ないえごろうブログ

同音異義の探索

龢=龠+禾=ワ・オ・カ=和=咊=惒=ナゴヤか・・・?

  •  文字霊日記・3266日目
     万延元年遣米使節・・・萬の延長の頑撚・・・?
     キイラルゴ=keyーlargo
          =長い鑰(かぎ)
        ・・・長の鑰(かぎ)
    フォト

     ↓↑
     「鑰・鉤・鈎・鍵」+等+留+語・・・?

     頑(かたく)な=頑固
      頑丈=元錠・丸錠
      頑張る=ガンバる
     頑=元+頁(page)
       元のページ・二の人の頁(おほがい=大我意)
       一+兀+頁+牛
       兀=コツ
         ゴツ
         たかい・高くて上が平らなさま
         はげ山
         動かないさま
         一心に物事にうちこむさま
         あしきる=足斬りの刑罰
     頑=二+儿+頁+牛
       一+一+儿+頁+牛
       ガン
       かたくな
       融通がきかない
       にぶい・おろか・道理にくらい
       じょうぶ・しっかりしている
       もてあそぶ=玩・翫
      ↓↑
      頑強=意思が強く、簡単に屈することがない様子
      頑愚(ガング)=頑固で愚か
      頑健=体ががっしりとしていて健康な様子
      頑固=考えを曲げず、意地を張り通すこと
      頑丈・岩乗・岩畳(ガンジョウ)
     ↓↑
     哀感頑艶(あいかんがんえん)
      歌声が物悲しく、どんな人もその歌声に心を奪われる
      すぐれた文芸作品の美しさや悲しさが人を感動させる
      「頑」=愚かな人
      「艶」=頭が切れる人
      「頑艶を哀感せしむ・哀しみ頑艶を感ぜしむ」
     頑固一徹
     頑石点頭(ガンセキテントウ)
      説得力や影響力が大きいこと
       「頑石」=ただの石
       「点頭」=うなずくこと
      石ですらうなずくほどに影響力が大
      僧の道生が石を集めて説法する
      その説法を石はうなずいた
     頑鈍無恥(ガンドンムチ)
      信念がなく、恥知らず
      漢の陳平が、劉邦は傲慢で無礼だが
      報酬を惜しまないため
      強欲で恥知らずな兵士が集まるとの故事
     頑迷固陋(ガンメイコロウ)
      頑固で視野が狭く、正しい判断ができないこと
      「固陋」=古いものに固執すること
           「頑迷」は「頑冥」とも
           「固陋頑迷(固陋頑冥)」
     頑冥不霊(ガンメイフレイ)
      道理がわからず、頑固で思考が鈍い人
       「不霊」=頭の働きが鈍いこと
       「不霊頑冥」
     ↓↑
     㹕=頑+牛
       元+頁+牛
       一+兀+頁+牛
       一+儿+頁+牛
       カン
       劣る
     ↓↑
     碩・硯・磌・碵

     ↓↑
     1860年
     万延元年遣米使節
     江戸幕府
     日米修好通商条約の批准書交換のために
     派遣した77名から成る使節
     1854年
     開国後、最初の公式訪問団
     津太夫一行以来
     日本人として2度目の世界一周
     ↓↑
     1858年
     文久元年(1862年
     文久遣欧使節
     (第1回遣欧使節、開市開港延期交渉使節
     江戸幕府
     オランダ、フランス、イギリス、プロイセンポルトガル
     との修好通商条約で交わされた
     新潟、兵庫、両都(江戸、大坂)の
     開港開市延期交渉
     ロシアとの
     樺太国境画定交渉のため
     ヨーロッパに派遣した最初の使節
     正使
     竹内保徳(下野守)
     副使
     松平康直(石見守、後の松平康英
     目付
     京極高朗(能登守)
     その他
     柴田剛中(組頭)
     福地源一郎
     福沢諭吉
     松木弘安寺島宗則
     箕作秋坪
     総勢36名
     通訳(蘭語、英語)の
     森山栄之助
     渕辺徳蔵
     が加わり38名
     ↓↑
     竹内 保徳(たけのうち やすのり)
     文化四年(1807年)
     ~
     慶応三年二月一日(1867年3月6日)
     江戸幕末期の幕臣
     官位 下野守
