、井(イ)、或(アル)、玉(タマ)がある字。そして那(ナ)や、邦(ホウ)の字」
 「確かにクニとヨムな」
 「夕(ユウ)は、口に巴の構成で邑(ユウ)の字があり、オウともよみ、これも村(ムラ)、里(サト)、都(ミヤコ)、国(クニ)の意味で、実際にこれらの音(オト)でよまれているわ」
 「ふーん。すると、『姓名』は、女が生まれた村、里、都、国となるのか」
 「そう、そして、生(セイ)そのものには、異音のヨミが他にあるわ。これをあげていくと・・・」

 生(セイ)=ショウ
       イきる・イかす・イける
       ウまれる・ウむ
       オう・ハえる
       ハやす・キ・ナマ・ソウ

 「生(セイ)の音も含めて
  『セイ・ショウ・イ・ウ・オ・ハ・キ・ナマ・ソウ』
  の他の同音『漢字』をあてるのよ。
  ここで、主要な漢字をあげて、
  『女』に関するモノを変化させると・・・」

 セイ =省=斉・星・清・青・正・醒・聖・誓・制
     省=少な女(目)
 ショウ=妾=升・将・鐘・勝・椒・娼・鍬・匠・商
     妾=立つ女
 イ=委=伊・威・畏・井・射・依・医・五・飴
   委=禾の女
 ウ=有=烏・兎・右・鵜・卯・宇・雨・迂・芋
   有=菜の里(那)の月
 オ=尾=夫・乎・雄・将・嗚・緒・男・悪・苧
   尾=尸(屍)の妄(毛)
 ハ=葉=破・歯・羽・播・波・端・巴・般・琶
   葉=草の世の姫(木)
 キ=姫=嬉・木・喜・己・機・几・祈・鬼・穐
   姫=女の子は娠(臣=神)
 ナマ=名真=那真・茄真・拿間・奈麻・納摩
    名真=名は中の目の壱の人
 ソウ=嫂=匝・挿・宗・叢・総・草・鯵・争・葬
    嫂=女の宗(臼+又)
   八嫂跳び=八艘跳び・・・源義経=壇ノ浦の闘い

 「こりゃあ、『山本山』の『海苔』だな。
  上から読めば、『聖書有為、魚覇気、生想』。
  下から読めば、『草生木、葉生う囲、小生』だ。
  ・・・これじゃあ、
  生(セイ)の連鎖反応で物語が出来てしまうな」
 「まさに、これが『古事記』のヨミ方なのよ。
  ここにあげた個々の漢字には
  言語学者が言う『甲類・乙類』に関係なく、
  古代史が凝縮されているのよ」
 「そうかな?」
 「おいおい理解してもらうけれど、
  『生』を更に分解すれば・・・」

 生=牛+一
  =𠂉+十+一
   ノ+一+十+一
  =ノ+一(
  𠂉=簪=髪挿し、髪飾り
      こうがい=神指し)
      +
      十(中長重)+壱

 「牛はゴで
  呉音の呉、誤解の誤、娯美人の娯
  御(ゴ)の津で、御津(ミツ)。
  十は中、長。
  一は壱。
  呉の女は、壱与。
  神差しは那賀の壱与」
 「ふーん、ゴヅか。
     『牛頭大王』は祇園の祭神だな。
  で、具体的に場所は何処?
  その壱は呉の女だとしたら」
 「多分、現代地図をみれば地名は
  岡山県岡山市の北の『御津
  あるいは兵庫県姫路市の西
  塩で有名な
  赤穂市の東の挟まれた間の
  『御津』になるわ。
  対馬にも
  『美津島』の地名があるわ。おじさん、この地図を見て」
 「・・・なるほど、あるな」
 「古代で言えば、吉備の国なんだけれども
  呉(クレ)は広島県安芸津
  でも、現代地図をみて考えるは無意味ね。
  国際的な視野で考えると
  ズレてるような気がするわ」
 「そうだな。でも、当時の人間
  すごく流動的だから
  『壱与』はあっち、こっちに
  動いていたんじゃないか。
  遷都が伝統だから
  まさに行ったり、来たり、で」
 「そう思うわ。
  当の
  太安萬侶も
  具体的な
  事実の真相を
  期待してはいないわよねっ」
 「そうだな。まさに自分で
  『象戯』だと言っているのなら、な。
  将棋は碁盤の上での遊びだな。
  ・・・でも
  壱は位置だから何か予感するな・・・」
 「・・・イチだわよね。
  それで、話を戻して
  タラシ(帯)の字分解なのだけれど
  (丗)+(冖)+(巾)は
  三十輪の巾で、三ッ輪の巾。
  ミヅのワの禁裏で
  三輪山に重なるわ。
   輪の字を分解をすると
   車は、シャ(者)
   あるいは娑(サ)で
   十の口の一の一。
   侖は、ロン(論)
   リン(臨)で
   合と册。
   御津の者、娑は、中、長の国の
   始めの壱、国々の合するに
   臨んで筋道を立てた
   巾の匠(タクミ)」
 「すると、字面からすると
  ヤマタイ
  『卑弥呼』と
  『壱與』だな」
 「そう、なの、よ、おじさん。
  元は九州の話しだと思うけれど」
 「・・・」
 「『生』はさらに文字分解で
  ヨミコムと・・・」

 生=(𠂉=ノ一)+(十)+(一)
    読み        異字
   (𠂉=ノ一)
  =カンザシ=簪(竹+牙+牙+日)
          チク キバ ヒ
  =髪差し    筑   木場  妃
  =神挿し    筑   木場  妃
   +(十)=ジュウ
   =中=従住拾揉渋重戎銃充縦柔汁獣什廿絨
   =那珂=長
    ナカ ナカ・・・名仮名掛
   +(一)=イチ=壱=市=弌=位地=位置
        イチ イチ イチ・・一々 意置

 「ムッ、これは・・・
  デキすぎなカンジだよな」
 「・・・おじさんがそう思うのは当然だわ。
  でも、そのうちわかるハズ」
 「・・・」
 「とにかく
  『古事記』を解明するのには
  漢字そのものが鍵だということだわ」
 「そりゃあ、俺だってそう考えるさ。
  記録そのものが漢字だから」
 「第一の原点よね。そして
  日本語を漢字で表現した」
 「ああ、ここが問題だな」
 「そう、この漢字を駆使して
  どのように日本語を表現したかったのか」
 「うん」
 「漢音、呉音の音を
  そのまま日本語にあてたのは常識だけれども
  日本語の
  古語で
  発音されたそのモノ自体の・・・字体の
  意味がわからなくなった。
  だから、
  『古語辞典』を調べても
  辞典そのものの記されている内容に
  『意味不明』のカ所が意外と多い」
 「なるほど、古語辞典はあてにならないんだな」
 「まさに、そのとおりだわ。
  あてになるのは
  『漢和辞典』の漢字の
  『作り』と『意味』
  そして
  合字された一つ一つの
  漢字の『部首』」
 「なるほど」
 「そして、その
  『部首漢字』の『意味』と
  個別な
  『音』だわ。
  さらに、これらの
  『漢字』にあてられた
  『日本語の訓み』とその
  『音』だわ。
  音は当然
  同音異字で展開されて
  更に日本語の意味となっているのよ」
 「ふーん。
  竜宮城の
  『乙姫さま』は謎を解く
  『音姫さま』だと云うことだな」

ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
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転ばぬ先の 「かんじき(樏・橇・檋・梮)」・・・漢字記?

 文字霊日記・3259日目

 文取りを得って、拠賂ㇺ拿(雫)・・・?

 日曜日・・・追加添文・・・

 「雉も鳴かずば撃たれまい」
 「記事もナかずばウタレまい」・・・?
 昨日の昼過ぎ
 凍った路でなければ
 10分も歩けば到着するスーパーなのに
 注意しながら向かい、無事に到着
 橋を渡った近くで、「モンドリ」うって転んだ・・・?
 転ばぬ先の杖・・・
 転ばぬ先の
 かんじき(樏・橇・檋・梮)・・・漢字記?
 泥上や雪上など不安定な
 地面を歩くための民具
 靴・草鞋などの下に着用・・・
 ↓↑
 兎に角、食料を買い込んでの帰り道・・・
 橋を渡った近くで、「モンドリ」うって転んだ・・・?
 翻筋斗(もんどり)を打って
     もんどり=丁髷(ちょんまげ)
      髻(もとどり)
 ・・・髻(モトドリ)説・・・引っ繰り返るように転んで丁髷が宙を舞う
 翻+筋斗=ヒルガエル+筋斗雲
 觔斗雲(キンㇳウン)=『西遊記』の孫悟空が仙術で乗る雲
            「筋斗雲」=「斤斗雲」
            「筋=斤=觔」
            「金斗雲」の当て字もある
 「觔斗」=「宙返り」の意
      「孫悟空」が
      「雲に乗る仙術」で宙返りを
       師の
      「須菩提」に披露した・・・
      「須菩提 (シュボダイ=スブーティ=Subhūti )」
      は、古代インドの釈迦 十大弟子の一人
      「解空第一・被供養第一・無諍第一」と称される
      「般若心経」理解の第一人者・・・
       空即是色・・・「矩有蘇句施史記」・・・王仁の文書解明
       色即是空・・・「色素句施矩烏」・・・カラスの羽の秘密文書
 ↓↑
 王仁(わに)・・・「矩有蘇句施史記」・・・王仁の文書解明?
 応神天皇の時代に
 「辰孫王」
 と共に百済から日本に渡来
 千字文論語を伝えた
 「古事記
 「記紀」には
 「辰孫王」の記述は無し
 『日本書紀
 「王仁
 『古事記
 「和邇吉師(わにきし)」
 百済渡来の漢人
 ↓↑
 「日本書記」
 敏達天皇元年(572)五月条
 「又
  高麗・・・・・高句麗
  上表疏書・・・上奏された国書
  于=亏=亐・・・汚(よご)す
    「~に・~を・~より」
     ウ・ク
    于于(ウウ)=何も知らないさま・自得するさま
    于役(ウエキ)=君命を受けて、他国への派遣使者
    于越(ウエツ)=越の国
    于嘔(ウオウ)=吐き気
    于帰(ウキ)=女性が嫁ぐこと
    于喁(ウグ)=前後の二人が交わし合うかけ声



 ↓↑  ↓↑
    于公高門(ウコウコウモン)
    善行を積んだ家の子孫の繁栄
   「于公」=人物名・漢代の丞相、「于定国」の父
        于公は裁判官
        公平な裁判で処理し
        彼の住む村の門を修理するとき
        善行を積む家の子孫は出世繁栄するだろうと
        門を広大に作った
    鳳凰于飛(ホウオウウヒ)
       「鳳凰」=大きな鳥の
        鳳=雄
        凰=雌
        夫婦の仲のよいカップ



  ↓↑
  于   
  烏羽。・・・烏の羽に
  字
  随
  羽黒・・・・文字が黒い羽に記録され
  既
  無識者。・・・誰も読めなかった
  辰爾・・・・・辰(たつ・シン)の爾(に・ジ)
  乃
  蒸・・・・・・蒸す
  羽
  於
  飯氣。・・・・ご飯の湯気
  以
  帛・・・・・・絹布
  印・・・・・・押して・押印
  羽。・・・・・はね
  悉・・・・・・ことごとく
  冩・・・・・・写し
  其
  字。」・・・・ジ
 ↓↑
 「須菩提 (シュボダイ=スブーティ=Subhūti )」
  コーサラ国
  シュラーヴァスティー(舎衛城)の
 「須達多」長者の弟の
 「須摩那(シュマナ=鳩留)の子で
  商人
  幼名 舜若多(シューニャタ=空性)
     生まれた時
     家の
     倉庫・箱・器皿
     などが悉く
    「虚無」となった・・・「空」?
 「須菩提」が
 マガダ国の
 王舎城(ラージャグリハ)に遊行し
 王の
 「ビンビサーラ(頻婆娑羅)」
 彼に
 「屋根が葺かれていなかった小屋」
       ↓↑
    ・・・ウガヤフキ合えず
       ウガヤフキアエズ
       鸕鶿草葺不合尊
      (うがやふきあわせずのみこと
       うがやふきあえずのみこと)
       地神五代 の5代目
       日向三代 の3代目
       神武天皇の父
 ↓↑     ↓↑
 を寄進
 「須菩提」は屋根無しの小屋で生活
 天が
 「須菩提」の有徳を尊敬し
 「雨」を降らせなかったので
 王舎城の農民たちが飢饉で困り
 「須菩提」の小屋・・・「鸕鶿草葺不合」の小屋
 に
 「ビンビサーラ王」は
 寄進した小屋の
 「屋根を葺(ふ)」いた所
 「雨が降り始めた」・・・

 ↓↑
 戻り(モドリ)説
    ・・・引っ繰り返るように転んで
    丁髷が宙を舞い
    ミダレタカミ(髻=もとどり)
    元に戻った・・・・水掫
             掫=扌+取
               扌+耳+又
               シュ
               シュウ
               ソウ
               よまわり
         拍子木を打ち鳴らして夜回りをする
        「火の用心」
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
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小石=磐の欠片=磐余彦=神武天皇

 文字霊日記・3258日目

 『雪の進軍』・・・歌詞は反戦歌です・・・マギレモなく瑕疵・・・

www.youtube.com


  コイシイなつ=小石異名通・・・小石川診療所・・・
  「赤ひげ」・・・小石=磐の欠片=磐余彦=神武天皇

 大岩に載りたい「石舞台」・・・おおいわ=多いわ
  岩倉具視
  磐井の乱
  527年
   磐井
  筑 紫 國  造
 (つくしのくにのみやつこ)
  土筆=付くし・着くし・尽(盡)くし・悉くし・殲くし
     突くし・搗くし・就くし・憑くし
     都久志・津久志
  築 紫=知久氏・矗氏・築志・・・建築を志す
  ↓↑
  築=筑+木
    ・・・筑=楽器・琴に似る
      悲筑(ヒチク)=琴に似た竹の楽器の
              悲しそうな音色
      京 へ=京都へ・・・「ヘ」
      筑紫に=九州に・・・「に」
      坂東さ=関東さ・・・「さ」
      方向を示す助詞の地方方言
      地名
      小筑紫町石原 (高知県宿毛市)
      朝妻筑摩 (滋賀県米原市)
      上志筑 (茨城県かすみがうら市)
      筑波 (茨城県つくば市)
      筑紫 (福岡県筑紫野市)
      筑波 (埼玉県熊谷市)
      筑波 (埼玉県鴻巣市)
  築=竹+巩+木
    竹+工+卂+木
    竹+工+凡+木
    竹+工+⺄+十+木
    竹+工+几+丶+木
    チク
    きずく・つく
    建てる・建物を造る
    きね=杵・土をついて固める道具
    築山(つきやま)
    ・・・築山御前=駿河御前
       徳川家康正室
       子女
       徳川信康
       亀姫
       母は
       今川義元の妹
       姉妹
       大谷元秀室
       北条氏規 室?
      「瀬名」?・・・築山殿の実名は不明
      源頼朝・・・
    築地(つきじ)
    築地町(つきじちょう)
    築港(ちっこう)・・・小樽築港
    築山(つきやま)
    杵築(きずき)
  ↓↑
  何故、「造=辶+告
        辶+吿
        辶+⺧+口
        辶+牛+口
        辶+𠂉+丄+口
          ・・・𠂉=カミ挿し・櫛
            丄=上
        辶+丿+土+口
        辶+丿+十+一+口」
  が「みやっこ」と訓字るのか?
  造=ゾウ=艁=䒃・・・造船
    つくる
    いたる・行く・到達する
    なる・出来上がる
    はじめる・始める
    みやつこ
    宮っ子・都子・看奴・・・嬴通子?
    こしらえる・たてる・なす
    はじめる・初め・最初
    にわか・あわただしい
  ↓↑
  造=みやつこ=渡来系技術者・・・創造・造反有理
    豪族が朝廷によって派遣
       朝廷に帰順して
    国造に任命
    その多くは
    允恭朝に
    臣・連・君(公)・直(凡直)などの姓が贈られた
    朝廷直轄領の
    県主(あがたぬし)と異なり
    軍事権・裁判権など広い範囲で自治権を認められた
 ↓↑
 大山 巌(おおやま いわお)・・・
    巌=山+厳
     山+⺍+厂+敢
     山+⺍+厂+丆(丅)+耳+攵
     山+⺍+厂+一+ノ+耳+攵
 大山 巖(巖・巗)・・・
    巖=山+嚴
     山+吅+厂+敢
     山+口+厂+丅+耳+攵
     山+口+厂+一+丨+耳+攵
 天保十三年十月十日
 1842年11月12日
 ~
 大正五年
 1916年12月10日
   大運1911年6月(68歳)戊午正財
 壬┏寅(己丙甲)印綬・正財帝旺⇔丙辰傷官
  冲己
 辛┗亥(戊甲壬)偏官・正財 死⇔庚子正官
 乙 酉(庚 辛)  ・正官 絶⇔辛巳偏官
 丁 丑(癸辛己)食神・偏印 衰⇔己丑偏財
   午未空亡
 ↓↑
 陸軍大臣(初代・第3代)
 陸軍参謀総長(第4・6代)
 大警視(第2代)
 文部大臣(臨時兼任)
 内大臣(第4代)
 元老
 貴族院議員
 称号・階級
 元帥陸軍大将
 栄典
 従一位大勲位功一級公爵
 号 赫山・瑞岩
 字 清海
 従兄弟
 西郷隆盛
 西郷従道
 ↓↑
 薩摩国
 鹿児島城下
 加治屋町
 柿本寺通(下加治屋町方限)出生
 薩摩藩
 大山綱昌(彦八)の次男
 幼名 岩次郎
 通称 弥助
 家紋 佐々木源氏大山氏
    「丸に隅立て四つ目」
 ↓↑
 「有馬新七
 らに影響されて過激派に属した
 文久二年(1862年
 「寺田屋騒動」で
 公武合体派に鎮圧され
 帰国謹慎処分
 薩英戦争に際して謹慎を解かれ
 砲台に配属
 西欧列強の軍事力に衝撃
 幕臣
 「江川英龍」の塾で
 「黒田清隆
 らとともに砲術を学ぶ
 ↓↑
 戊辰戦争
 新式銃隊を率いて
 「鳥羽・伏見の戦い
 「会津戦争
 各地を転戦
 12ドイム臼砲
 四斤山砲
 の改良設計し
 「弥助砲」と称され
 日露戦争まで長く使用
 ↓↑
 会津戦争
 薩摩藩二番砲兵隊長
 鶴ヶ城攻撃初日
 土佐藩部隊の援護に出動し
 弾丸が右股を内側から貫通
 狙撃者は
 「山本八重(同志社創立者新島襄の妻)」
 後の妻となる
 「山川捨松」
 とその家族が籠城していた
 ↓↑
 明治二年(1869年)
 渡欧
 普仏戦争などを視察
 明治三年(1870年)~六年(1873年
 ジュネーヴ留学
 ロシアの革命運動家
 「レフ・メーチニコフ」
 と知遇
 メーチニコフは
 東京外国語学校に教師として赴任
 ↓↑
 西南戦争
 西南戦争、相次ぐ士族反乱を鎮圧
 西南戦争では
 攻城砲隊司令
 明治十三年(1880年
 陸軍卿
 第1次
 伊藤内閣の陸軍大臣
 ↓↑
 1884年2月16日
 陸軍卿
 「川上操六」
 「桂太郎
 大佐らをしたがえ
 欧州兵制視察のために横浜を出発
 1885年1月25日
 帰国
 ↓↑
 日清戦争(1894年~1895年)
 直前には右目を失明
 日清戦争
 陸軍大将
 第2軍司令官
 明治三十二年(1899年)5月16日
 参謀総長に就任
 元帥
 ↓↑
 1903年6月22日
 参謀総長として
 朝鮮問題解決の意見書を内閣に提出
 ↓↑
 日露戦争(1904年~1905年)
 元帥陸軍大将
 満州軍総司令官(1904年6月20日
 同郷の
 「東郷平八郎
 と並んで
 「陸の大山
  海の東郷」
 ↓↑
 陸軍を代表し
 元老
 大正四年(1915年)4月23日
 内大臣
 ↓↑
 大正五年(1916年)
 大正天皇に供奉
 福岡県で行われた
 陸軍特別大演習を参観した帰途
 胃病から倒れ
 胆嚢炎を併発
 12月10日
 薨去・享年75
 死ぬ間際まで
 「永井建子」作曲の
 『雪の進軍』を聞いてい・・・
 ↓↑
 大山の死は
 「夏目漱石
 の死の翌日のこと
 12月17日
 国葬
 参列する
 駐日ロシア大使とは別に
 ロシア大使館付武官
 「ヤホントフ」少将
 大山家を訪れ
 「全ロシア陸軍を代表して」弔詞を述べ
 花輪を自ら霊前に供えた
 敵国の軍人から弔意を受けたのは
 大山
 と
 「東郷平八郎
 の2人だけ
 ↓↑
 墓所
 栃木県
 那須
 塩原市
  ↓↑
  小石川   養 生  所
 (こいしかわ ヨウジョウショ)
 北緯35度43分11.3秒
 東経139度44分40.5秒
 ↓↑
 江戸幕府
 江戸に設置した無料の医療施設
 享保~幕末まで
 140年あまり
 貧民救済の医療施設
 ↓↑
 享保六年(1721年)七月
 将軍
 「徳川吉宗」は
 日本橋に高札を立て
 和田倉御門近くの
 評定所前に
 毎月2日、11日、21日の月3回
 目安箱を設置の公示
 12月
 漢方医
 「小川笙船」は
 目安箱を利用して
 施薬院の設置を嘆願投書
 ↓↑
 享保七年(1722年)正月
 吉宗は笙船の上書を取り上げ
 「有馬氏倫」に
 施薬院の設立を命令
 「有馬氏倫」の命を受け
 町奉行
 「中山時春」
 と
 「大岡忠相」は
 「小川笙船」の意見を聴取
 ↓↑
 両奉行は
 中山
 出雲守
 組与力
 の
 「満田作左衛門」
 と
 大岡
 越前守
 組与力
 の
 「吉田十郎兵衛」
 を設立の事務方に当たらせた
 ↓↑
 設立計画書
 建築費
 金210両
 銀12匁
 経常費
 金289両
 銀12匁1分8厘
 人員
 与力2名
 同心10名
 中間8名
 を配置
 与力は
 入出病人の改めや
 総賄入用費の吟味を行い
 同心のうち
 年寄同心は
 賄所総取締
 諸物受払の吟味
 平同心は
 部屋の
 見回り、薬膳の立ち会い、錠前預かり
 中間は
 朝夕の
 病人食や看病
 洗濯や門番などの雑用を担当
 女性患者は
 女性の中間が担当
 ↓↑
 小石川養生所の井戸
 享保七年(1722年)十二月十三日
 小石川薬園(小石川植物園)内に開設
 建物
 柿葺の長屋で
 薬膳所
 2カ所
 収容人数
 40名
 ↓↑
 小石川養生所は
 町奉行支配
 「小川笙船
    丹治」が
 肝煎を務め
 満田と吉田が
 養生所与力に付いた
 ↓↑
 医師
 本道(内科)のみ
 小川ら7名が担当
 設立時の
 養生所医師として
 「岡丈庵」
 「林良適」
 が任命され
 夜間急病の医師
 「木下同圓」
 「八尾伴庵」
 「堀長慶」
 が任命された
 ↓↑
 寄合医師
 小普請医師
 などの幕府医師の家柄の者が治療
 天保十四年(1843年)
 町医者に切り替えられ
 養生所勤務の年功により
 幕府医師に取り立てられるものもあった
 ↓↑
 当初
 薬草の効能を人体実験すると風評
 利用者が滞り
 享保八年二月
 入院基準を緩和
 身寄りのない貧人だけでなく
 看病人があっても貧民であれば
 収容
 十月
 行倒人
 寺社奉行支配地の
 貧民も収容
 七月
 町名主に養生所の見学をさせ
 風評払拭
 患者も増え
 医師の増員を随時行った
 ↓↑
 幕末
 蘭方医
 「医学所」と「医学館」が対立
 蘭方医の権威が低下
 ↓↑
 明治維新
 廃止されたが
 「医学館」の管轄に移り
 「貧病院」と改称存続
 漢方医廃止の方針により閉鎖
 ↓↑
 1870年
 薬園
 養生所施設は
 文部省の管轄に移行
 1877年
 東京帝国大学に払い下げられ
 理学部に組み込まれた
 ↓↑
 2012年(平成24年)9月19日
 「小石川植物園(御薬園跡及び養生所跡)」
 国の名勝および史跡に指定
 ↓↑
 小石川植物園
 (東京大学大学院理学系研究科附属植物園)
 内に
 「井戸」
 が保存され
 関東大震災
 被災者の飲料水と利用された
 ↓↑
 by 『ウィキペディアWikipedia)』
 ↓↑
 今(2023/01/12・㊍)は
 ここ
 蝦夷地は
 氷雪の世界・・・
 今日は薄曇りだが空が眩しく、気温が穏やか・・・
 二階の窓に斜めに迫る
 煌めく氷柱(つらら)
 その雫(しずく)の音・・・
 寒い冬は嫌いだ・・・
 灯油備蓄タンク目盛り半分の灯油代金
 請求金額「2.3000円也」・・・
 物価が安く、公共料金も安かった名古屋の大須4
 戀しいのは
 夏の日のポプラ並木の蝉の声・・・
 大須の那古野山古墳の大木・・・
  那古野山 古墳
 (なごややまこふん・なごのやまこふん)
 愛知県名古屋市中区大須
 那古野山古墳公園(旧那古野山公園)
 北緯35度09分35秒
 東経136度54分04秒
 ↓↑
 6世紀頃 築造
 江戸時代
 清寿院の後園が造営
 ↓↑
 1879年(明治12年)浪越公園として開放
 1910年(明治43年)浪越公園が閉園
 1914年(大正 3年)那古野山公園が開園
 2022年(令和 4年)那古野山公園が
          那古野山古墳公園
  ↓↑
 「柳下水」の井戸
 清寿院の境内
 尾張名古屋の三名水
 明治初期に清寿院が廃寺になった後も
 生活用水として使用
 昭和50年代に埋め立てられ
 跡地にモニュメント設置
 2020年(令和2年)3月
 モニュメントが取り壊され
 公園内に移設
  ↓↑
  本 居  宣 長
 (もとおり のりなが)
 享保十五年五月七日
 1730年6月21日
 ~
 享和元年九月二十九日
 1801年11月5日
     大運1796年1月(65歳) 己丑正財
 庚戌(辛丁戊)偏官・偏財 養⇔辛酉正官
 壬午(丙己丁)偏印・正財 死⇔戊戌偏財
 甲戌(辛丁戊)  ・偏財 養⇔癸卯印綬
 乙丑(癸辛己)劫財・正財冠帯⇔癸丑印綬
  申酉空亡
 ↓↑
 国学者
 文献学者
 言語学者
 医師
 名  栄貞
 姓  平氏
 通称 弥四郎・健蔵
 号  芝蘭・瞬庵・春庵
 自宅の鈴屋(すずのや)で門人に講義し
 「鈴屋大人(すずのやのうし)」
 と呼ばれた
 荷田春満
 賀茂真淵
 平田篤胤
 とともに
 「国学の四大人(しうし)」
 「伊勢松坂」
 豪商
 小津家の出
  ↓↑
 「契沖」の文献考証
 「賀茂真淵」の古道説を継承
 『古事記』研究
 約35年を費やし
 『古事記』研究の
 注釈書
 『古事記伝』を著
  ↓↑
 『源氏物語』の
 「もののあはれ」が
 日本固有文学の情緒で本質とし
 儒教を自然に背く考えであると非難
 中華文明の
 「荻生徂徠」を批判
 ↓↑
 儒教仏教流の
 「神典を解釈」を批判
 「言挙げ」をしない真の道があったと主張
 儒教
 「天命論」
 「易姓革命
 を批判
 「朱子学理気二元論
 についても空論と批判
 世界を理屈で解釈することは
 さかしらの
 「からごころ」
 であり
 神々に対する不敬であるとした
 そうですか、
 兎に角
 ・・・「古事記」は
    「漢字」で記録されていたのだ
 ↓↑
 by 『ウィキペディアWikipedia)』
 ↓↑
https://www.youtube.com/watch?v=PQSVkD9rT0U

ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
 ↓↑
 モモちゃん

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

文字霊日記・3257日目・・・

 文字霊日記・3257日目

「2023年の絵」+「50年前の歌」・・・雑音かも 

 蹴りたい石ころも無い吹雪に翳む道
 振り返るコトもできなくなる・・・記憶の蒸発・・・

https://www.youtube.com/watch?v=Ud59-ge3FO8


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 干支歴
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 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
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 古事記と虎関師錬 (archive.org)
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