ないえごろうブログ

同音異義の探索

黒焦げの巻物を解読・プラトン埋葬場所

 文字霊日記・3472日目

 2024年5月4日8時土曜日・旧暦三月二十六日
 2024年 干支 41 甲辰(乙・癸・戊)年
 5  月 干支 05 戊辰(乙・癸・戊)月
 4  日 干支 05 戊辰(乙・癸・戊)日
 8  時 干支 53 丙辰(乙・癸・戊)時
 ↓↑         ↓↑
 ↓↑       秦=辰韓=斯蘆=新羅
 「斯蘆」の発音は
 日本語では「しろ」
 朝鮮語では「サロ」
 漢字の
 上古音では「シラ」

 日本語
 「新羅」を「しらぎ」と読む
 奈良時代までは「しらき」と清音
 「万葉集新羅奇)」
 「出雲風土記(志羅紀)」
 訓はいずれも清音
 「新羅城」の意味・・・
  ↓↑
 「秦⇔斯蘆=白
      =白鷺
      =鸕(ロ・う=鵜・卯=兎)」
       鸕野讃良・・・だろう・・・
       持統天皇

 「三韓馬韓辰韓弁韓
       「辰韓」・・・辰星・辰年辰月辰日辰時
        龍・・・竜巻・渦巻

 ↓↑

 不思議といえば「フシギ」・・・
 ボクが
 「プラトン古事記をカタル」
https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2016/12
 の「文字」を記録してから数百年後・・・?
 プラトン
 「トラキア」出身の
 奴隷女が奏でた
 「甘美な音色」の
 フルートの演奏に
 「リズム感に乏しい」
 と苦言・・・
 それにしても
  ・・・??・・・
  ↓↑
 ・・・「太安万侶」の墓碑
 1979年(昭和54年)1月23日
 奈良県橿原考古学研究所より
 奈良県奈良市
 此瀬町の茶畑から
 安万侶の墓が発見され
 (北緯34度39分55.0秒東経135度54分25.0秒)
 火葬された骨や真珠が納められた
 木櫃と
 墓誌
 出土したと発表された
 墓誌の銘文は
 2行41字
 左京の
 四条四坊
 に居住したこと
 位階と
 勲等は
 従四位下
 勲五等
 だったこと
 「養老七年七月六日」
  ・・・7+7+6=14+6
         =20=二十
         =廿(ジュウ)=弐拾
 に歿したことなど記載。
 墓誌銘全文引用は以下の通り
  ↓↑
 左亰四條
 四坊
 従四位下勲五等
 太朝臣安萬侶
 以
 癸亥年七月六日
 卒之
 養老七年十二月十五日乙巳
 ・・・コレも、あやしい・・・のでは・・・?

プラトン古事記をカタル」
https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2016/12

 それにしても「5月3日の次の記事」である

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%E9%BB%92%E7%84%A6%E3%81%92%E3%81%AE%E5%B7%BB%E7%89%A9%E3%82%92%E8%A7%A3%E8%AA%AD-%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%B3%E5%9F%8B%E8%91%AC%E5%A0%B4%E6%89%80%E3%81%AE%E8%A9%B3%E7%B4%B0%E5%88%A4%E6%98%8E%E3%81%8B-%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%81%AE%E6%A7%98%E5%AD%90%E3%82%82/ar-AA1o4Pga?ocid=msedgntp&pc=LCTS&cvid=ead66ef5de74464ba62bb0dd406fb1b1&ei=6

 の
 詳細判明か
 最後の夜の様子も
 CNN.co.jp の意見
 (CNN)
 古典古代の巻物の文章を新たに解読した結果、
 ギリシャの哲学者
 プラトンの埋葬場所や
 死の床で奏でられていた音楽に対する
 プラトンの感慨が判明した可能性がある――
 イタリアの研究チームが
 そんな調査結果を明らかにした。

 このいわゆる
 「ヘルクラネウムの巻物」
 は
 紀元79年の
 ベスビオ火山噴火後
 灰に埋もれ黒焦げになったもので
 今も専門家が
 人工知能(AI)
 その他の技術を駆使して調査を続けている

 伊ピサ大学
 文献学・文学・言語学学科の
 ラツィアーノ・ラノッキア教授(パピルス学)
 によると
 新たに判明したのは
 プラトン
 アテネの学園
 「アカデメイア」内に
 設けられた
 詩神の祭壇付近の
 秘密の庭に埋葬されたとみられる点

 これまでは
 学園内に埋葬されたということしか分かっておらず
 具体的な場所は未確定だったという
 ラノッキア氏が
 4月30日
 CNNの取材に明かした

 プラトンの学園は
 紀元前86年
 ローマの将軍
 スラ
 によって破壊された

 巻物の文章は
 プラトンの最後の夜についても
 これまで以上に詳細な情報を提供している
 このとき
 演奏されていた音楽が
 好みに合わなかったようだ

 専門家が先週
 ナポリで行った発表によると
 従来
 「トラキア
 出身の
 奴隷女性が奏でた
 「甘美な音色」は
 プラトンの耳に
 心地よく響いていたと考えられていた。
 しかし
 ラノッキア
 によると
 巻物の文書を調べたところ
 死の床で高熱が出ていたにもかかわらず
 プラトン
 フルートの演奏が
 「リズム感に乏しい」
 と苦言を呈していたことが判明した
 これは
 メソポタミアから来た客人に語った言葉だという

 「プラトンは高熱を出していて
  彼女たちの
  演奏する音楽に悩まされていた」
 (ラノッキア氏)

 新たに解読された文書は
 プラトン
 ソクラテス死後の
 紀元前399年
 あるいは
 スパルタ人による
 アイギナ島征服後の
 紀元前404年
 に
 奴隷として売られた状況について
 さらなる光を当てるものでもある
 これまで
 プラトン
 シチリア島滞在中の
 紀元前387年
 に
 売られ奴隷の身になったと考えられていた

 この文書を含む
 炭化した巻物およそ
 1800本は
 ユリウス・カエサル
 の義父のものだったとみられる建物で
 18世紀に見つかった
 カエサルの義父は
 「ポンペイ」・・・1972年8月にボクは訪問した
 から
 約20キロの距離にあった海辺の町
 ヘルクラネウムに住んでいた

 専門家らは
 AIに
 光干渉断層計
 赤外線
 ハイパースペクトル画像技術
 を駆使して
 損壊したパピルスに隠された文章を
 読み解こうと試みている

 ラノッキア
 によると
 今回の発見は
 文書全体の
 約3割を占める
 1000単語あまりの
 文章から得られたもの
 過去1年にわたり
 繰り返し解読が試みられてきたという
 ラノッキア氏は
 先月(4月?)23日
 ナポリ大学で調査結果を発表した

 今回の発見は
 欧州研究会議(ERC)から
 2021年に授与された
 250万ユーロ(約4億1500万円)
 規模の助成金で可能になった

 「ギリシャ学派プロジェクト」
 と呼ばれるこのプロジェクトは
 5年間の研究プログラムで
 様々な技術や手法を
 もろいパピルスの解読に役立てようとするもの

 ギリシャ学派
 プロジェクトで
 パピルス関係の
 編集者を務める
 キリアン・フライシャー氏
 はナポリでの発表で
 「文書の増加は
  おおむね
  中サイズの
  パピルスの断片が
  新たに10点見つかったことに
  対応している」
 と説明
 「プラトンの学園や
  ヘレニズム文学
  ガダラの
  ピロデモス
  古典古代史一般に関する
  具体的な新事実に
  依拠して
  新たな読解が行われるケースが多い」
 と指摘した
 ・・・???