     幼名 清太郎
     父  200俵の旗本・竹内富蔵
     ↓↑
     嘉永五年(1852年)
     勘定吟味役・海防掛
     嘉永六年(1853年)
     黒船来航後
     台場普請掛
     大砲鋳立掛
     大船製造掛・米使応接掛
     を兼任
     ↓↑
     安政元年(1854年
     箱館奉行就任
     幕府の命令に逆らって
     アイヌに髪の毛を切ることを免除
     漁を発展させ
     アイヌの尊敬の対象となった
     在任中にニシンが豊漁で
     ニシン(鰊・鯡・)奉行と
     あだ名された
     文久元年(1861年
     勘定奉行外国奉行
     12月
     遣欧使節文久遣欧使節)正使
     30余名を伴い横浜から出港し
     イギリスへ向かうい
     ロンドンで
     第二回ロンドン万博に出席
     攘夷運動で
     江戸・大坂の開市
     新潟・兵庫の開港延期の目的で
     欧州各国を訪問
     五カ年延期に成功
     文久二年(1862年)五月
     イギリスとの間にロンドン覚書協定
     プロシア、ロシア、フランス、ポルトガル
     との間に同じ協定を結んだ
     文久二年(1862年
     フランス船で帰国
     翌年勘定奉行辞任
     元治元年(1864年
     五月
     大坂町奉行に推薦されたが着任せず退隠
     八月
     閑職の
     西ノ丸留守居
     慶応元年(1865年)十二月
     横浜製鉄御用引受取扱
     慶応三年(1867年)
     死去
     ↓↑
     松平 康英(やすひで)
     江戸幕府外国奉行
     神奈川奉行
     大目付
     勘定奉行
     南町奉行
     を歴任した後
     本家の大名家を相続
     奏者番寺社奉行
     老中
     陸奥国
     棚倉藩の第4代藩主
     武蔵国
     川越藩
     松井松平家12代
     川越において
     城下宮下町に
     藩校
     「長善館」・・・largo+good
     開校
     本家相続後に康英と改名
     明治維新後に
     松井 康英
     と改名した
     ↓↑
     旗本5000石
     寄合の
     松平軍次郎康済の長男
     江戸
     木挽町にて誕生
     安政六年(1859年)十二月十五日
     外国奉行
     従五位下
     石見守に叙任
     神奈川奉行兼任
     ↓↑
     万延元年(1860年)九月十五日
     外国奉行罷免
     神奈川奉行専任
     文久元年(1861年)四月十二日
     再び外国奉行兼任
     8月21日
     江戸・大坂・兵庫・新潟の開市の延期と
     ロシアとの千島・樺太国境画定交渉のために
     欧州派遣を命じられ(文久遣欧使節
     十二月二十二日
     交渉使節団副使
     として欧州各国へ向けて出発
     文久二年(1861年)十二月十一日
     帰国
     二十八日
     外国奉行専任
     翌日
     300石を加増
     ↓↑
     棚倉藩主相続と老中就任
     文久三年(1863年)七月二十日
     但馬国
     出石藩
     仙石家のお家騒動(仙石騒動)に連座
     陸奥国
     石川郡内に移されていた知行所5000石のうち2500石を
     播磨国
     佐用郡の旧領の一部と替地され
     知行所として
     陸奥国内2500石
     播磨国内2500石
     を持つ
     八月十四日
     勘定奉行に任命され
     元治元年(1864年)六月二十四日
     大目付
     5日後
     二十九日
     江戸南町奉行
     ↓↑
     慶応2年(1866年)4月12日
     海軍事務取扱兼任
     6月19日
     陸奥
     白河藩へ転封予定が
     前白河藩
     阿部正静の都合で国替が手間取り
     10月27日
     武蔵
     川越藩へ転封
     慶応3年(1867年)5月12日
     会計総裁兼任
     外国・海軍事務取扱は免除
     慶応4年(1868年)2月5日
     老中を罷免
     4月14日
     明治政府より謹慎
     5月13日に謹慎を解かれた
     明治2年(1869年)4月10日
     家督を養子の康載に譲り隠居
     ↓↑
     川崎 道民(かわさき どうみん)
     天保2年(1831年)~明治14年1881年
     佐賀藩
     長崎海軍伝習所に参加
     1860年
     万延元年遣米使節
     1862年
     文久遣欧使節に医師として随行
     ↓↑
     二度の海外経験
     報道・新聞・写真等の技術を学んで
     帰国後
     藩主
     鍋島直大
     を撮影
     明治5年(1872年)
     佐賀で最初の新聞
     『佐賀県新聞』を創刊
     佐賀の「写真技術の元祖」の一人
     ↓↑
     寺島 宗則(てらしま むねのり)
     1832年6月21日(天保3年5月23日)
     ~
     1893年明治26年)6月6日
     爵位は伯爵
     元は松木 弘安(まつき こうあん)
     通称は寺島
     改姓後に陶蔵
     日本の電気通信の父
     第4代外務卿
     ↓↑
     箕作 秋坪(みつくり しゅうへい)
     文政8年12月8日(1826年1月15日)
     ~
     明治19年1886年)12月3日
     蘭学者
     教育者、啓蒙思想
     諱  矩
     通称 文蔵
     号  宜信斎
     ↓↑
     文政8年(1826年)
     備中国岡山県)の
     儒者
     菊池陶愛
     (菊池應輔亮和の
         婿養子
         である医者
         菊池好直正因の養子
         菊池慎の子
     名  文理
     通称 士郎
     の次男
     ↓↑
     美作国津山藩士の
     箕作阮甫
     次いで
     緒方洪庵
     適塾にて蘭学を学び
     弟子
     嘉永3年(1850年
     阮甫の二女・つねと結婚して婿養子
     長男・奎吾(夭折)
     次男・数学者の大麓(秋坪の実家・菊池家の養嗣子)
     三男・動物学者の箕作佳吉
     四男・歴史学者の箕作元八
     ↓↑
     幕府天文方で翻訳に従事
     安政6年(1859年)
     幕府蕃書調所(東京大学
     教授手伝
     文久元年(1861年
     福澤諭吉寺島宗則、福地源一郎
     らと随行しヨーロッパを視察
     慶応2年(1866年)
     樺太国境交渉の使節として
     ロシアへ派遣
     ↓↑
     明治維新
     三叉学舎を開設
     福沢諭吉
     慶應義塾と並び称される洋学塾の双璧
     東郷平八郎
     原敬
     平沼騏一郎
     大槻文彦
     などが学んだ
     専修学校専修大学)の開設において
     法律経済科を設置し
     創立者
     相馬永胤
     らに教授を任せるなどの協力
     明治12年(1879年)
     教育博物館(国立科学博物館)館長
     明治18年(1885年)
     東京図書館帝国図書館及び国立国会図書館の前身)
     館長
     東京師範学校摂理
     ↓↑
     明治6年(1874年)
     森有礼らと
     明六社
     を創立し社長に就任
     明治12年(1879年)
     福澤諭吉西周加藤弘之
     らとともに
     東京学士会院の創設に参画
     創立会員7名の一人
     ↓↑
     古賀侗庵に学んだ漢学の大家
     ↓↑
     妻・つねの死後、その妹で
     箕作省吾の未亡人であった
     しん(ちま、阮甫の三女)と再婚
     しんとの間には
     長女・直子(人類学者の坪井正五郎に嫁ぐ)
     ↓↑
     明治19年1886年
     肺炎のため死去
     ↓↑
     福沢 諭吉(ふくざわ ゆきち)
     旧字体
     福󠄁澤 諭󠄀吉
     天保5年12月12日〈1835年1月10日〉
     ~
     明治34年〈1901年〉2月3日
     啓蒙思想家、教育家
     慶應義塾創設者
     諱 範(はん)
     字 子圍(しい)
     揮毫の落款印 「明治卅弐年後之福翁」
     雅号 三十一谷人(さんじゅういっこくじん)
     ↓↑
     カイロ=回路=Cairo=改羅=海楼
     えじぷと=埃及=Egypt・・・
     カイロ=回路=Cairo=絵芦=繪蘆=解賂=廻呂・・・???
     ↓↑

     ↓↑
     鑰=金+龠
       金+亼+𠱠+冂+卄
       金+人+一+𠱠+冂+丨
       ヤク・・・・・・・・譯・訳
       かぎ
       とじる(閉じる)
       とざす・しめる(閉める・締める・〆る)
       戸締りするためのかぎ・錠前
       かなめ・重要なところ・要点
     扃鑰(ケイヤク)門や戸などの鍵を掛けること・戸締まり
     秘鑰(ヒヤク)秘密の鍵・秘密・謎を解き明かす手がかり
     関鑰(カンヤク)・鍵鑰(ケンヤク)・鎖鑰(サヤク)
     鑰(かぎ)・鑰匙(ヤクシ)
     龠(やく)=龠は竹管の笛
     声符
     龠(ヤク)=竹管の笛・その形が似ているので
          関鑰の意に用いる
     〔説文〕十二上にを正字とし
     「關下の牡(ぼ)なり」という
     経籍に籥に作り、のち鑰を用いる
     横木を通し
     地に直下する木を牝牡にたとえ
     錠前は横にさしこむので鑰匙(やくし)という
     鍵鑰(ケンヤク)は
     ものを啓(ひら)く鍵で
     ことの要訣をいう
     ↓↑
     かぎ=鍵錠
     とざし・錠
     掛け金=かけがね
     ↓↑
     〔新字鏡〕
     鑰=開鑰なり・止佐志(とざし)
     〔和名抄〕
     鑰 楊氏語抄に云ふ、鑰匙、門の加(かどのかぎ)
     〔名義抄〕
     鑰 カドノカギ・鑰匙
     ↓↑
     鑰=籥(龠)
       籥は竹笛、関鑰と形が似ており、字が通用
       鑰匣・鑰鉤・鑰匙・鑰牡
       管鑰・関鑰・九鑰・宮鑰・魚鑰・玉鑰
       金鑰・禁鑰・謹鑰・銀鑰・啓鑰・戸鑰
       庫鑰・鎖鑰・重鑰・投鑰・秘鑰・牡鑰
       門鑰・幽鑰・霊鑰
     龠=穴が三つ、あるいは六つあるふえ・・・𠎤
       亼+𠱠+冊
       口口口(穴が3つ)+冊サク(竹を並べて結んだもの)
       口=コウ=ク=くち=𠮚・𠙵
       品=口+吅
         口+口+口
         囗+囗+囗
       ↓↑
       虽=口+虫=スイ・いえども=雖・𨿽・𧈧
       いえど・も、たとえ~であっても、~ではあるけれども
       トカゲ(蜥蜴)に似た大形の動物
       ↓↑
       㕥=口+人=シン
         唸(うな)る
         口をあまり開けず
         低い声をやや長く発する
         㕥呻=申吟
         喚(わめ)く・大声で叫ぶ
       ↓↑
       𠮢=又+口=ユウ・ウ・みぎ=右
         左と対(ツイ)になる片方 {「左右」の筆順}
         南を向いた時の
         西の方向
         東は「左」
         上にある、高い、上位、上位のもの
         下は「左」
         右手のように力が強い者が
         左手のように力が弱い者に
         手を貸し力を貸して助ける
         「佑・祐」
         逆は「左・佐・𥙀」
         正しい、逆は「左」
         保守的な、守旧的な
         ↓↑
         𠮥=ク+口=ショウ・ジョウ=召(め)す
         ↓↑
         㲋=𠮥+比=チャク=𠕗・𠜌
           姿はウサギ(兎、兔)に似て
           脚はシカ(鹿)のようで
           体は青い
           「㚟=𤟭=𣬋」
         ↓↑
         𠮦=ハ+口=ショウ・ジョウ・めす=召
           手を振って呼び寄せるのは「招」
           招(まね)く・自分の方に向かって引き寄せる
         ↓↑
         㗊=品+口=雷
           シュク・キュウ
           大勢の人の
           「わいわい・がやがや」
           とした話し声
           品部(しなべ・ともべ)
           品部=ほんべ=本部?
          「しなしなのとものを」
          「とものみやつこ」
           の和訓を持つ古代日本の
           人的集団・組織
           部民制後の制度
         ↓↑
         吅=口+口=ケン・コン
           口々に言い合う、言い争う=「訟」
           喧(かまびす)しい、がやがやと騒々(ソウゾウ)しい
           わいわいと煩(うるさ)い=「喧」・喧騒
         ↓↑
         品=口+吅=ヒン・ホン・しな=𠯮
           物(もの)・多くの物・様々な物
           もの(人や物)の本質・価値・程度を判断する
           ものの値打ち・価値・程度・等級
         ↓↑
         𠱠=吅+口=レイ・リョウ
           多くの鳥や人の声
         ↓↑
         𡋐=吅+土=サ・ザ
           すわる・います・まします・ます
           いながら・すずろ・そぞろ
           坐㘴𡋑𡉡𡋲𡊎
           座る
           膝を折り
           尻を踵の上に載せて座る(正座)
           椅子などの上に腰を下ろす
           席に着く
           「坐」=座る動作
           「座」=座席・場所・位置
           向かい合って座る
           同じ席に座っていたことで罪に問われる
           座ったままで成すところがないさま
           何することもなく、ただ何となく
         𡋑=吅+土=サ・ザ・すわる=坐㘴𡋐𡉡𡋲𡊎
         ↓↑
         𡘜=吅+大=コク・なく=哭𡘈𠴃𠸅
           嘆き・悲しみなどで声を張り上げて泣く
           声を出さずに
           細く微かな声で泣くのは「泣」
         ↓↑
         𡜓=吅+女3=音(オン、おと)や声(こえ)などを表す
               音写字
     ↓↑
     品=口+吅
       口+口+口
       囗+囗+囗
       ヒン
       ホン
       しな
       しなもの・いろいろな物・物品
       くらい・等級・位階
       人がら・人格・人の性質
       等級をつける・評価する・良し悪しを判断する
       たぐい・種類・また、物事の種類を数えることば
       きまり・制度・基準・法則
       仏典の章・編などの一まとまりのこと
       ほん・昔の律令制親王に賜った位
         ・品位は一品から四品まで
       品⇔口+吅
         咒・咢・哭・駡
       ↓↑
       騒々しく耳障(みみざわ)りな声
       𠱠ーレイ・リョウ・多くの鳥や人の声
       ↓↑
       龥 龠=ユ=籲𥸤=呼ぶ・呼び掛ける・訴える
        容積の単位
       一龠=一合の二分の一、or 十分の一
       黄鐘の管にクロキビ(秬黍)を入れると
       1200粒で管が満ち
       同じ容量の水を1龠(やく)とし
       龠を1合とし
       10合を1升,10升を1斗,10斗を1斛(こく)
       この五量を一つの器に備えた嘉量が
       後9年
       新の王莽(おうもう)のときに作られた・・・
       「鸙=龠+鳥」・・・ 鸙野=ひばりの
       α+龠
       龠を声符とする漢字
       㒢・瀹・蘥・爚・籥・𧢢・鑰・䠯・䟑・𨷲・龥・鸙
     㒢=イ+龠=人の管と穴
     瀹=氵+龠=㵸=茹(ゆ)でる・煮(に)る・・・氵シ冫ン?
           治水・河川を治める
     蘥=艹+龠=ヤク・そば=蕎麦=𦿈=雀麥・燕麥
     爚=火+龠=ヤク・シャク・光る・輝く・照り輝く
           溶ける・溶かす・散らす
     籥=竹+龠=ヤク・三穴の笛
     𧢢=龠+見=ヨウ=𥌺・𥌉
           きらきらと眩しい・眩しくてよく見えない
     讑=言+龠=ヨウ
     𪛏=龠+音=アン・オン=韽・𩐧
           小さな音や声・微(かす)かな音や声
     龣=龠+彔=カク・ロク・・・彔=录=刻む・刻印・剝
           五音の一=角
           楽器の名
     𪛊=龠+斤=ギン・ゴン
           大きな箎(チ・七孔の竹笛)=䇵
     𪛕=龠+龜=ショウ・ふえ=簫・箫・簘・𪛖
     𪛓=龠+鹿=角(カク)
           五音(ゴイン=宮・商・角・徴・羽)の一=觮
     𪛌=龠+虎=チ・ジ=篪・𥰽・竾・𥬌・筂・䶵・𪛍・𪛔=箎
           七孔の竹製の横笛
       七つの指孔(指で押さえる孔=音孔)
       歌口(うたぐち=息を吹き込む孔=吹き口)
       を合わせ八孔と数える=箎
     鑰=金+龠=ヤク・かぎ・とじる・とざす・しめる
           戸締りする錠前
           かなめ・重要なところ・要点
     䠯=足+龠=ヤク
     䟑=走+龠=ヤク
     𨷲=門+龠=ヤク=𨸎
       閂(かんぬき)
        閉じた門扉が開かないようにするために
        扉の内側に渡す横棒)
        に設けた穴と
        地上部に設けた穴に渡す縦棒
        閂を固定するための縦棒=鑰
        閉じた扉や戸を開けるための道具
        鍵(かぎ)=鑰=籥
     䶳=龠+亢=ヤク=to lookup, to adore, to rely upon
     龡=龠+欠=スイ・ふく(吹く)=𪛑・䶴・𪛐
           口をとがらせて息をはく
           楽器をふいて鳴らす=吹奏
           吹奏楽
           風がふく
     龢=龠+禾=ワ・オ・カ=和=咊=惒
                 和氏之璧
           なごむ・やわらぐ
           なごやか・おだやか
           やわらげる・おだやかにする
           あえる・まぜる・調合する
           仲良くする・争わない
           二つ以上の数を足したもの
           車の軾(しきみ)につける鈴
             軾=前部についている横木
           応える・声で反応する
           声を合わせる・合唱・掛け声
           調子を合わせる・唱和・音頭をとる
     禴=示+龠=ヤク
           古代中国で天子が行った祭礼の名
     ↓↑
     つづく・・・「えじぷと」へ・・・
    ーーーーー
     ・・・???・・・
     (表紙・画像・音楽)」の
      移転先・・・
    https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2016/12
     ↓↑
     ボクの「古事記字源」の発端・・・
    https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2023/1
     ↓↑
     干支歴
    http://meisiki.bake-neko.net/keisanBXG4.html
     ↓↑
     追加添文
     「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
    https://haa98940.wixsite.com/mysite/single-post/2006%E5%B9%B4%EF%BC%91%EF%BC%91%E6%9C%88%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%8E%E9%A0%83%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB
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     メリキリの - YouTube
    https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
     ↓↑
     モモちゃん
    https://www.youtube.com/watch?v=W00rHNN2zMQ&t=3s
     ↓↑
     モウ君の総合目次 (archive.org)
    http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
     ↓↑
     コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
    http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
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     古事記と虎関師錬 (archive.org)
    http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm