「吉志舞(きしまい )」・・・ボクの古語辞典にも記載されていたが・・・
     吉志・・・大志・・・野心、野望・・・の「舞(ダンス)」?
 「青年よ大志(ambitious・アンビシャス)を抱け」・・・
 「Boys, be ambitious like this old man」・・・
           年老いたオレの様に・・・
 「Boys, be ambitious in Christ (God)」
 「青年よ、利己の為や儚( はかな)き
  名声を求めることの野心を燃やすことなく
  人間の本分をなすべく
  大望(野望・野心)を抱け」
 と述べたという・・・説
 「Boys be ambitious!
   Be ambitious not for money
  or
  for selfish aggrandizement,not for that evanescent thing
  which men call fame
  Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.」
 (少年よ、大志を抱け
  だが金を求める大志であってはならない
  利己心を求める大志であってはならない
  名声という浮ついたものを求める大志であってはならない
  人間として
  あるべき
  全ての物を
  求める大志を抱きたまえ)
 と言われた・・・説・・・
  ↓↑
 ヒトを誑かして「統一」ですか・・・

 ↓↑
 愛国とは無縁、一族郎党の私欲利害妥協の産物・・・?
 「火鼠(カソ・ひねずみ・ひのねずみ)の裘(かわごろも)」
  中国に伝わる怪物の
 「火光獣(カコウジュウ)」・・・?
 「南方の果ての火山の炎の中にある
  不尽木(フジンボク)という
  燃え尽きない木の中に棲んでいる
  or
  崑崙に棲む」
  和名
  「比禰須三(ひねずみ)」・・・?
  火の中では身体が赤く、外に出ると白くなる
  火の外に出ているときに
  水をかけると死ぬ
  火鼠の毛から織って作った
 「火浣布(カカンフ)」
  火に燃えず、汚れても火に入れると
  雪のように
 「真っ白」になる・・・「石綿」・・・?
 浣=氵 完
   氵+宀+元
   氵+宀+一+兀
   氵+宀+一+儿
   水=氵=氺
   カン
   あらう
   すすぐ
   よごれを落とす
   十日間のこと
   唐代、官吏が
   沐浴のために与えられた休暇が
   十日間に一度だった
  火浣布(カカンフ)は
  「隋書・西域志」の記録
  「史国(ウズベキスタン・シャフリサブスの都市国家)」で産出・・・?
  火浣布の記述
 『河海抄』の注釈に
  漢代
  東方朔著
  地理書
 『神異経(中国語版)』
 『十洲記』
 に見える・・・らしい・・・
 出典原文はスベテ
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 『ウィキペディアWikipedia)』・・・デス

 ↓↑
 「吉志舞(きしまい )」・・・
 大嘗祭などで
 安倍氏の当主等が監督し
 闕腋袍(ケッテキのホウ)等
 ・・・闕=門+欮
 主に武官の服装で、踊られた舞楽
 ↓↑
 腋=月+夜・・・脇=月+劦=肉+劦
   月+亠+亻+夕+乀
   夜+α
   夜液掖㖡㖱棭焲䘸䤳鵺
 腋(わき)
 腋(わきのした)
 腋窩(エキカ)
  =脇の下にあるくぼんだ部分
   芽(えきが)茎の
   側方に生える芽の一種
   葉と茎の境目にできる
 腋(ようえき)
  =葉が茎や枝と接している部分
   葉の付け根
   わき毛・腋毛(わきげ)
   わきの下・腋の下
 一狐之腋(イッコのエキ)
  価値のあるもののたとえ
  狐の脇の毛皮は
  白くて美しく僅かにしかとれず
  珍重された
 集腋成裘(シュウエキセイキュウ)
  たくさんの人々を使って
  大きな目標を達成すること
  集腋=狐の腋の白い毛を集めること
  成裘=皮衣を作る
  「腋を集めて裘を成す」
 ↓↑
 千金の裘は一狐の腋に非ず
 国を治めるには
 多くの有能な人材が必要
 千金もする皮衣は
 一匹の狐の「わき毛」だけでは作れない
  ↓↑
  菟道  稚  郎子
 (うじ-の-わき・いらつこ
  うぢ-の-わき・いらつこ)
      稚=わき=腋・脇=エキ=役?
     ・・・沸く・涌く・枠・和久・・・
        湧⇔桶(おけ)・・・惑・疑惑
  菟=兎・兔・🐰・莵=うさぎ・・・白うさぎ・・・半島の形象?
 ?~壬申年・・・自殺・夭折
 大鷦鷯尊
 (おおさざきのみこと
  大雀命=仁徳天皇
 第15代
 応神天皇皇子
 第16代
 仁徳天皇=大鷦鷯尊の異母弟
     (おおさざきのみこと
      大雀命)

 応神天皇
 と
 和珥氏(丸邇氏)祖の
 日触使主
 (ひふれのおみ、比布礼能意富美)の女の
 宮主宅媛
 (みやぬしやかひめ・宮主矢河枝比売)
 との間に生まれた

 ウジ・ウヂ
 莵道・宇遅
 うぢ-の-わき・いらつこ
 宇遅能 和紀 郎子『古事記
 菟道  稚  郎子皇子『日本書紀
 宇治  若  郎子『山城国風土記逸文
 宇治  稚  郎『日本後紀
 菟道  稚  郎子『日本後紀逸文
 宇治  稚彦 皇子『続日本後紀
 兎道  稚  郎皇子『先代旧事本紀
           「天孫本紀」
 兎遅  稚  郎子『先代旧事本紀
          「天孫本紀」
 菟道  稚  郎皇子『延喜式』諸陵寮

 「ワキ」は「若(わか)」の転訛・・・
ー↓↑ー--
 吉師-舞
 吉士-舞
 等とも表記
 楯節舞(たてふしまい・楯伏舞=楯臥舞)
             伏す=臥(卧)す・・・臥薪嘗胆
                臥(ふしど)=寝床・ベット=寝台
            木+盾+イ+犬=木+盾・臣+人
               ・・・臣(おみ)・朝臣(あそん)
            木=十+八=拾(足)八(捌)
            盾=厂+十+目
              たて・目や顔にかざして身を守る武具
            盾=楯=たて=殺陣
      後ろ盾・後ろ楯=うしろだて=ウシろダテ
      背後からの攻撃から守る盾
      戈盾・戈楯(カジュン)
      戟盾・戟楯(ゲキジュン)
      矛盾=二つの事柄が、論理的に整合しないこと
      自己矛盾
      前後矛盾=辻褄があっていないこと
      撞着矛盾=「撞着=矛盾」
      矛盾撞着
      盾に取る=身を守る口実
           言い訳の材料
      盾の半面=物事の一面、偏った判断態度
      盾の両面
      盾を突く=逆らう・反抗する・敵対する
 ↓↑    ↓↑     ↓↑
      平伏・承伏・・・匍匐前進
      臥=卧
      横臥
      起臥
     臥床=寝床
     帰臥=官職を辞め故郷に帰り暮らすこと
     仰臥=仰向けで寝ること
     臥薪嘗胆=呉王の夫差の
      父親の敵の
      越王の勾践への怨恨の執念
      会稽山の戦いで勝利
      敗北した勾践は
      苦い肝を目覚める度に舐め
      恥を思い返し
      夫差を滅ぼした
     臥榻之側(かたわら)=自身の領域、身近にあること
      臥榻=寝床
      自分の領域を
      他人が荒らすことを許さない
     臥竜鳳雛ガリヨウホウスウ)
      機会がないために才能を発揮できない人
      才能を発揮する機会がなく
      世間に知られていない英雄や賢者
      将来に期待されている若者
      劉備に、司馬徽
      諸葛亮臥竜
      龐統鳳雛にたとえた
     行住坐(座)臥=普段や常々
      行=歩く
      住=止まる
      坐=座る
      臥=寝る
     高臥東山=山奥での隠遁生活
     高臥=枕を高くして寝る
        好きに暮らす
     東山=浙江省にある山
        晋の謝安は
        朝廷の出仕要請を
        四十歳を過ぎるまで断り続け
        東山で隠遁し続けた
     侯覇臥轍(コウハガテツ)
      立派な人物の留任を願って、引き止めること
      臥轍=車の通り道に人が伏して通れなくすること
         地方長官で善政を行った侯覇が
         都に帰ることになったが
         人々が道に伏して留任を請うた
     床に臥す=病気で寝込むこと
     子に臥し寅に起きる=寝る間を惜しんで働くこと
     子の刻(午前零時頃)に寝て
     寅の刻(午前四時頃)に起きる
 ↓↑    ↓↑     ↓↑   ↓↑
 ↓↑     臥(ふ・ガ・卧)す=伏(ふ・フク・ブク)・・・
      ふせ=布施・布勢・布瀬・・・お布施=寄付・・・天下布武
         普勢
                     ↓↑
    阿倍御主人= あべの-みうし
          安倍御主人=布勢朝臣・・・臥・伏?
          舒明天皇七年誕生
          左大臣
         「阿倍内麻呂=布勢麻呂古」の子
         「阿倍広庭」の父
          持統天皇元年
          納言として
          朱鳥一年(686)
          天武天皇の死に際し
          弔辞(誄・ルイ=䛶=言+丰+木)
          をのべ
              耒(すき)=鋤・鍬・耜=耒+㠯(以)
              丰=すきの柄
              誄 (しのびごと)
              貴人の死を哀悼し、生前の功績・徳行をたたえ
              追憶する弔辞=誄詞 (ルイジ)・誄文(ルイブン)
              予後(ヨゴ)=病気や手術の後の
              回復、経過、終末
              を見通しを指す言葉
          四年
          持統天皇一年(687)
          天武の殯宮で誄
          四年
          持統天皇即位式
          多治比 島(たじひ-の-しま)
          と共に
          賀騰極を奏し
          八年
          阿倍氏の氏上
         「阿倍朝臣(あそん)」の姓を賜り
          文武四年(700)年
         「正広参」
          大納言
          大宝一年(701)
          従二位
          右大臣
          大宝三年閏4月1日死去・69歳
          本姓 布勢(ふせ)
         「竹取物語」の求婚者で
          かぐや姫の難題
         「唐土にある、火鼠の裘(かはごろも)を給へ」
          と要求された・・・?
    ↓↑
     闕=門+欮
        欮=屰+欠
    門+屰+欠
      門+䒑+屮+丿+乛+人
      門+丷+一+凵+丨+丿+乛+人
      ケツ
      かく
      かける
      のぞく
      もん
      宮殿の門
      宮殿・宮城・天子のいる所
      かける・かく・足りない・不足する
      のぞく・とりのぞく
      あやまち・過失
    闕=門+欮
      門+屰+欠
      門+䒑+屮+丿+乛+人
      門+丷+一+凵+丿+丿+乛+人
           ノ+乛=𠂉
    欮・厥・瘚・蕨(わらび)
    闕(か)く
    闕(か)ける
    闕(のぞ)く
    闕(もん)
   恋闕=宮殿を恋しく思うこと
   宮闕
   金闕
    闕所
    欠字=闕字(ケツジ)
    欠漏=闕漏(ケツロウ)
   拾遺補闕(シュウイホケツ)
    見落としている過失や
    誤りを見つけて正し補うこと
    拾遺=過失を見つけて補うこと
    補闕=足りないものを見つけて補うこと
       君主が見落とした過失や
       誤りを正し
       臣下が補佐をすること・輔弼(ホヒツ)⇔補筆
   抱残守闕(ほうざんしゅけつ)
    ほとんどがほとんどがなくなって
    不完全な書物
    残った書物の欠片を大切にすること
    保守的な思想で
    革新的な思想を受け入れないこと
   「残・欠」=失われたものの残った部分
   「抱・守」=抱きかかえるように
         大切に守ること
        「残を抱き欠を守る」
        「抱残守闕」
 ↓↑
 楯節舞(たてふしまい・楯伏舞=楯臥舞)
 と同じもの・・・
 神功皇后
 新羅征伐後・・・「新羅」は
         「倭=近畿王朝」に
         「征伐」されたのか・・・?
         「新羅」が逆に
         「倭=近畿王朝」を
         「侵略」したのか・・・?
         「吉志(きし)=キチシ=既知氏」・・・?
 凱旋し
 安倍氏の祖先によって
 大嘗祭で踊られたものであるという・・・?
 住吉大社には
 神功皇后帰還の時
 出迎えた堺市にある
 七道浜の
 住吉踊りは
 この伝統を継承・・・との伝承・・・?
 ↓↑
 吉師=大和朝廷で外交や
         水軍などに関係した氏族
    渡来系のものが多かった
    安倍氏は吉師と関係があった
ー↓↑ー--
 吉志舞
 「ゴジラ」の
 「伊福部 昭」
 の吹奏楽
 帝国海軍の依頼によって作曲
 1943年(昭和18年)2月完成
 初演は
 4月8日
 「服部 逸郎」
 指揮・東京放送吹奏楽団による
 NHKの放送
 1945年(昭和20年)
 8月30日
 GHQ最高司令官
 マッカーサー
 が厚木飛行場に到着したことを
 伝えるラジオ放送でも流れた・・・?
 既に忘れ去られ
 曲も舞も残っていない
 「吉志舞」の名と故事から
 独自にイメージして作曲・・・?
 全体の構成はロンド風形式
 行進曲調の第2主題は
 戦後
 ゴジラ等の映画で
 自衛隊の出動する場面などに
 背景音楽として使われた
 この曲自体は
 戦後忘れられていたが
 1990年代になって
 「再発見」
 2001年(平成13年)5月
 に蘇演された
 陸上自衛隊
 中央音楽隊による演奏などを
 聴くことが出来る・・・
 ・・・以上の原文は
 出典
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 ↓↑
 柄のない所に柄をすげる
 無理やり理屈をこじつけること・・・そうですか・・・仮説も屁理屈?
 柄が必要ないものにも
 無理に柄をつける
 ↓↑
 手で持ちやすいように
 器物につけた細長い部分
 取っ手
 傘の「え=柄」
    柄(え)
    傘
    長柄武器(ポールウェポン)
    などを
    持つための棒状の部分
    茸=木ノ子=キノコの棒状の部分
    柄(つか)
    刀剣や槍などの持つための部分
   「把」とも
 ↓↑
 百済(くだら・ヒャクサイ)=伯濟
 ・・・百=丆(石・面)+日(曰)
      一+白+日(曰)
      一+ノ+日(囗+一)
  ・・・「丆=(石・面)」は中国語文字で「石の略字」?
         「石=丆+口(〇)」ならば
         「丆」は石器の柄(え)の部分か
         「槌(つち)」そのもの形象に見えるが
          韓国語文字で「面・表面の略字」?
         「面(つら)の皮」? 
          ブログ辞典で検索したら
         「メン=緬=綿・麺・麵=myeon」らしい・・・?
 ↓↑     ↓↑
      「丆」=면=「ㅁ」+「ㅕ」+「ㄴ」= (myeon)・・・?
      たら・なら・というなら
      不確かな事実を仮定して述べるのに用いる「連結語尾」
      ~ならば・たら・なら・というなら
      後にくる
     「事柄」に対する根拠や条件になるという意を表す「連結語尾」
      で使用されるらしい・・・
     「事柄」の「柄」は・・・この漢字・・・
     「丆」は「ト」の90度傾けた漢字だが
     「柄=がら・~ならば・たら・なら・というなら」
      の回りくどい説明になるだろう・・・
     「丆」は「丙」の漢字の部分である・・・
     「柄=十+八+丙
        十+八+丨+天+亅
        十+八+冂+丆+㇏
        十+八+一+内(人+冂)」           
 ↓↑
 え・つか・器物の取っ手
 長柄・葉柄
 いきおい・権力
 横柄・権柄・政柄
 たね・材料・話柄
 がら・性質・種類・状態
 人柄・銘柄
 ↓↑
 柄=木+丙
   十+八+一+内(人+冂)
   ヘイ
   がら・え・つか
   器物の手で握る部分
   柄=つか
     刀剣の手で握る部分
     十握剣(とづかのつるぎ)
    「古事記
   え・とって
   斗柄・葉柄
   柄杓(ひしゃく) 
   手中に握る権力・勢い
   権柄・国柄・執柄
   とらえて材料にするもの
   笑柄・談柄・話柄
   がら
   間柄・家柄・国柄
   事柄(ことがら)
   図柄 (ずがら) ・手柄・身柄・矢柄」
   え
   長柄(ながえ)
   名のり
   えだ・かい・かみ・もと
   柄鏡・柄香炉・柄太鼓・柄樽・柄長
   柄の無い所に柄を挿げる
   ↓↑
   朳=えぶり=柄振
   農具の一
   長い柄の先に
   横板のついた鍬(くわ)のような形のもの
   土をならしたり
   穀物の実などをかき集めたりする道具
   えんぶり
   能の小道具の一
   竹ざおの先に板をつけたもので
   雪かきに用いる
   ↓↑
   柄振板(えぶりいた)
   塀や庇 (ひさし) の
   出し桁 (げた) の端などを
   覆うための化粧板
   ↓↑
   柄染
   間柄
   赤矢柄
   足柄
   家柄
   色柄
   浮矢柄
   歌柄
   絵柄
   縁束
   横柄
   ↓↑
   百済
    ↓↑
    済=氵+斉
      氵+齐+二
      氵+文+丿+丨+一+一
      氵+亠+乂+丿+丨+一+一
    ↓↑
    濟=氵+齊
      氵+亠+刀+丫+丿+一+一+丨
      氵=水
        サンズイ=山水・散水
        纂頭維・纂瑞
        簒隋・・・(簒奪の隋王朝
        三隋(陏・隋・随・隨・髄
           頭維・惢・髄)
        斉=文+丿+丨+二
          亠+乂+丿+丨+一+一
        齊=刀+衣+(氏-一)
          衤(ころもへん)=衣=亠+𧘇
          礻(しめすへん)=示=一+丁+ハ
          卬  
        斎=文+ノ+示+亅
        齋=亠+刀+丫+氏+丿+二+亅+ハ+丨
        ↓↑
      サイ・セイ
      すます・・・(澄ます・清ます・決済)
      すむ・・・・(清浄・棲む)
      すくう・・・(救済)
      たすける・・(救助)
      なす・・・・(為す・生す・奈須)
      わたす・・・(伝承・伝える・情報)
      わたる(渡る・渡航・渡海・渉・亙・亘)
      困難、困窮から救う
      成る・成し遂げる
      わたす・川をわたる・渡し場
      通る・通過する
      中国の川の名=済水(セイスイ)
      すむ・すます・終える
 ↓↑
 「一ノ谷の戦い
 元暦元年
 (寿永二年・1184年)?
 二月七日
 ↓↑
 「一ノ谷の戦い
 寿永三年=治承八年
 二月七日
 (1184年3月20日
 摂津国
 福原
 須磨
 での戦い
 「一の谷」を落ち
 二月十三日
 「八島の磯」の戦いで
 平清盛の弟
 平経盛の子
 「平敦盛」 16歳
 が
 「熊谷直実」に打ち取られた
 ↓↑
 元暦二年=寿永四年二月十九日?
 (1185年3月22日)
 二月
 「屋島の戦い(やしまのたたかい)」
 義経摂津国の水軍
 渡辺党
 熊野別当湛増
 熊野水軍
 河野通信
 伊予水軍
 を味方につけて
 摂津国
 「渡邊津」
 に兵を集めた
 讃岐
 国屋島高松市
 での戦い
 源平合戦の・・・紅白歌合戦
 源氏=白(男)・・・「新羅+唐」系?
 平家=赤(女)・・・「百済+高句麗+隋」系?
 「治承・寿永の乱」の戦いの一
 ↓↑
 『敦盛』
 思へばこの世は
 常の住み家にあらず
 草葉に置く白露
 水に宿る月よりなほ あやし
 金谷に花を詠じ
 榮花は先立つて
 無常の風に誘はるる
 南楼の月を弄ぶ輩も
 月に先立つて
 有為の雲にかくれり
 人間五十年
 化天のうちを比ぶれば
 夢幻の如くなり
 一度生を享け
 滅せぬもののあるべきか
 これを
 菩提の種と思ひ定めざらんは
 口惜しかりき次第ぞ
  ↓↑
 『熊谷直実
 「今月十六日に
  讃岐の
  八島を攻めらるべしと、聞てあり。
  我も人も、憂き世に長らへて
  かゝる物憂き目にも
  又、
  直実や遇はずらめ。
  思へば、
  此世は常の住処にあらず。
  草葉に置く白露
  水に宿る月より 猶あやし。
  金谷に花を詠じ
  栄花は先立て
  無常の風に誘はるゝ。
  南楼の月をもてあそぶ輩も
  月に先立つて
  有為の雲に隠れり。
  人間五十年
  化天の内を比ぶれば
  夢幻のごとくなり。
  一度生を受け
  滅せぬ物のあるべきか。
  これを菩提の種と
  思ひ定めざらんは
  口惜しかりき次第ぞ」
 ↓↑
 ・・・此時、信長、「敦盛の舞」を遊ばし候。
 人間五十年
 下天の内をくらぶれば
 夢幻のごとくなり。
 一度生を得て滅せぬ者のあるべきか
 と候て
 螺(ほら)ふけ
 具足よこせと仰せられ
 御物具召され
 たちながら御食をまいり
 御甲めし候ひて御出陣なさる。
 『信長公記
 「太田牛一
  ・・・太田市群馬県南部の東毛地区     
         隣接の
         桐生市
         栃木県
         足利市と共に
         両毛地域を形成
         ↓↑
         上毛野国
        (かみつけのくに
         かみつけぬのく=野国群馬県
         +
         毛野国
        (しもつけのくに
         しもつけぬのくに=下野国・栃木県)

        大田広域市=韓国
       「大きな田畑」を意味する=ハンバッ(Hanbat)
        日本統治下の自治体統廃合の際に
       「大田」と漢字が当てられ
        京釜線・湖南線などが開通・発展

        百済
        雨述郡・真峴県・奴斯只県・所比浦県

        統一新羅時代の
        比豊郡・鎮嶺県・儒城県・赤鳥県

        高麗時代の
        公州牧の
        懐徳県・鎮岑県・儒城県・徳津県

        李氏朝鮮時代の
        忠清道懐徳郡・鎮岑郡
        1914年4月1日
         郡面統合で
        懐徳郡・鎮岑郡
        公州郡 儒城面の区域を
        大田郡として設置
  ↓↑
 「化天・下天・外天」
  ↓↑
 「後白河法皇」は捕虜になった
 「平重衡」と三種の神器を交換するよう
 平氏と交渉するが、宗盛はこれを拒絶し
 「合戦直前の休戦命令」
 に従っていたにも係らず
 突然
 源氏に襲われた
 ということに対する抗議と
 「休戦命令は
  平氏を陥れる奇謀ではなかったか」
 との
 「後白河法皇
 への不審を述べ立てた・・・

 鎌倉政権軍も
 戦略目標である
 三種の神器奪還には失敗し
 「屋島の戦い
 「壇ノ浦の戦い」へ・・・

 「鵯越(ひよどりごえ)」・・・鵯=卑+鳥
  卑弥呼のトリをこえる=鵯(ひよどり)
            =壹與(臺與)?
 「逆(さか)落(お)とし」・・逆(さか)音し?
ー↓↑ー--
 ・・・???・・・
 (表紙・画像・音楽)」の
  移転先・・・
https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2016/12
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 ボクの「古事記字源」の発端・・・
https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2022/7
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 干支歴
http://meisiki.bake-neko.net/keisanBXG4.html
 ↓↑
 追加添文
 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
https://haa98940.wixsite.com/mysite/single-post/2006%E5%B9%B4%EF%BC%91%EF%BC%91%E6%9C%88%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%8E%E9%A0%83%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB