ないえごろうブログ

同音異義の探索

西蔵(サイゾウ)⇔霧隠 才蔵⇔石川 五右衛門・・・の変身は「いりかすみ」?

文字霊日記・3496日目

 6月18日・火曜日

 前回からのツヅキ・・・
 ゴウのカンジ・・・合(業)の漢字?
 鄕=乡+白+匕+阝=鄉・鄊・乡

 无謝志国造=『古事記』の表記
 むさし
 武 蔵国造=令制国の「武蔵国」の名称表記
      『日本書紀』で使用
 ・・・ナゼ
  「蔵(くら)」が
    「さし」になったのか?
 蔵=艹+戊+臣
   艹+丿+戈+臣
 藏=艹+臧
   艹+戕+臣
   艹+爿+戈+臣
   ゾウ・ソウ
   くら
   おさめる・かくす
   しまう・たくわえる
   かくれる・身をかくす・ひそむ
   物を収めておくところ
   たくわえ・しまってある物
   仏教や道教の経典。
  「西蔵チベット)」の略
   ・・・西蔵(サイゾウ)
      霧隠 才蔵
      石川 五右衛門の変身?
      ↓↑ 
      淵 蓋蘇文(えん がいそぶん)
      ?~666年(宝蔵王二十五年)
      高句麗末期の
      大莫離支(テマクリジ・宰相)
      泉蓋蘇文=泉蓋金
     『日本書紀』では
     「伊梨柯須彌
     (伊梨柯須弥
      いりかすみ)=蓋金
      イリ=水源
      643年(宝蔵王二年)
      唐へ使臣を派遣
      道教の道士八名
     『道徳経』を高句麗に招来
      末裔は日本に亡命?
 ↓↑
 無邪志国造=「無=无」
 牟邪志国造=『先代旧事本紀
 天之菩卑能命の子
 建比良鳥 命が
 无邪志国造などの祖
 ↓↑
 「無」=𠂉+卌+一+―+灬
     人が飾りを持って舞う形象
     「まう=舞」を表す字
     仮借して「ない」の
     漢語「無」に用いる・・・

     呉音 : ム
     漢音 : ブ
     宋音 : ブ
     唐音 : モ
     訓読 : な-い
 無の
 異体字
 无(簡体字
 𠂉+ㄣ+ー(朝鮮国字)
 㷻・幠・橆・𠘩(古字)
 𡙻・𣑨・𣚨・𣞣・𣞤・𣟒・𣠮(俗字)
 𤀢(俗字)=法+空
 𤍍(俗字)=亠+廿+廿+灬
 𬻜(俗字)=二+卌+一+―+―
 𬻝(俗字)=𠂉+卌+一+―
 𭴾(俗字)=⺈+卌+―+灬
 𭴿(俗字)=𠂉+卌+一+―+火
 ↓↑
 出雲国造
 上菟上国造・下菟上国造
 伊自牟国造・遠江国
 などと同系(古事記
 天穂日命
 武蔵国造などの遠祖(日本書紀
 ↓↑
 『高橋氏文
 磐鹿六獦命に従って
 景行天皇(第十二代天皇
 に料理を献上した
 大多毛比は
 「無邪国造」の上祖
 「無邪国造」
 ↓↑
 『先代旧事本紀
 「国造本紀(下記)」に
 「无邪志国造」とあり
  「邪」のあとに「志」を補って
 「無邪志国造」
 が本来の表記・・・
 ↓↑
 成務天皇(第十三代天皇
 出雲氏
 (姓は臣・出雲国造の氏族の祖
  名は二井之宇迦諸忍之神狭命の
  十世孫の
  兄多毛比命が
  初代
  无邪志国造
  度会延佳本表記では
 「兄多毛比命」
  神宮文庫本では
 「兄多比命」
 と表記
 ↓↑
 神社
 牟佐坐神社 (奈良県橿原市見瀬町)
 无邪志国造
 (むざしのくにのみやつこ・むざしこくぞう)
 武蔵国東部となる地域(无邪志国)を
 支配した国造
 ↓↑
 『先代旧事本紀
 「国造本紀」
 无邪志国造条の次に
 胸刺 国造条がある・・・?
 ↓↑
 氏族
 无邪志氏(むさしうじ・姓は直)
 出雲臣と同系
     同族に
 相武国造
 上海上国造
 下海上国造
 新治 国造
 『日本後紀弘仁二年九月条』
 出羽国人の
 无邪志 直膳
 大伴部 廣勝
 の記録
 ↓↑
 丈部氏(はせつかべうじ)
続日本紀
 无邪志国造の末裔
 丈部 直 不破麻呂
 の名
 ↓↑
 武蔵氏
 奈良時代の官人
 「藤原仲麻呂の乱
 の功績により
 武蔵国造に任じられた
 丈部直 不破麻呂
 がその時に賜った氏
 ↓↑
 一族
 笠原氏(姓は直)
 笠原使主
 ↓↑
 物部氏(姓は直)
 推古天皇の時代
 舎人
 国造
 物部 兄麻呂
 が
 物部直を賜姓
 ↓↑
 大伴氏(姓は直)
 武蔵国
 多摩郡の郡領家に
 大伴氏
 『姓氏家系大辞典. 第1巻』
 多摩郡郡領家
 大伴氏について
 「足立郡なる大伴直家の分流にして
  多摩の屯倉を掌どりし氏ならんか」
 ↓↑
 同名の氏族
 ヤマト王権の有力豪族
 物部氏と共に
 朝廷の軍事を管掌していた
 大伴氏(姓は連・のち宿禰)がいる
  ↓↑
  檜   隈舎人氏
 (桧(檜)前舎人氏・姓は直)
 ↓↑
 鳥取部氏(姓は直)
 刑 部氏(姓は直)
 ↓↑
 武蔵国
 足立郡
 武蔵氏
 大伴氏
 の本拠地
 東京都の足立区
 埼玉県の東南部
 足立郡郡衙
 大久保領家遺跡
 氷川神社東遺跡にあった・・・
 ↓↑
 武蔵 武芝
 足立郡の郡司だった
 ↓↑
 武蔵国
 埼玉郡
 笠原郷
 笠原氏の本拠
 埼玉県
 鴻巣市
 笠原を中心とした地域
 ↓↑
 武蔵国造の本拠地の近くに
 埼玉古墳群・・・
 ↓↑
 武蔵国
 入間郡
 物部氏の本拠
 埼玉県
 入間市川越市狭山市
 所沢市富士見市ふじみ野市
 など
 ↓↑
 无邪志国造の支配領域
 无邪志国
 无邪志国は令制国武蔵国
 秩父
 (知々夫国造の支配する国)
 を除いた範囲・・・
 埼玉県と東京都の境界周辺
 荒川流域の
 北足立郡入間郡・旧大宮市
 ↓↑
 无邪志国
 知々夫国造の支配の
 知々夫国と合わさって
 七世紀
 令制国武蔵国となった
 武蔵国
 東山道に所属していたが
 771年
 東海道に移管
 ↓↑
 大國魂神社
 (おおくにたまじんじゃ
  北緯35度40分02 東経139度28分44)
 東京都府中市(旧多摩郡)にある神社
 武蔵国総社
 祭神は
 大国主命と同神とされる
 大國魂大神
 景行天皇四十一年(111年)五月五日
 大神の託宣に依って造られた
 出雲氏(姓は臣・出雲国造の氏族)
 の祖神
 天穂日命
 の後裔が
 武蔵国造に任ぜられ
 社の奉仕を行ってから
 代々の国造が奉仕して祭務を行った
 ↓↑
 摂社に
 坪宮(つぼのみや・府中市本町2-12)
 坪宮の祭神
 初代
 无邪志国造
 兄多毛比命
 出雲臣
 天穂日命の後で
 初代
 武蔵国
 兄多気比命と同人・・・?
 以来代々の国造が当社に奉仕
 大國魂神社
 例大祭(くらやみ祭)中
 五月五日
 御旅所へ神輿が渡御
 奉幣を献ずる式は
 「国造代奉幣式」
 ↓↑
 関連神社
 氷川神社(ひかわじんじゃ)
 祭神
 須佐之男命・稲田姫命大己貴命
 社記
 孝昭天皇三年(紀元前473年?)4月未創立
 景行天皇(第十二代天皇)の時代
 日本武尊
 は当神社に参拝
 東夷鎮定の祈願と伝承
 成務天皇(第十三代天皇)時代
 兄多毛比命
 は出雲族をひきつれてこの地に移住
 祖神を祀って奉崇
 この一帯は出雲族が開拓した地
 武蔵国造は
 出雲国造
 同族・・・新羅系渡来人・・・?
 社名「氷川」も
 出雲の
 「簸川(ひかわ・斐伊川(ひいかわ)」
 に由来・・・
 ↓↑
 物部天神社
 埼玉県所沢市(旧入間郡)の
 北野天神社(きたのてんじんしゃ)
 を構成する三社のうちの一社
 祭神は物部氏の祖神
 饒速日命
 ↓↑
 芝丸山古墳(しばまるやまこふん)
 東京都港区(旧荏原郡のち豊島郡)の
 前方後円墳
 都内では最大級
 5世紀に築造
 初代
 无邪志国造
 兄多毛比命
 の墓・・・説
 ↓↑
 荏原台古墳群(えばらだいこふんぐん)
 東京都世田谷区~大田区に広がる古墳群
 古墳時代前期~後期にかけて築造
 国造本宗の本拠地は
 多摩川下流
 亀甲山古墳を初めとする
 同古墳群が国造の墳墓・・・説
 ↓↑
 埼玉古墳群(さきたまこふんぐん)
 埼玉県行田市(旧埼玉郡)の古墳群
 9基の大型古墳
 5世紀末~7世紀に成立・・・
 関東有数の大型古墳群
 武蔵国造の墓とする説と
 知々夫国造の墓とする説
  ↓↑
  兄多毛比 命
 (えたけひのみこと)
 景行朝
 成務朝の
 初代
 无邪志国造
  ↓↑
  笠 原   使主
 (かさはら の おみ、おぬし)
 安閑朝に同族の
 小杵と
 国造の地位の相続を争い(武蔵国造の乱)
 朝廷より国造に定められて勝利
  ↓↑
  物  部  兄麻呂
 (もののべ の えまろ)
 推古朝の舎人、国造
 氷川神社社家の祖
 聖徳太子の舎人
 兄麻呂が比企の地を本拠地とし
 寺谷廃寺を創建・・・説
 ↓↑
 武蔵 不破麻呂
 奈良時代の官人
 もとは
 丈部氏だったが
 「藤原仲麻呂の乱
 の功績で国造に任じられ
 武蔵宿禰
 を賜った
 ↓↑
 武蔵 弟総
 奈良時代の官人
 延暦十四年(795年)十二月
 武蔵国
 足立郡
 大領外従五位下で国造に任じられた
 ↓↑
 子孫
 小杵(おき・おぎ)
 安閑天皇元年(534年?)閏十二月
 古墳時代の豪族
 笠原使主の同族
 安閑天皇(第二十七代天皇)時代
 使主と
 武蔵国造の地位の相続を争い
 (武蔵国造の乱)
 小杵は密かに
 上毛野 小熊
 に助けを求め
 使主を謀殺しようとしたが
 朝廷は使主を国造に定め
 小杵を誅した
  ↓↑
  鳥取 部  直   六手縄
 (ととりべ の あたい むてなわ)
 多摩郡の人
 日野市落川遺跡出土の
 紡錘車線
 に
 名前と
 和銅七年十一月二日
 の年紀が刻印
 ↓↑
  大 伴   赤麻呂
 (おおとも の あかまろ)
 ?~天平勝宝元年(749年・750年?)
 『日本霊異記』に登場
 奈良時代の官人(多摩郡大領・郡司の長官)
 赤麻呂の死の翌年に
 黒斑の子牛が生まれ
 その背の黒斑は
 文章のようになっており
 その斑文を読み解くと
 ↓↑
 赤麻呂者
 擅於己所造寺
 而 隨恣心借用寺物
 未報納之
 死亡焉
 爲償此物故
 受牛身者也
  ↓↑
  大 伴   直   牛麻呂
 (おおとも の あたい うしまろ)
 武蔵国
 加美郡
 武川郷の戸主
 戸口には
 「大伴直荒当」の名前も
 正倉院庸布墨書銘に
 「天平勝宝五年十一月
  武蔵国加美郡武川郷
  戸主
  大伴直牛麻呂
  戸口
  大伴直荒当
  が庸布を貢納す」
 とある・・・
  ↓↑
  大 伴   直   宮足
 (おおとも の あたい みやたり)
  ↓↑
  大 伴 部  直   赤男
 (おおともべ の あたい あかお)
 神護景雲三年(769年)
 西大寺
 布1500段、稲74000束、墾田40町、林60町
 を献納
  ↓↑
  刑  部  直   国当
 (おさかべ の あたい くにまさ)
 橘樹郡橘郷の人
 天平勝宝八歳(755年)
 調庸布墨書に名前が記録
  ↓↑
  若田 部  直   金行
 (わたかべ の あたい かねゆき)
 豊島郡
 荒墓郷の人
 武蔵国分寺瓦に名前が刻印
  ↓↑
  入 間   広成・・・入間⇔人間?
 (いるま の ひろなり)
 奈良時代平安時代の官人
 『続日本紀』に
 神護景雲二年七月十一日条に名前
 入間郡の人物
 物部直姓から
 入間宿禰姓に改姓
 授刀舎人
 物部兄麻呂に始まる氏族
  ↓↑
  大 真   山継
 (おおま の やまつぐ=丈部直 山継?)
 『日本霊異記』に
 多摩郡小河(小川)郷(あきる野市)の人
 天平宝字八年(764年)
 「藤原仲麻呂の乱」で
 藤原仲麻呂に与したため
 乱後に処刑されそうになったものの
 観音仏の力によって
 信濃国への流刑に減刑
 最終的に罪を許されて
 武蔵国に帰国
 多摩郡
 少領になった
 「大真(おほま)」
 という氏は存在しない上
 多摩郡司(少領)となってるので
 「大真」とは
 「丈直(丈部直)」
 の誤写で
 武蔵国造の末裔
 「丈部直不破麻呂」
 の同族・・・説
  ↓↑
  檜 前 舎人   直   由加麻呂
 (ひのくまとねり の あたい ゆかまろ)
    前=くま?・・・まえ・さき・ゼン
      隈・球磨・久万・・・句眞?
 加美郡の人
 散位正七位上勳七等
 承和七年(840年)十二月
 由加麻呂
 ら男女10人が
 土師氏と同祖関係として
 京六条に貫付
  ↓↑
  刑  部  直   道継
 (おさかべ の あたい みちつぐ)
 『続日本後紀』承和十三年五月壬寅条
 多摩郡
 狛江郷
 の戸主
  ↓↑
  武 蔵  武 芝
 (むさし の たけしば)
 天慶二年(939年)以降消息不明
 平安時代中期の豪族・官人
 足立郡の郡司
 武蔵国衙の判官代(在庁官人の職名)
 を兼ねていた
 武蔵国司(権守)
 興世王と同介
 源経基の収奪に抵抗し
 平将門に調停を依頼
 ↓↑
 紀元前4千年頃
 ウル人は
 神=アン・・・?
   アム=編む・辮・殆務・亜夢?
      あみ=網・罔・罝・罒・罭
      あ+「ま・み・む・め・も」
 と言っていた
 シュメール人
 それを借用して
 神=アン
 と言っていた
 ↓↑
 古代エジプト
 kham ・na・(r)an
 (カム・ナ・アン)
 エジプト人
 神=カブ・ナ・アン
 ↓↑
 ルソン島山岳州語
 khab ・ni・an
 (カブ・ニ・アン)
 ↓↑
 印度セイロン島語
 神=カミ
 ↓↑
 アイヌ語
 神=カムイ
 ↓↑
 種子島古語
 神=ga・ran
  (ガーラン)

 「種子島
 に
 蛇をトーテムとする民族がいた
 蛇を信仰する民族を
 「タンナーガ」族と云った
 ↓↑
 タンナーガ → タンネ → タネ
 ↓↑
 タネガ島と呼ばれるようになった
 元々の漢字表記は
 ↓↑
 多禰(タネ) or 多褹(タネ)
 ↓↑
 で「種子(タネ)」とし
  「種子島」となった・・・
 「多禰=多褹=種子」
 嶋の
 「たね」は「ヘビ=蛇・它・巳」・・・?
 ・・・褈=衤(衣)+重・・・類似で類字だが?
      𧝎
      ショウ
      褈褣(ショウヨウ)
      膝よりも下(或いは足元)まである
      丈の長い単衣(ひとえ)の服
      日本の着物のような衣服
      深衣、裾袍=襜褕(センユ)
 漢字の
 多禰=多(夕+夕)+禰(示+爾)
 多褹=多(夕+夕)+褹(衤+坴+丸)
  褹=衤+坴+丸
    ゲイ・ゲ
    衣服の袖(そで)・袂(たもと)
   =襼
    上着(最も外側に着る服)の下に着る
    上衣(うわぎ・上半身に着る服)
   「方言:第四
    複𧝄江湘之間謂之
    𧞫(音豎)
    或謂之
    筩褹(今筩袖之𧝄也 褹即袂字耳)」
           袂=たもとのアザみみ?
    𧜼=坴+丸+衣
      䙝=褺=𧝚
      チョウ・ジョウ
      肌着、下着
      それを重ね着する

 種子=種(禾+重)+子(了+一)
    種=会意 兼 形声文字
      禾(のぎ)+重(かさなる・おもい)
      稲     入れ墨の針
            人の目・重い袋
      目の上に入れ墨をされた奴隷が
      重い袋を持つ
      稲の穂の重い部分=垂れ穂・垂乳根
    重=千+里
      千+田+土
       ノ+十+日+二
       ノ+十+囗+一+二
    重い=おもい=思い=想い
       主 意=かさねる
       王が丶(チュウ・ともす=燈・灯・燭)
       炎(ほのお=焰・焱)
       軽いものを積み重ねてオモクするコト
 襧=衤+爾
   衤+一+八+冂+丨+㸚
   衤+一+八+冂+丨+爻
   衤+一+八+冂+丨+㐅+乂
   衤+一+八+冂+丨+㐅+丿
   チ
 ↓↑
 種子島
 茎永部落
 宝満神社
 祭神は 
 「玉 依 姫   命
 (タマヨリヒメのミコト)」
 ↓↑
 「タ=人間」という意味・・・
 「ナーガ」 or 「ナーカ」
 は古代インド語で
 「蛇・竜蛇」
 蛇や竜を
 トーテムとする
 印度ナーガ族の部族名
 ↓↑
 古代印度語は
 元は
 ウル人・シュメール人
 ウル・シュメール語
 で
 シュメール人
 蛇をトーテムにしていた・・・
 で
 「タ・ナカ」
 とは印度系シュメール人という意味・・・
 「手=シュメール語で (シュ)
    アッシリア語は (タ)
    古代エジプト語は(ド)
 ↓↑
 日本語の「タ=手=て」・・・
 手長 比売(タナカヒメ)
 天手長比売(アメタナカヒメ)
 天手長男神社(アメタナカオ)
 ↓↑
 「ナカ・ナーガ」
 那賀・名賀・中・仲
 という漢字をあてている
 長(なが・おさ)・永(とわ)
 という漢字もあててい
 ↓↑
 長崎の「おくんち」祭り=竜蛇の舞
 ナーガ(竜蛇)を
 トーテムとする
 シュメール人が住む町という意味・・・から
 長崎という地名になった
 ・・・「長崎」という地名の由来
 ↓↑
 シュメール人
 古代エジプト
 「azi=アジ=煙」と読んでいた・・・?
 ↓↑
 種子島(たねがしま)
 九州
 鹿児島県
 に属し
 大隅諸島を構成する島の一
 鹿児島県にある
 有人離島の中で最も東に位置
 人口(29,282人)
 奄美大島に次いで多く
 面積(444.30km2)は
 日本では10番目
 県内では
 奄美大島
 屋久島に次いで
 3番目に大きい
 最高地点の標高は
 回峯(まわりのみね)の282.4 m
 中心都市は
 西之表

 中種子町市街地
 種子島でもっとも古い遺跡
 南種子町
 横峯遺跡
 中種子町
 立切遺跡・大津保畑遺跡
 約3万5千年前(較正年代)の遺跡
 旧石器時代
 人類が生活をした数少ない離島の一
 種子島では
 細石器文化も確認
 南種子町
 銭亀遺跡
 細石器文化が確認された
 日本列島最南端の遺跡

 縄文時代
 九州島南部の
 縄文文化とほぼ
 同一の土器様式が確認
 弥生時代後期~7世紀にかけての
 種子島
 独自の
 貝文化が展開
 種子島独自の貝文化を代表する遺跡
 南種子町
 広田遺跡
 貝製品を中心とする
 広田遺跡の出土品
 国の重要文化財

 8世紀
 律令国家の支配下
 記録は、『日本書紀
 大宝二年(702年)
 令制国として隣の
 屋久島も含めて
 多禰国(たねのくに)設置
 島
 北部に
 能満郡
 南部に
 熊毛郡
 設置
 国司が任じられ
 「多禰」国司
 として二島を支配

 平安時代前期
 天長元年(824年)廃止
 能満郡は
 熊毛郡に統合され
 大隅国編入
 鎌倉時代
 見和氏
 肥後氏
 が支配
 室町時代以降
 肥後氏の支族
 種子島
 がこの地を治めた
 南蛮からの鉄砲伝来
 火縄銃の製作
 国産の火縄銃は
 「種子島
 と呼ばれ
 琉球王国との交易も行われ
 元禄十一年(1698年)
 領内の農民の救済作として
 領主
 「種子島久基」
 が琉球国王
 「尚貞」より
 甘藷一篭を譲り受け
 家老
 「西村時乗」
 に命じ領民に栽培させ
 これが九州、本州にさらに伝わった
 「佐藤信淵
 は薩摩藩重臣にあてた
 『薩摩経緯記』の中で
 種子島の島民気質を
 喜界島
 屋久
 の住民と同様に
 「豊かになろうと心がける気持ちが弱く
  産業に励む者は希」
 と評価・・・
 前回の「山幸彦」・・・
  ↓↑
 「山幸彦」を操った
 「カイジン=海神」の戦略・・・?
  ↓↑
 「彦火火出見尊=山幸彦」
        ・・・彦=ゲン
            =彥(ひこ・びこ)
            狗古智卑狗 
     (クコチヒコ・クコチヒク)
         卑狗=ヒコ=彦・日高・日子
               火の子=新井白石
         肥後・庇護・比語・火護 
 音叉・音響・音源・音波・・・諺=言+彥
               㘖=口+彥+頁
               顏=彥+頁
               喭=口+彥
               偐=イ+彥
               嵃=山+彥
 「音」は耳で聴くモノ
 「文」は眼で視るモノ
 「義」は頭で考えるモノ
 彥=文+厂+彡
   亠+乂+厂+彡
      乂=㐅(古字)=五
              五=丅+ユ
              伍(大字)
              𫝀(俗字)
              㠪(古文)
              𠄡(古文)
 ↓↑
 顚=顛
   テン・いただき・たおれる・くつがえる
   てっぺん=山顚
   はじめ・はじまり=顚末
   たおれる・ころぶ・くつがえる=顚倒・顚覆
   物の先端・顛末・山顛
   逆さになる・ひっくり返る
   顛倒・顛沛 (テンパイ) ・顛覆=動顛
  「転」を代用字とすることがある
 ↓↑
 白野夏雲(しらの かうん)
 文政10年閏6月26日
 (1827年8月18日)
  ~
 明治33年
 (1900年9月8日)
 物産研究家
 アイヌ語研究家
 本名 今泉 耕作(いまいずみ こうさく)
 ↓↑
 甲斐国
 都留郡
 白野村(山梨県大月市笹子町)出身
 代官の手代の家に生まれた
 岩瀬忠震
 徽典館の学頭をしていたとき
 学僕となった
 江戸に出て
 幕府・歩兵の
 輜重隊の頭と軍事顧問
 小川町に駐屯
 1864年
 「天狗党の乱」で
 日光の警備で任地に赴く
 1868年
 彰義隊が上野
 彼は浅草の蔵を守ったが
 官軍が徳川の残党を追求
 隊を率いて
 新宿口から甲州へと逃亡
 1873年
 2月
 開拓九等出仕に任命
 3月
 広尾郡詰を命じられ
 8月
 開拓権大主典
 北海道に1年半いて
 物産地質の調査
 アイヌ語の研究
 東京に戻り
 1875年
 地理寮十一等出仕に任命されて
 土石調査
 1877年
 内務六等属に転じ
 地理局に勤務
 内国勧業博覧会
 委員と審査官
 1879年
 鹿児島県知事の
 渡辺千秋
 に抜擢され
 勧業課勧業掛に転任
 授産場・橋の建設
 田代安定と親交
 1890年
 鹿児島県庁を退職
 東京に移る
 息子が1893年死亡
 日光の
 祠官として生計
 ↓↑
 アイヌ語研究
 「古代地名考」(学芸志林7巻)
 「上代地名考」(東京地理学協会報告
         明治13年第8巻)
 「古代地名考」(学芸志林8巻)
 ↓↑
 白野は
 大和民族の祖先が天津神
 アイヌ の祖先は国津神であると考えた
 国の元々の地名は
 アイヌがつけたのが多いので
 特に北海道の地名を解釈するには
 アイヌ語を用いるのが正しいと主張
 1880年明治13年
 明治中期
 北海道開拓使
 北海道庁で働いたのち
 札幌神社(北海道神宮)の宮司
 札幌神社に併設の
 皇典講究所
 北海道文所の監督官も務めた
 ・・・
 ↓↑
 禿(かぶろ・かむろ)
 頭に髪がない「ハゲ」
 ↓↑
 肩までで切りそろえた児童=子供の髪型
 その髪型の子供
 ↓↑
 「禿=禿童(かぶろ・かむろ)」
 江戸時代
 遊廓に住む
 「オカッパ頭」の「童女=遊女見習い」
 江戸中期頃まで
 「おかっぱ頭」
 江戸後期以降
 「吉原」等では
 「禿(かむろ)島田」
 という髪飾りを沢山付けた
 「高島田」になった
 「嶋原」も戦前までは日本髪を結っていた
  ↓↑
 「引込禿」
 遊女の世話を離れて
 楼主から
 茶道、華道、香道、歌道
 などの英才教育をうけた
 「童女=遊女見習い」
 ↓↑
 チビ・ちび=禿び・・・小さいモノ
 ↓↑
 1900年=明治三十三年
 義和団事件義和団事変・北清事変
 庚子事変(コウシジヘン)
 北京籠城の指揮者
 「柴 五郎(陸軍中佐)」
 北京に間者の情報網組織化
 1901年の夏
 英国首相ソールズベリー侯爵と会見
 7月15日
 日本公使館に
 「林 董(はやし ただす)」
     ・・・林 董
     1850年4月11日
     ~
     1913年(大正2年)7月10日
     幕末の幕臣
     明治時代の
     日本の外交官、政治家・伯爵
     蘭方医
     佐藤泰然の五男
     初代陸軍軍医総監の
     松本良順は実兄
     幼名 信五郎
     実名 董三郎(とうさぶろう)
     変名 佐藤 東三郎(とうさぶろう)
     1900年
     駐英公使となり
    「柴 五郎」同席で
     日英同盟の構想を
     述べ
    「日英同盟締結」の強力な推進者
     1902年1月30日
     ロンドンで「第一次日英同盟」調印
     小村 壽太郞・・・祖母の名が「熊」
     小村は骨細で小柄だった・・・チビ
 ↓↑  ↓↑
     副島 種臣(そえじま たねおみ)
     文政十一年九月九日
     1828年10月17日
     ~
     明治三十八年
     1905年1月31日
     侍講兼侍講局総裁
     参与兼制度事務局判事
     参議兼大学御用掛
     内務大臣(第4代)
     枢密院副議長(第2代)
     外務卿(第3代)
     外務事務総裁
     清国特命全権大使
     宮中顧問官
     興亜会会長
     東邦協会会頭
     愛国公党発起人
     位階勲等 正二位勲 一等伯
     初名 二郎(じろう)
        龍種(たつたね)
     通称 次郎(じろう)
     号  蒼海(ソウカイ)
        一々学人(いちいちがくじん)
     1905年
     脳溢血で死去
     高伝寺境内の墓
    「伯爵 副島 種臣 先生墓」
     人は白釈 副える揣摩の 種子のアソン?
 ↓↑  ↓↑
    李 鴻章(リ コウショウ
        リー・ホンチャン)
    道光三年一月五日
    1823年2月15日
    ~
    光緒二十七年九月二十七日
    1901年11月7日
    字 少荃(ショウセン)
    諡 文忠
    安徽省
    廬州府
    合肥
    磨店郷
    出身
   「李文安」の次男
    科挙に合格し進士
    師の
   「曽国藩」
    が江西省へ転勤し
   「李 鴻章」も
    湖南省移動し湘軍を創設
    咸豊三年(1853年)
    友人の
   「呂賢基」
    と共に故郷の
    安徽省へ戻り
    安徽巡撫代理
   「周天爵」の幕僚となり
    合肥を本拠地として
    団練を率いて
   「太平天国軍」との戦う
    同治二年(1863年
    ~
    同治三年(1864年
    降伏した敵軍を吸収しつつ
    西洋式軍事訓練も施し
    蘇州・常州を奪回し
    江蘇省を回復
    洋務運動を推進
    外交を担い、清朝の建て直しに尽力
 ↓↑  ↓↑
    光緒二十年(明治二十七年・1894年)
    日清戦争
    光緒二十一年(明治二十八年・1895年3月)
    4月17日
    日清講和条約下関条約)の調印
   「下関条約」の
    清國
    欽差大臣(全権大使)
 ↓↑  ↓↑ 
    1901年9月7日
    光緖二十七年
    辛丑条約
    北京議定書
    義和団の乱における
    八カ国連合軍と
    清・義和団との
    戦闘事後処理に関する最終議定書
 ↓↑  ↓↑
    死後
    直隷総督・北洋大臣は
   「袁世凱」が引き継いだ
   「袁世凱(エン セイガイ
       ユエン・シーカイ)
    1859年9月16日(咸豊九年八月二十日)
    ~
    1916年6月6日(56歳死没)・五拾六
    ・・・191666=壹拾イチ
    河南省
    陳州府
    項城県
    初代中華民国大総統
    北洋軍閥総帥
    大清帝国第2代内閣総理大臣
    清朝崩壊後
    第2代中華民国臨時大総統
    初代中華民国大総統
    首相は
    熊希齢・・・熊(くま・熊本)
    孫宝琦・・・孫(まご・天孫
    徐世昌・・・徐(おもむろ・徐々)
    段祺瑞・・・段(ダン・石段)
    中華帝国
    洪憲帝と自称
    字 慰亭(イテイ)
    号 容庵(ヨウアン)
 ↓↑  ↓↑
    1894年
    朝鮮 
   「甲午農民戦争東学党の乱)」
    光緒二十年(明治二十七年・1894年)
    日清戦争
 ↓↑

囜(かしこい・ジン ・ヂン・ニン)=ム+囗・・・カンジる・・・

 文字霊日記・3495日目


 昨日(6/15・土)は
 「種子島」の
 「種(たね・シュ)」についてのカンジを
 カンジる心算(つもり)だったが・・・
 またもや、コンピュータ(NEC)の起動動作が
 重く遅くなりのイジワルで・・・
 朝から「再起動、再回復」のリセット・・・
 その間、古いPC「DELL」で書き込もうとしたが
 こちらも調子が悪い・・・使い物にならん・・・
 ながらTVで
 洋画(『リンカーン弁護士』)を観ながら
 気分も悪くなって・・・
 アレコレイジっていたが午後の5時過ぎに
 ダウンロードが終わってなんとか使えるようになって・・・
 今現在、バカヤロゥって心中、自分を罵りながら・・・
 「タネがシマ」・・・

ー↓↑ーー
 「HOME雑学雑学(27)
  言葉・地名の語源(その8)
  種子島について」
  ↓↑
 「種子島について」
  ↓↑
「2023年7月24日 最終更新日時 :2023年5月30日」
「zaigamonn」さんの記事を拝見し
 ボクも
 日本語の
 「種子島
 の名前由来について興味があったので
 お断りもなく
 その「説」の「文言」を
 引用して
 参考参照させて頂きましたが・・・
 ↓↑
 で
 「川崎真治」さんの
    ・・・漫画家?じゃない・・・
    ・・・北海道コンサドーレ札幌
       サッカー(soccer・蹴球)
    ・・・小野「伸二」さんじゃない
       記憶にあるのだが・・・
       漫画の登場人物・・・?
       『巨人の星
       作:「梶原 一騎」氏
       画:「川崎のぼる」氏・・・?
  イヤッ、サッカー(soccer・蹴球)の
      「岡崎慎司」さんだった・・・
  ↓↑
 「古代稲作地名の起源
 から
 引用させて頂きます」
 とあった・・・
 「説の原点」は
 出典
 :フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
 「川崎 真治(かわさき しんじ)」さん・・・の説
 ↓↑
 1921年~2007年
 日本の言語学者、考古学者
 在野の研究者
 世界各国の
 古代言語や
 古代文字(ペトログリフ)と
 日本語との関係を
 極めて大胆な発想で結びつける説を
 多数提唱している
 古くから著作が多く
 知名度は抜群に高いが
 提唱された説が
 学会で発表されたり
 他の考古学者等から
 支持を得たりすることは少ない・・・
 ↓↑
 紀元前4千年頃
 ウル人は
 神=アン・・・
   アム=編む・辮・殆務・亜夢・阿鵡・阿ム?
    ム=私=よこしま・横島・邪=蛇=它・横嶌
     囜(かしこい・ジン ・ヂン・ニン)
      =ム+囗
       ム=ヨコシマの(な)
         𡈁=白+王+囗=くに
          =國・圀・六合・邦・州・邑
           鄕=乡+白+匕+阝=ゴウ・キョウ・さと
          =鄉=乡+郎(艮+阝)
          =鄊=乡+耳+阝
           郷=乡+艮+阝
           久邇・久爾・匡
        くに=九二
        ・・・9x2=18
           =十八(おはこ=十八番・御函)
        ↓↑   囗+α
     ・・・囚・因・困・圍・園・・・紫薇苑=天界の宮殿
        固・箇・圌・圏・圂・・・囤=駐屯地=委奴國?
        囮・囷・囡・ 龱     魏国の帯方郡の駐屯地
                    伊都・怡(忄+臺)土
                       怡=よろこぶ
                       如・始・嬭・嫥・嬉
                    以登(いと=意図・糸
                       亥頭=沙悟浄=河童)
                         =井之頭
                         =神田川の源泉
                      三鷹市・武蔵(六三四・)
                      牟礼・牟禮・郡・群
                    漢委奴國=囡(ジュウ)
        圜(めぐる・まるい・エン・カン)
 と言っていた
 シュメール人
 それを借用して
 神=アン
 と言っていた
 ↓↑
 古代エジプト
 kham ・na・(r)an
 (カム・ナ・アン)
 エジプト人
 神=カブ・ナ・アン
 ↓↑
 ルソン島山岳州語
 khab ・ni・an
 (カブ・ニ・アン)
 ↓↑
 印度セイロン島語
 神=カミ
 ↓↑
 アイヌ語
 神=カムイ
 ↓↑
 種子島古語
 神=ga・ran
  (ガーラン)・・・「かむろ=神室・学文路・禿」?
 ↓↑
 禿(かぶろ、かむろ)
 頭に髪がない「ハゲ」
 ↓↑
 肩までで切りそろえた児童=子供の髪型
 その髪型の子供
 ↓↑
 「禿=禿童(かぶろ、かむろ)」
 江戸時代
 遊廓に住む
 「オカッパ頭」の「童女=遊女見習い」
 江戸中期頃まで
 「おかっぱ頭」
 江戸後期以降
 「吉原」等では
 「禿(かむろ)島田」
 という髪飾りを沢山付けた
 「高島田」になった
 「嶋原」も戦前までは日本髪を結っていた
 ↓↑
 祇園祭
 「長刀鉾の稚児」
 を補佐する二名の少年
 ↓↑
 太夫級の
 遊女(花魁=おいらん)、芸妓が
 二名の
 「禿=禿童(かぶろ、かむろ)」
 を従えていることになぞらえた・・・
 ↓↑
 島原(しまばら)=嶋原
 京都市下京区
 京都五花街で最古の「花街」
 正式名は「西新屋敷
 6つの町で構成
 上之町・中之町・中堂寺町
 太夫町・下之町・揚屋
 ↓↑
 平家が組織化した
 髪を「かむろ」にし
 赤い直垂を着せた
 14歳、15歳の
 「童の密偵」=市中の「反平家」に対する密告者
 「KGB=КГБ(カーゲーベー)」
 国家保安委員会
 (Komitet Gosudarstvennoy Bezopasnosti)
 への「アセット(asset)=情報提供者」・・・諜報組織?
 ↓↑
 「島原=遊郭」の
 高級遊女=高級学識遊女=太夫・・・
 ↓↑
 「引込禿(ひっこみかぶろ・ひっこみかむろ)」
 遊女の世話を離れて
 楼主から
 茶道、華道、香道、歌道
 などの英才教育をうけた
 「童女=遊女見習い」・・・将来の高級遊女
 ↓↑
 チビ・ちび=禿び・・・
 小さいモノ・ちびまる子・・・
 チビる・・・小村寿太郎・柴五郎・・・
 ↓↑
 日本語
 カミ(神)
 ・・・髪(かみ・ハツ)は「長いカミ」
    上(かみ・うえ・ジョウ)
    守(かみ・まもる・シュ)
    嚙(かむ・かみ・ゴウ・ギュウ)
    咬(かむ・かみ・コウ・キョウ)
    紙(かみ・シ)
    帋(かみ・シ)=新聞紙の略称
    皇(かみ)
   亀(かめ・龜・キ)
   甕(かめ・みか・もたい・ほとぎ
     オウ・ウ)=瓮=公+瓦
           雍+瓦
           亠+乡+隹+瓦
            乡=郷・鄕・鄉・鄊
            キョウ・ゴウ
            さと・周代の行政区画
            むらざと・むら
            いなか=田舎
            ふるさと・生まれ育った地
            向かう・向く
            さきに・さきの
   ↓↑
   甕牖縄枢(オウユウジョウスウ)
   貧しく質の悪い家のたとえ
   甕(かめ)の口のような小さな窓
   扉の軸となる枢(とぼそ)の代わりに
   縄を用いている家
   「牖=窓」
   「甕牖」=割れたカメの口の部分を
       壁にはめ込んで窓にしたもの
       「枢=扉の軸の部分」
   甕裡醯鶏(オウリケイケイ)
    見識が狭く世間の事情が
    わからない人
    「甕裡=甕(かめ)の中」
    「醯鶏=酢や酒に涌く小さな羽虫」
        孔子老子に面会した後に
        弟子に向かって
       「私は甕にわく羽虫のようなものだ
        老子が甕の蓋を開いて
        外に出したくれたおかげで
        天地の大全を知ることができた」
        といった故事
   酒甕飯嚢(シュオウハンノウ)
    能力も知識もない人
    「甕=かめ」「嚢=袋」
    酒を飲んで飯を食うだけの
    何の役にも立たない人
    ↓↑
    加見(かみ)
    香美(かみ)
    皇(かみ)
    加味(かみ)
    防人(さきもり・ボウジン)
    ・・・先守・左記模理
    ・・・舎人=とねり・シャジン=・写人・斜囜
          訳音理・寫  訊 ・洒神=バッカス
 ↓↑
 古代エジプト埃及)文字
 ヒエログリフ=神聖文字
 紀元前3200~紀元400年
 使用
 ウル語
 さらに800年ぐらい古い為
 古代エジプト語には
 「アン」
 という言葉が入っている
 ↓↑
 ウル語で
 牛(うし・ギュウ・ゴ)=ウル
 と言った
 ウル人=牛人
 牛をトーテムにした
 ↓↑
 シュメール人
 蛇(へび・ジャ)を
 トーテムにした
 ↓↑
 トーテムが
 種族の名になった
 シュメール語
 牛=gud(グド)
   グド→グ or ゴ と変化
       ・・・「ゴ」のカンジるデス・・・
 印度→東進→中国に入り
   グ・ギュウ or ゴ
   という中国音の「牛(うし)」になった
 ↓↑
 殷代~周代
 古代の貨幣は貝
 子安貝
 吐噶喇(とから)=吐喝喇列島
  ・・・薩南諸島 の一部をなす列島
     古くは 七島
     川辺(かわなべ)七島
     宝七島などと呼ばれた
     鹿児島県鹿児島郡
     十島(と しま )村を形成
     トカラ語(トカラご、トハラ語
     英語:Tocharian languages
     中華人民共和国
     新疆ウイグル自治区
     タリム盆地北縁(天山南路)の地域
     8世紀頃まで話されていた言語
     インド・ヨーロッパ語族に属
     独立した語派「トカラ語派」に分類
     膠着語的な性格を有していたが死語
 ↓↑   
 沖縄列島の産物で
 貝の交易をしていたのが
 「種子島
 に
 蛇をトーテムとする民族で
 蛇を信仰する民族
 「タンナーガ」族
 ↓↑
 タンナーガ → タンネ → タネ
      ・・・丹那(タンナ)トンネル
      東海道本線熱海駅函南駅間の
      複線規格の鉄道トンネル
      総延長7,804メートル
      1934年(昭和9年)[1]12月1日開通
      完成当時は
      清水トンネルに次ぐ日本第2位の長さ
      鉄道用複線トンネルとして日本最長 
 ↓↑
 タネガ島と呼ばれるようになった
 元々の漢字表記は
 ↓↑
 多禰(タネ) or 多褹(タネ)
 ↓↑
 で「種子(タネ)」とし
  「種子島」となった・・・
 「多禰=多褹=種子」
 嶋の
 「たね」は「ヘビ=蛇・它・巳」・・・?
 ・・・褈=衤(衣)+重・・・類似で類字だが?
      𧝎
      ショウ
      褈褣(ショウヨウ)
      膝よりも下(或いは足元)まである
      丈の長い単衣(ひとえ)の服
      日本の着物のような衣服
      深衣、裾袍=襜褕(センユ)
 漢字の
 多禰=多(夕+夕)+禰(示+爾)
 多褹=多(夕+夕)+褹(衤+坴+丸)
  褹=衤+坴+丸
    ゲイ・ゲ
    衣服の袖(そで)・袂(たもと)
   =襼
    上着(最も外側に着る服)の下に着る
    上衣(うわぎ・上半身に着る服)
   「方言:第四
    複𧝄江湘之間謂之
    𧞫(音豎)
    或謂之
    筩褹(今筩袖之𧝄也 褹即袂字耳)」
           袂=たもとのアザみみ?
    𧜼=坴+丸+衣
      䙝=褺=𧝚
      チョウ・ジョウ
      肌着、下着
      それを重ね着する

 種子=種(禾+重)+子(了+一)
    種=会意 兼 形声文字
      禾(のぎ)+重(かさなる・おもい)
      稲     入れ墨の針
            人の目・重い袋
      目の上に入れ墨をされた奴隷が
      重い袋を持つ
      稲の穂の重い部分=垂れ穂・垂乳根
    重=千+里
      千+田+土
       ノ+十+日+二
       ノ+十+囗+一+二      
    重い=おもい=思い=想い
       主 意=かさねる
       王が丶(チュウ・ともす=燈・灯・燭)
       炎(ほのお=焰・焱)
       軽いものを積み重ねてオモクするコト
    重+α
    𠄉・偅・働・𠝤・動・勲・喠・㗢・㘒・堹
    𫯳・媑・嬞・𡦢・尰・𡰁・𡺍・𡼉・㡖・㣫
    慟・憅・懂・揰・腫・㮔・歱・𣱧・湩・濌
    煄・𤋱・𤑛・畽・瘇・𥍽・𥔧・𥗦・種・𥪿
    箽・籦・緟・𦉂・𦔉・董・𦹝・薫・蝩・衝
    褈・諥・踵・𨔝・重・𨤨・𨤶・鍾・锺・隀
    𨿿・𩩳・䳯・𪏘・䵯

 襧=衤+爾
   衤+一+八+冂+丨+㸚
   衤+一+八+冂+丨+爻
   衤+一+八+冂+丨+㐅+乂
   衤+一+八+冂+丨+㐅+丿
   チ
   襧=衣(衤)+爾
     ???
     龍龕手鑑《欽定四庫全書》本
     :卷一:衣部第十
     :衤+薾=襧
     陟几反無衣也
     一曰 糸+攵+衣
     《續古逸叢書》本
     「糸+攵+衣」ではなく
     「糸+乆+衣」
     字彙:申集:衣部:襧
     陟几切音止無衣也
     一曰 「糸+夫」也
     按此字疑𧝉字之譌
     「糸+夫」は「紩」か・・・

   𧝉=衤(衣)+黹
     衤+黹
     衤+业(業)+㡀
      㡀=ヘイ・ベイ
        やぶれた衣服
        やぶれる
        小さい
    =衤+业(業)+丷+巾+ハ
     チ
     縫(ぬ)う
     衣服を縫う
    =𧛢
 
 穪(称・ショウ)
  =禾+爾
   ショウ
   あげる
   かなう
   たたえる
   となえる
   はかる
   讃える・褒(ほ)める・誉(ほ)め讃える
   稱える=称える・となえ
       名づける・呼び名
   測る・目方をはかる・重さをはかる
   秤(はかり)=天秤=重さをはかる道具
   叶う・適合する・つり合いがとれる

 禰=示+爾
   デイ・ ネ
   みたまや・かたしろ
   父のおたまや・みたまや=禰祖
   かたしろ・位牌(イハイ)・公禰
  「禰(祢)」の偏が
   片仮名の「ネ」
   平仮名の「ね」
   になった

 禰宜(ねぎ・神主・神官・下級神職
    覡=かんなぎ・かむなぎ=巫覡(フゲキ))
 禰宜山伏
 宿禰(すくね)
 武内宿禰(すくね)
 多禰(たね)
 刀禰(とね)
 野見宿禰(すくね)
 美祢(みね)

 爾+α
 𩯨=髟(ヒョウ・ヒュウ)+爾=𩬯=𩬘
 彌=弓+爾+=ビ・ミ・いよいよ
 禰=示++=ネ・ネイ・デイ・かたしろ
 𪓿=爾+黽=ベン・モウ・かえる・あおがえる.
 檷=+爾+=ジ・ニ・ビ・ミ・デイ・ナイ
      糸巻き・糸を巻き取る道具
      山名
 邇=爾+辶=ジ・ニ
       ちかい
       近い・近いところ
       近づく
 壐=爾+土=璽=玺
       ジ・しるし・はん・印章・印鑑
       秦代以降は天子の印
 籋=竹+爾=ジョウ
       物を挟んで取る道具
       ピンセットで挟み取る
 𩰞=鬥+爾=ジ・ニ
       䦵・𨳴・𩰐
       智慧が足りず力が劣る
       度量や見識が狭く小さい
 璽=爾+玉=ジ・しるし
      =壐=玺
      =尓+玉
       尓=𠂉(髪挿)
         +小(ハ+亅)
         +玉(王+丶)
       はん・印章・印鑑
       秦以降は天子印
       =印璽・・・インジ=印字・韻事
 ↓↑
 種子島
 茎永部落
 宝満神社
 祭神は 
 「玉 依 姫   命・・・神武天皇の養母で妻妾
 (タマヨリヒメのミコト)」
 ↓↑
 「タ=人間」という意味・・・
 「ナーガ」 or 「ナーカ」
 は古代インド語で
 「蛇・竜蛇」
 蛇や竜を
 トーテムとする
 印度ナーガ族の部族名
 ↓↑
 古代印度語は
 元は
 ウル人・シュメール人
 ウル・シュメール語
 で
 シュメール人
 蛇をトーテムにしていた・・・
 で
 「タ・ナカ」
 とは印度系シュメール人という意味・・・?
 「手=シュメール語で (シュ)
    アッシリア語は (タ)
    古代エジプト語は(ド)
 ↓↑
 日本語の「タ=手=て」・・・
 手長 比売(タナカヒメ)
 天手長比売(アメタナカヒメ)
 天手長男神社(アメタナカオ)
 ↓↑
 「ナカ・ナーガ」
 那賀・名賀・中・仲
 という漢字をあてている
 長(なが・おさ)・永(とわ)
 という漢字もあててい
 ↓↑
 長崎の「おくんち」祭り=竜蛇の舞
 ナーガ(竜蛇)を
 トーテムとする
 シュメール人が住む町という意味・・・から
 長崎という地名になった
 ・・・「長崎」という地名の由来
 長崎氏は
 桓武平氏
 千葉流
 九州千葉氏
 の流れを汲む氏族で
 長崎県の名の由来になった
 長崎県庁舎付近の
 長い御崎
 に館を構え
 長崎港界隈の
 深堀~時津までの広い範囲を領していた
 一族が、九州長崎氏を名乗った・・・説
 伊豆国
 田方郡
 長崎村
 を領し
 その地名を苗字として
 鎌倉執権の
 北條氏の
 筆頭御内人
 桓武
 平氏
 長崎氏
 の一人が九州に流れ(九州長崎氏)
 長崎湾の奥を領して
 地侍になったと
 「長崎甚左衛門純景」
 がその系図で主張・・・
 「長崎小太郎重綱」
 なる人物が
 鎌倉初期
 嘉禎三年(1237年)ごろ
 長埼浦の
 地頭職を知行する御家人であった
 南北朝期以降
 長崎氏は
 桜馬場城(鶴城)に拠り
 勢力を拡大していった
 ↓↑
 地元では
 「野母崎半島」を
 「長い岬」と称していた
 長崎弁で
 「長か岬(ながか・みさき)」
 さらに
 「なんか・みさき」
 と転訛し
 約まって「長崎」になった・・・説
 ↓↑
 シュメール人
 古代エジプト
 「azi=アジ=煙」と読んでいた
     ・・・けむり?
 ↓↑
 ウル人は
 「hazi=ハジ」
 英語では
 「egy=エジ」になった
 ウル語で
 「町=マドウ」
 変化して
 「プトウ」となり、
 「煙の町=エジプト」になった
    ・・・埃及=砂塵の國?
 ↓↑
 マドウ→マトウ→マテイ(古代インド)
    →「マチ(日本語)」
 ・・・惑う=眩・・・?
 ボクは一九七二年夏ころに
 ピラミッド見学後、ホテルに戻ろうと思ったが
 「カイロ(改羅)」で迷った・・・
  町が数匹のクモの巣が繋がっているよな
  アラビスクの
  回路・開路・廻路・・・?
 ↓↑
 種子島(たねがしま)
 九州
 鹿児島県
 に属し
 大隅諸島を構成する島の一
 鹿児島県にある
 有人離島の中で最も東に位置
 人口(29,282人)
 奄美大島に次いで多く
 面積(444.30km2)は
 日本では10番目
 県内では
 奄美大島
 屋久島に次いで
 3番目に大きい
 最高地点の標高は
 回峯(まわりのみね)の282.4 m
 中心都市は
 西之表
 ↓↑
 中種子町市街地
 種子島でもっとも古い遺跡
 南種子町
 横峯遺跡
 中種子町
 立切遺跡・大津保畑遺跡
 約3万5千年前(較正年代)の遺跡
 旧石器時代
 人類が生活をした数少ない離島の一
 種子島では
 細石器文化も確認
 南種子町
 銭亀遺跡
 細石器文化が確認された
 日本列島最南端の遺跡
 ↓↑
 縄文時代
 九州島南部の
 縄文文化とほぼ
 同一の土器様式が確認
 弥生時代後期~7世紀にかけての
 種子島
 独自の
 貝文化が展開
 種子島独自の貝文化を代表する遺跡
 南種子町
 広田遺跡
 貝製品を中心とする
 広田遺跡の出土品
 国の重要文化財
 ↓↑
 8世紀
 律令国家の支配下
 記録は、『日本書紀
 大宝二年(702年)
 令制国として隣の
 屋久島も含めて
 多禰国(たねのくに)設置
 島
 北部に
 能満郡
 南部に
 熊毛郡
 設置
 国司が任じられ
 「多禰」国司
 として二島を支配
 ↓↑
 平安時代前期
 天長元年(824年)廃止
 能満郡は
 熊毛郡に統合され
 大隅国編入
 鎌倉時代
 見和氏
 肥後氏
 が支配
 室町時代以降
 肥後氏の支族
 種子島
 がこの地を治めた
 南蛮からの鉄砲伝来
 火縄銃の製作
  ・・・火の縄の銃(ジュウ=金+充)
         重・十・拾=木戸孝允
 国産の火縄銃は
 「種子島
 と呼ばれ
 琉球王国との交易も行われ
 元禄十一年(1698年)
 領内の農民の救済作として
 領主
 「種子島 久基」
   ・・・久(ひさしい・キュウ)+基(もと)
 が琉球国王
 「尚貞」より
 甘藷一篭を譲り受け
 家老
 「西村時乗」
 に命じ領民に栽培させ
 これが九州、本州にさらに伝わった
 「佐藤信淵
 は薩摩藩重臣にあてた
 『薩摩経緯記』の中で
 種子島の島民気質を
 喜界島
 屋久
 の住民と同様に
 「豊かになろうと心がける気持ちが弱く
  産業に励む者は希(まれ・キ)」
 と評価・・・
 前回の「山幸彦」・・・
  ↓↑
 「山幸彦」を操った
 「カイジン=海神」の戦略・・・?
  ↓↑
 「彦火火出見尊=山幸彦」
        ・・・彦=ゲン
          =彥(ひこ・びこ)
          狗古智卑狗
    (クコチヒコ・クコチヒク)
     卑狗=ヒコ=彦・日高・日子
        火の子=新井白石
        肥後・庇護・比語・火護 
 音叉・音響・音源・音波
やまびこ=木霊(こだま)
 ・・・諺(ことわざ・ゲン)
     =言+彥
      㘖=口+彥+頁
      顏=彥+頁
      喭=口+彥
      偐=イ+彥
      嵃=山+彥
 ↓↑
 「音」は耳で聴くモノ
 「文」は眼で視るモノ
 「義」は頭で考えるモノ
 ↓↑
 彥=文+厂+彡
   亠+乂+厂+彡
     乂=㐅(古字)=五
             五=丅+ユ
             伍(大字)
             𫝀(俗字)
             㠪(古文)
             𠄡(古文)
 ↓↑
 顚=顛=眞+頁
   テン・いただき・たおれる
   くつがえる・覆(くつがえ)す
   てっぺん=山顚
   はじめ・はじまり=顚末
   たおれる・ころぶ
   くつがえる=顚倒・顚覆
   物の先端・顛末・山顛
   逆さになる・ひっくり返る
   顛倒・顛沛 (テンパイ) ・顛覆=動顛
  「転」を代用字とすることがある
 ↓↑
 次回につづく・・・

「チンピラ老人」と「超能力少女」の戦い・・・

文字霊日記・3494日目

 なんか、
 漫画の「大友克洋」氏の
 「童夢」を思い出した・・・
 「チンピラ老人」と
 「超能力少女」の戦い・・・
 地球に蔓延(はびこ)っている
 「チンピラ老人」に
 「普通の少女」では勝てないのか・・・
 ↓↑


 ・・・なんか、「Pぅチン」を「評価」するような「おむすびコロリン」と「シチヤ」みたいな名前の人物が「ユチューブ」でカイワしていた・・・
 「神学論争」だってか・・・どこがなんだか・・・
 あれって、「キベンロンソウ」を「キベン」しているニンゲンドウシの「カイワ」・・・を、さらに「きべん」?
 ・・・「論争」をしているのは「カミ(実在不詳)」と「ヒト」の論争ではなく、「ヒト」と「ヒト」が「カミ(実在不詳)」をテーマにした「イイアイ」だろう・・・
 「Pぅ」も「Sぅ」も
 「他人のイノチ」を
 「ハナクソ」のように扱っている・・・?
  ↓↑
 「リオ・ブラボウ(Rio Bravo・1959年)」
 っていう映画があった・・・
 隣の町まで
 ソロバン塾の先生と
 同級生のO君と
 3人で観に行った・・・
  ↓↑
https://www.youtube.com/watch?v=fhCGlttERHQ

皆殺しの歌~映画「リオ・ブラボー」より (D.Tiomkin) - YouTube


www.youtube.com


 それに
 『アラモ(The Alamo・1960年)』
 1836年
 テキサス独立戦争中の
 「アラモの戦い」
 ジョン・ウェイン
 主演・監督・制作を兼任
 撮影にはトッドAO方式70mmフィルム使用
  ↓↑
  ジョン・ウェイン
 (John Wayne)
  マリオン・ロバート・モリソン
 (Marion  Robert   Morrison)
 1907年5月26日
 ~
 1979年6月11日
      大運1973年7月(66歳)戊戌・正財
 丁未(丁乙己)食神・偏財 養⇔己未・偏財
 乙巳(戊庚丙)比肩・傷官沐浴⇔庚午・正官
  冲己正財
 乙亥(戊甲壬)  ・印綬 死⇔己酉・偏財
 丁丑(癸辛己)食神・偏財 衰⇔乙丑・比肩
  申酉空亡
 ↓↑
 アメリカの
 俳優・映画プロデューサー・映画監督
 愛称「デューク(Duke、公爵)」
 アイオワ(眠たがり)州
 ウィンターセットで誕生
 南北戦争1861年~1865年)では
 「カッパーヘッド(アメリマムシ)」
 と呼ばれた強い反戦
 実家は薬屋
 薬剤師の息子
 一家は
 1911年
 カリフォルニア州
 グレンデールに転居
 愛犬エアデール・テリアの名前が
 「リトル・デューク」だったので
 隣人が
 「ビッグ・デューク」と呼んだ
 高校卒業後
 海軍兵学校へ出願するが入校できず
 南カリフォルニア大学に入学
 フットボールに取り組んだが
 水泳中の怪我で競技生命が絶たれた
 ↓↑
 『リバティ・バランスを射った男』
 射った男には「理由」があったが・・・
 ↓↑
 ・・・アル人間が実際に現実的に
 「サツジンをメイレイし
  アオっているコウイ」
 と、その人物が
 それを「正当化」して
    「カタるコトバ」は
 「個人の生き方の葛藤」なんかでは
 許されナイだろう・・・
 そして、そいつらへの
 「評価」が「G」だってか・・・
  カッコウワルッ・・・郭公ワルツ・・・?

 「皆殺しの歌」

 「THE BLUE HEARTS
 の
 「皆殺しのメロディ」・・・?
  ↓↑
 「言葉の意味・意義」を
 「音聲」から考えるのか
 「字形」から考えるのか
 イズレモ時間の流れ
 「過去」
 「過去完了」
 「現在」
 「現在完了」
 によって
 「変化した」し
 「変化してきた」
 「変化させた」のは
 「歴(こよみ)」と
 「史(㕜=ふみ=ぶん
         文=あや
           =彪・絢・英・阢・章
            妖・紋・綵
            殆=歹+台(臺・うてな)
              屍=尸+歹+匕)」
                一+夕+七
                   匕・ヒ・牝
  に載ってきた
 「社会的人間」達である・・・

 「史=口+丿+乀」

 「殆=一+夕+ム+口」
 「夕部(ゆうべ・ゆう・た)」
  夕
  ゆう・ゆうべ・夕方・日暮れ
  夜
  年月日時の末(終)

 夕+α
 歹=一+夕=ガツ・ガチ
 匇=勹+夕=ソウ・ソウ
       いそがしい・あわただしい=怱
       あわてる・急ぐ
 外=夕+ト=ガイ・そと
 夘=夕+卩=ボウ・ミョウ・う
 夗=夕+㔾=エン・オン
       転がり伏す・双六(すごろく)の賽

 歺=ト+夕=歹
       ガツ・タイ・しかばね・ほね
       ばらばらになった骨・残骨
 㐴=イ+夕=ハン・すがる・よじる
       よじのぼる
       すがりつきながらのぼる
       ひく・ひっぱる・ひきよせる
       すがる・たよりにする
 㒱=入+夕=夢=ム・ゆめ
 㚈=夕+十=升
       ショウ
       ます・のぼる
       上にあがる=昇
       みのる・穀物がみのる
       一升=十合
 列=ー+夕+刂=レツ・つらねる・つらなる
 名=+夕+=メイ・な
 夙=几+ー+夕=シュク・スク・つとに
 多=タ+夕=夛・タ・おおい・おほい
 夛=彐+夕=多 
 死=歹+匕=シ
 汐=氵+夕=セキ・しお
 舛=夕+㐄=セン・ます
      いりまじる
      そむく
      たがう・たがえる・食い違う
      乱れる
      ます=升
 岁=山+夕=歳・歲・嵗・亗
      サイ・セイ
      とし・とせ
      よわい
      一年・年齢
      みのり・作物のみのり
      木星
      約十二年で天を一周
      軌道を十二等分=十二次
      を一年に一次ずつ進む=歳星
 芕=艹+夕=スイ・草名・・・夕顔=ゆうがを=葫?
       𡝅=女+芕
 邜=夕+阝=卯=ボウ・ミョウ
       十二支の四番目
       東・午前六時を中心とした二時間
       ウ(兎)=夘・卯
       桞 茒 邜・・・䂙=石+邑=岩国
       邰=台+邑=タ
       周代(前11世紀~前256年)
       后稷(コウショク)の封地
       陝西省咸陽市武功県付近
       斄=陝西省
       𨚷=名+邑
         郄=㐅+厷+阝
           㐅+ナ+厶+阝
          =郤=ケキ・ゲキ
           すき・すきま・ひま
           あいだ
           仲たがい=隙
           春秋時代の晋の地名
           山西省
 㱙=夕+丂=キュウ・くちる・腐
 囱=丿+囗+夊=囪・窓・ソウ・まど・煙突
   丿+囗+夕
   丿+囗+夂
 斘=夕+斗=ショウ・のぼる・あがる=昇
 歼=ー+夕+千=殲・殱
        セン
        つくす・ほろぼす・全滅させる
 㔰=匚+夕+ト=恒・恆
        コウ・つね
        変わらない・一定している
        つねに・いつも・たえず
        易の六十四卦の一
        弦を張った弓のような月の形
 㱑=止+夕=
 㶤=火+夕=炒=ショウ・ソウ
        いる・いためる
        あぶりこがす
        食べ物を油でいためる
 𣏐=木+夕=杓・ヒョウ・シャク
       しゃくう
       ひしゃく
       ひしゃくの柄。
       北斗七星の柄の部分の
       第五・六・七星
       ひしゃく
       水や酒などをくむ道具=勺
 佲=イ+夕+口=酩=メイ・よう
          酒に酔う・ひどく酔う・酩酊
 侈=イ+夕+タ=シ
        おおきい・広い
        おごる・おごりたかぶる
        ほしいまま・好き勝手
        ぜいたくをする
        度をこす・度をこえる
 例=イ+夕+刂=レツ・つらなる
 冽=冫+夕+刂=レツ
        さむい・つめたい
        とても寒い・とても冷たい
        きよい・澄んでいる
 刿=山+夕+刂=ケイ・ケ
        割く・割る
        そこなう・傷つける
 劽=―+夕+刂+力=
 卶=タ+夕+卩=
 宛=宀+夕+㔾=エン・あてる
 歿=+夕+ク=没
       ボツ・おわる・しぬ・なくなる
       死没
 殀=―+夕+夭=ヨウ
        わかじに・わかくして死ぬ
        殺す・命を奪う
 苑=艹+夕+㔾=ウツ・エン・オン
        その
        ふさがる
        まきば
        囲いを設けて家畜を飼うところ
        その・にわ・草木を植える庭園
        物事の集まるところ
        学者や芸術家の集会所
        つもる・こもる・気がふさがる
 夝=夕+生=セイ・ジョウ・ソウ・ショウ
       はれる・雨があがる
 妴=夕+㔾+女=エン・オン
        たおやか・しとやか
 歽=―+夕+斤=セツ・若死にする
 歾=―+夕+勿=ボツ・ブン
        命がなくなる・生命が絶える
        くびをはねる・くびを切る
        刎頸
 殁=―+夕+殳=ボツ・しぬ・没落
 矽=石+夕+=セキ・けいそ
       化学元素の一・珪素=硅
 穸=宀+儿+夕=セキ・ほうむる・埋葬
 罗=罒+夕+=夢=ム・ゆめ
 㑉=イ几+ー+夕=シュク・伸びない
 㑕=イ+山+夕=人山夕
 㚉=乃+夕+夕=コ・ク
        利益が多い・儲かる
 㠾=夕+㔾+巾=    エン・オン
        ふきん・物をふくための布
 㱚=―+夕+月=サン・ザン・ガチ・ガツ・ハツ・ハチ
        禽獣の食べ残し=䏼
 㱛=―+夕+―+夕=セン・ホ
 㱜=―+夕+ト+人=サツ・セチ
          えやみ・はやり病・疫病
 㱝=―+夕+力=死力
 咧=口+―+夕+刂=レツ・レチ
         「咧咧」=鳥の鳴き声
          苦痛や不満などから口を歪める
 哆=口+夕+夕=シ・シャ
        口を大きく開けるさま
        大きいさま
        おおらかなさま・寛大なさま
        唇の垂れ下がるさま
 哕=口+山+夕=噦
        エツ・カイ
        しゃくり
        しゃくる
        しゃっくり
        むかつく
        吐きそうで出ない。
        哕哕(カイカイ)
        =鳥の鳴き声・馬車につけた鈴の音
 屍=+―+夕+=シ・かばね・しかばね
 怨=夕+㔾+心=エン・オン・うらみ
 拶=扌+巛+夕=サツ・サチ
 殃=―+夕+央=䄃・𥙏
        オウ・わざわい=災難・不幸
        傷つける・害をあたえる
 殄=―+夕+𠆢+彡=テン・ことごとく
         つくす・つきる・たつ
         ほろぶ・ほろぼす
         ことごとく・みな・すべて・残らず
 殆=―+夕+台=タイ・ほとほと
        あやうい・あぶない
        安定しない・危険
        ほとんど・おおかた・もう少しで
 洌=氵+―+夕+刂=レツ
         きよい・さむい
         清らか
         さむい・冷たい

 七夕(たなばた)

 名字
 新夕=あらた
    にいせき・にいぜき・にいだ・にった
 下夕村=したむら
 七夕=たなばた
 夕部=たなべ・ゆうべ
 二之夕=にのゆ・にのゆう
 二夕川=ふたがわ・ふだがわ

 熟語
 朝な夕な(あさなゆうな
 朝夕(アサユウ)
 一夕(イッセキ)
 昨夕(サクユウ)
 旦夕(タンセキ)
 朝夕(チョウセキ)
 日夕(ニッセキ)
 毎夕(マイユウ)
 夕明かり・夕明り(ユウあかり)
 夕暮れ(ユウぐれ)
 夕景(ユウケイ)
 夕煙(ユウけむり)
 夕餉・夕食(ユウげ)
 夕刻(ユウコク)
 夕潮(ユウしお)
 夕食(ユウショク)
 夕涼み(ユウすずみ)
 夕立(ユウだち)
 夕月(ユウづき)
 夕なぎ・夕凪(ユウなぎ)
 夕波(ユウなみ)
 夕飯(ユウハン)
 夕映え(ユウばえ)
 夕晴れ(ユウばれ)
 夕日(ユウヒ)
 夕べ(ユウべ)
 夕まぐれ(ユウまぐれ)
 夕飯(ユウめし)
 夕靄(ユウもや)
 夕焼け(ユウやけ)

 四字熟語
 一夕九徙(イッセキキュウシ)
  暗殺を恐れて
  一晩の間に何度も居場所が変えること

 一朝一夕(イッチョウイッセキ)
  「一朝一夕に出来ることではない」
   などと後に否定の語を伴って用いる

 花朝月夕(カチョウゲッセキ)
  春の朝の花を愛で
  秋の夕方の月を愛でる
  「花朝=陰暦二月十五日
      現在の四月の中頃」
  「月夕=陰暦の八月十五日
      現在の十月の初め頃」

 初秋涼夕(ショシュウリョウセキ)
  月が美しく、さわやかな風が吹く秋の夜

 朝盈夕虚(チョウエイセキキョ)
  朝に繁栄し夕方には滅びる
  人生の儚(はかな)さ

 朝過夕改(チョウカセキカイ)
  朝に犯した過ち夕方に改める

 朝観夕覧(チョウカンセキラん)
  朝に見て、夕方にも見ること
  芸術品を何度も見て楽しむ

 朝不謀夕(チョウフボウセキ)
  目の前のことを考える余裕もない
  差し迫った状況
  先のことを考える余裕もないこと

 朝聞夕死(チョウブンセキシ)
  道を究めようとする人の心得
  朝に道の真理を知ることができれば
  夕方には死んでも悔いはない

 朝題目に夕念仏
   立場の曖昧さ

 朝虹は雨、夕虹は晴れ

 朝に紅顔ありて夕べに白骨となる
   一寸先は闇
   先のことは判らない

 朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり
   覚悟

 朝に夕べを謀らず
   余裕がない

 旦夕(タンセキ)に迫る
   危機が緊迫

 西風と夫婦喧嘩は夕限り
   おさまるものはヤガておさまる

 春の夕飯食って三里
   春は晩飯を食べたあとでも
   三里の道を歩ける

 命旦夕(メイタンセキ)に迫る
   絶命の危機

 夕立は馬の背を分ける
   局所的に異なる

 夕焼けに鎌を研げ
   明日は晴れ、仕事の準備を為せ
  ↓↑

大小の魚=まな=真魚・真名=カンジを集めて問いただす?

文字霊日記・3493日目

 6月11日・午後13時~20分間・・・暴風雨
 猛烈な強風と土砂降りの豪雨・・・
 ガレージの梯子が倒され
 咲き誇っていた
 マーガレットの花畑がペッシャンコ
 そして停電でパソコンの画面が消えた・・・
 ・・・今現在は不気味な静寂・・・
 ・・・電源が回復・・・
 「ダンチョネ節」
 をユウチューブで聴きながら
 ・・・メモ帳に書き込んでいたモノ・・・
 ・・・保存する前だったので
    記録したハズの内容も脳ミソからも消えた
https://www.youtube.com/watch?v=x1cDIalQAd4

www.youtube.com


 赤紙(徴兵令状・召集令状)の値段・・・
 「一銭五厘
 「あんぱん一個」が「当時一銭≒現時100円」
 「そば」が「五銭〜七銭」・・・?
 当時の兵士の命の値段が
 当時の郵便はがきの値段・・・
 今現在、女性の「飛行機乗り」がいる・・・
 「飛行機乗り」の
 「おんな」に「婿入りするな」ってか・・・
 ダンチョねッ・・・
  ダレが約束をマモラナイ
 「露西亜」や「ハマス」の
 「侵略強奪殺人命令者」のイイブンで
 「停戦、終戦」するってイウのか・・・
 ↓↑
 「山幸彦」を操った「カイジン」の戦略・・・?
 ↓↑
 「彦火火出見尊=山幸彦」
        ・・・彦=ゲン
            =彥(ひこ・びこ)
            狗古智卑狗 
     (クコチヒコ・クコチヒク)
         卑狗=ヒコ=彦・日高・日子
               火の子=新井白石
         肥後・庇護・比語・火護 
 音叉・音響・音源・音波・・・諺=言+彥
               㘖=口+彥+頁
               顏=彥+頁
               喭=口+彥
               偐=イ+彥
               嵃=山+彥
 「音」は耳で聴くモノ
 「文」は眼で視るモノ
 「義」は頭で考えるモノ
 彥=文+厂+彡
   亠+乂+厂+彡
      乂=㐅(古字)=五
              五=丅+ユ
              伍(大字)
              𫝀(俗字)
              㠪(古文)
              𠄡(古文)
 ↓↑
 ジョヴァンニ・バッティスタ
 Giovanni   Battista
 ・シドッティ(シドッチ、シドティ)
  Sidotti(Sidoti)・・・支どっち?
 寛文八年
 1668年 8月22日
 ~
 正徳四年十月二十一日
 1714年11月27日

     大運1713年12月(45歳)乙丑・傷官    
 戊申(戊壬庚)偏官・偏印長生⇔甲午・食神
 庚申(戊壬庚)偏印・偏印長生⇔乙亥・傷官・害
  半合壬比肩
 壬子(壬 癸)  ・劫財帝旺⇔己丑・正官・支合己
 辛丑(癸辛己)印綬・正官 衰⇔乙丑・傷官
  寅卯空亡
 ↓↑
 教皇クレメンス11世に願い
 宣教師となり
 マニラに向けて出帆
 1708年(宝永五年)
 8月
 日本に向けて出発した
 10月
 屋久島に上陸
 ↓↑
 火の子=新井白石
 明暦三年二月十日
 1657年3月24日
 ~
 享保十年五月十九日
 1725年6月29日
      大運1723年5月(66歳)丙申・正財
                支合
 丁酉(庚 辛)偏財・偏印 病⇔乙巳・食神
  冲
 癸卯(甲 乙)比肩・食神長生⇔壬午・劫財
  半合乙
 癸未(丁乙己)  ・偏官 墓⇔丙辰・正財
 癸丑(癸辛己)比肩・偏官冠帯⇔己丑・偏官
  申酉空亡
 ↓↑
 支合
 子×丑=土(己・土星・鎮星・塡星)
 亥×寅=木(甲・木星・歳星)
 戌×卯=火(丁・火星・熒惑)
 酉×辰=金(辛・金星・太白)
 申×巳=水(壬・水星・辰星)
 未×午=火(丙・太陽・金鴉・日輪・烏輪)
 ↓↑
 土・木・火・(地)・金・水(太)
   ⵐ        球      陽 
 ↓↑
 改名 伝蔵(幼名)→君美
 別名 仮名:与五郎・勘解由
 号  白石・紫陽・天爵堂・忽斎・在中・済美
 ↓↑
 渾名 「火の子・鬼」
 ↓↑
 戒名 慈清院殿釈浄覚大居士
 墓所 報恩寺(東京都台東区
    高徳寺(東京都中野区)
 官位 従五位下 筑後守、贈正四位
 幕府 江戸幕府本丸寄合
 主君 土屋利直→堀田正俊→堀田正仲
    →徳川家宣徳川家継
 藩  久留里藩士・古河藩士甲府藩士
 氏族 新井氏
 父  新井正済
 母  坂井氏
 妻  正室・朝倉万右衛門の娘
 男子 明卿・宜卿
 女子 石谷清夤の妻

  ↓↑
  穿って考えれば
 「ウガヤフキアエズのミコト
  鸕鶿 草葺不合   尊」
 の対象は
 「ことわざ(諺=言+彦)」
 とか
 「四文字漢字熟語」
 とか
 「二文字漢字熟語」
 である・・・カナ・・・
  ↓↑
  鸕鶿 草葺 不合  尊
 (うがやふきあわせずのみこと
  うがやふきあえ ずのみこと)
  地神五代の5代目
  日向三代の3代目
  神武天皇の父
  ↓↑
  父親
  彦火火出見尊=山幸彦
  (火 折 尊=山幸彦)
  ↓↑
  母親
  豊玉姫=豊玉毘売=豊玉毘売命
      八尋の大和邇
   (やひろのおおわに)
    『古事記』では
    「八尋和邇
    『日本書紀』一書では
    「八尋  大 熊 鰐」
    (やひろのおおくまわに)
      おほくまワニ
     ・・・鰐=和邇
         =わに・ワニ
         =倭邇=王仁=応神
 『先代旧事本紀
  によれば
  異母弟に
 「武位起命」・・・「建 位起 命」
          「タケイタテ」
           などと読まれ
          「五十猛
           イタテ神
           イタケ神」
           など・・・
 叔母の
 「玉依姫
 との間に
 彦五瀬命
 稲飯命
 三毛入野命
 彦火火出見尊神武天皇
 父と末子は
 同名の
 「彦火火出見尊
 「吾平山上陵」に葬られた
 ↓↑
 鵜戸神宮(宮崎県日南市)
 「ウガヤフキアエズ
 生誕時の産屋の跡と伝承
  ↓↑
  彦  波瀲  武  鸕鶿  草葺不合   尊
 (ひこ なぎさ たけ うがや ふきあえず の みこと)
 『日本書紀
  天 津 日高
 (あまつ ひこ
  日子 波限  建
  ひこ なぎさ たけ
  鵜葺草  葺不合    命
  うがや ふきあえず の みこと)
  『古事記
  彦  波瀲  武
 (ひこ なぎさ たけ
  鸕鶿草  葺不合    尊
  うがや ふきあえず の みこと)
  『先代旧事本紀
  彦  瀲     尊
 (ひこ なぎさ の みこと)
  『古語拾遺
  ↓↑
  茅葺(かやぶき=萱葺)
  ↓↑
  茅
 (ススキ=薄・芒・・・須々木・周々木・鈴木
            渚鋤・雪
  チガヤ=茅・違哉・千賀耶・智雅也
  ヨシ(アシ)=葦・芦・蘆・・・足・脚・肢
  などの総称)
  ↓↑
  を屋根の材料にして
  家屋の屋根を葺くこと・葺いた屋根
  茅葺き屋根
  茅葺屋根
  茅葺き屋根の一部(下地等)には
  稲藁や麦藁を屋根材に含む
  屋根の材料により
  茅葺(かやぶき)は
  藁葺(わらぶき)
  や
  草葺(くさぶき)と区別される 
  ↓↑
  彦  火火 出見  尊
 (ひこ ほほ でみ の みこと
  別名
  狭野(さの)命・・・挟=挾=夾(はさむ)
  狹=狭(キョウ・ギョウ・せばめる)=犭+夾

  若御毛沼(わかみけぬま)命
  豊御毛沼(ととみけぬま)命

  第四子・・・長男(初めの児)でもないのに
        ナゼ、彼だけが
       「鰐の母親」が産んで
       「鵜葺  草葺   不合 命」
        うがや くさがや 合わず
        になったのか? 
  ↓↑
 『日本書紀』第三の一書
  では第三子
  第四の一書
  では第二子
  ↓↑
 『日本書紀』第一書での
  幼名は
 「狭野命」
  初代天皇
  和風諡号
 「神 日本 磐余 彦 天皇
  漢風諡号
 「神武天皇
  ↓↑
 地神五代 第五代
 日向三代 第三代
  ↓↑
 先代    彦火火出見尊(山幸彦)
    ↓↑
    鸕鶿 草葺 不合  尊
    ↓↑
 次代    彦火火出見尊神武天皇
 ↓↑
 神祇    天津神
 ↓↑
 全名    天津
    日高
    日子
    波限
    建
    鵜葺草
    葺不合命
 ↓↑
 彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
 ↓↑
 陵所    吾平山上陵
 ↓↑
 父    彦火火出見尊(山幸彦)
 母    豊玉姫
 ↓↑
 配偶者    玉依姫
 ↓↑
 子    彦五瀬命
    稲飯命
    三毛入野命
    彦火火出見尊神武天皇
 ↓↑
 宮  西州之宮
 神社 鵜戸神宮など
  ↓↑
  彦  波瀲  武
  ↓↑
  諺  渚=汀・凪さ・彅差・薙差・名義差
 (ひこ なぎさ
     ↓↑
     武
     ↓↑
     たけ=竹・他家・嶽・丈
        長け・茸=きのこ=木之子
        ・・・咠
           シュウ
           ユウ
           ささやく
           囁く
           楫=かじ・カイ
            =檝・舵・梶
             鍛冶・火事
     建・健・高・田家・・・田斎
         高家吉良上野介
  ↓↑
 ┏天照大神(アマテラス)
 ┗佐之男命(スサノオ
  ↓↑
 ┏天忍穂耳命(アメノ オシホ ミミ)
 ┗栲幡千千姫(タクハタチヂ ヒメ)
  ↓↑
 ┏邇邇芸命(ニニギ)
 └木花之佐久夜毘売(コノハナノ サクヤ ビメ)
  ↓↑
 山幸彦=火遠理命古事記)・・・山彦
     彦火火出見尊日本書紀
 海幸彦=火照 命(古事記)・・・海彦
     火闌降命(日本書紀
  ↓↑
 「山彦」=「木霊(木魂)=木霊(こだま)」
  ↓↑
 ┏火遠理命(ホオリ、四男)・・・四男?
 ┗豊玉姫トヨタマ ヒメ
       アマテラスの姪・・・?)
       天照大神=鰐・和邇・和爾・和珥?
  ↓↑
 ┏鸕鶿草葺不合命(ウガヤ フキアエズ)
 ┗玉依姫(タマヨリ ヒメ・トヨタマヒメの妹)
  ↓↑
 ┏若御毛沼命(ワカミケヌ、神武天皇、四男)
 ┗媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメ タタラ イスズ ヒメ)
  ↓↑
 彦五瀬命(ヒコイツセ、長男)
 稲飯命(イナイ、二男)
 三毛入野命(ミケイリノ、三男)
  ↓↑
 火闌降命(ホスソリ)・・・隼人
 火明命(ホアカリ)・・・・尾張氏
  ↓↑
ーーーーー
 古事記
 ↓↑
 ┏火照命(ほでりのみこと)
 ┗海佐知毘古(うみさちびこ)
 (漁師)兄
 ↓↑
 ┏火遠理命(ほおりのみこと)
 ┗山佐知毘古(やまさちびこ)
 (猟師)弟
 ↓↑
 火遠理命(山佐知毘古)は
 道具の交換を
 火照命海佐知毘古)に
 申し出て交換した
 「釣針」で魚を釣ろうとしたが釣れず
 「釣針」を海の中に紛失
 兄も弟の「弓矢」では
 山の獲物を狩猟できず
 交換した自分の道具を
 返してもらおうとしたが
 弟が釣針をなくし
 自分の
 十拳劔(トツカのツルギ)から
 千の釣針を作って代償にしようとしたが
 兄は
 「自分の釣針を返せ」
 と云って受け取らなかった
 ↓↑
 弟が困り果て海辺で泣き悲しんでいると
 塩椎神(しおつちのかみ)がやって来て
 事情を聞き
 塩椎神は小船を造り
 火遠理命を乗せて
 綿津見神(わたつみ)の
 宮殿へ行くように言った
 ↓↑
 宮殿に着くと
 海神の娘の
 豊玉毘売命
 の侍女が
 水を汲みに外に出て来た
 火遠理命が水を求め
 侍女が水を器に入れて差し出すと
 火遠理命は水を飲まずに
 首にかけていた玉を
 口に含んでその器に吐き入れた
 玉が器にくっついて離れず
 侍女は玉のついた器を
 豊玉毘売命
 に差し上げ事情を話した
 豊玉毘売命は不思議に思い外に出て
 火遠理命を見つけ
 一目惚れ
 父の海神も外に出てきて
 彼は
 天孫
 「邇々芸命(ににぎ)」
 の子の
 「虚空津日高(そらつひこ)」
 であると言い
 豊玉毘売命と結婚させ
 火遠理命
 海神の元で三年間暮らした
 だが
 火遠理命がここに来た理由を思い出し
 海神に事情を話した
 海神は魚たちを集め
 釣針を持っている者はいないかと問うと
 赤鯛の喉に引っかかっていることがわかり
 それを取り出し
 火遠理命
 釣針
 鹽盈珠(しおみちのたま)
 鹽乾珠(しおひのたま)
 を差し出し
 「この釣針を兄に返す時
  『この針は
   おぼ針、すす針、貧針、うる針
  (憂鬱になる針
   心が落ち着かなくなる針
   貧しくなる針
   愚かになる針)の意』
  と言いながら
  手を後に回して
  渡しなさい。
  兄が高い土地に田を作ったら
  あなたは低い土地に
  兄が低い土地に田を作ったら
  あなたは高い土地に田を作りなさい。
  兄が攻めて来たら
  鹽盈珠で溺れさせ、
  苦しんで許しを請うてきたら
  鹽乾珠で命を助けなさい」
 と言った。
 そして
 「和邇(わに・鰐)」
 に乗せて送り帰した
 その「和邇」は今は
 「佐比持神(さいもちのかみ)」
 という・・・災(幸) 持ち?
 ↓↑
 火遠理命
 海神が云った通りに釣針を返し
 海神が云った事件が起き
 言われた通りに兄に対処実行して
 無事に乗り切った
 ↓↑
 火遠理命の帰国時
 豊玉毘売命は懐妊したが
 天神の子を
 海の中で産むわけにはいかないとし
 姫は
 陸に上がって
 浜辺に産屋を作ろうとしたが
 ↓↑
 茅草がわりの
 鵜の羽を
 葺き終えないうちに
 ↓↑
 産気づき
 屋根のない産屋に入り
 「他国の者は
  子を産む時には
  本来の姿になる。
  私も本来の姿で産もうと思うので
  絶対に産屋の中を見ないように」
 と彦火火出見尊に云ったが
 彼は産屋の中を覗いてしまった
 豊玉毘売命は
 「八尋和邇(やひろわに)」
 が腹をつけて
 蛇のごとくうねっているのを見て
 恐れ逃げ出した
 ↓↑
 姫は
 彦火火出見尊に覗かれたことを恥じ
 生まれた子を置いて
 海に帰ってしまう
 その生まれた御子を
 「天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命
 (あまつひこひこなぎさたけうかやふきあへず)」
 と言う
 その後
 御子を養育するために
 妹の
 「玉依毘賣」
 を遣わし
 託した歌を差し上げ
 互いに歌を詠み交わした
 ↓↑
 日本書紀第十段
 日本書紀巻二の本文
 ↓↑
 彦火火出見尊は深く憂(うれ)い苦しみ
 海辺に行って吟(さまよ)い
 そこで出会った
 塩土老翁
 「無目籠(まなしかたま)・・・潜水艇
  を作り
  彦火火出見尊を籠に入れて海に沈めた
  すると自然(おのず)から
  可怜小汀(うましおはま)
  に着き、そこで
  籠を棄てて進み
  すぐに海神の宮に行き着いた」
 ↓↑
 その宮は
 雉(たかがきひめがき)
 整頓(ととの)いて
 臺宇(たかどの)が
 玲瓏(てりかかや)いていた
 門の前の
 井戸のほとりに
 湯津杜(ゆつかつら)の樹があって
 枝・葉、扶疏(しきも)いて(広げて)いた
 彦火火出見尊
 がその樹の下に進んで
 徙倚(よろぼ)い
 彷徨(さまよ)っていると
 一人の美人(おとめ)が
 扉を開けて出て来た
 そして
 玉鋺(たまのまり=綺麗なお椀)
 に水を汲もうとしたので
 擧目(あお)いで見つめた
 そこで美人は驚いて帰り戻り
 その
 父母(かぞいろは)に
 「一(ひとり)の
  希(めずら)しき客(ひと)有り
  門の前の樹の下に在り」
 と申し上げた
 ↓↑
 海神は
 八重の畳を重ね敷いて招き入れ
 坐(まし)て
 定(しず)ませ
 来た理由を尋ねた
 彦火火出見尊は事情を話し
 聞いた海神が
 大小の魚を集めて問いただすと
 皆は
 「識(し)らず。
  ただ赤女(あかめ=鯛の名)
  比のごろ
  口の疾(やまい)有りて来たらず」
 と言う。召してその口を探すと
 失った釣針が見つかった
 海の宮に住んで三年
 故郷を思う心があり
 ひどく太息(なげ)き
 豊玉姫は父に
 「天孫(あめみま)
  悽然(いた)みて
  數(しばしば)歎く
  蓋(けだ)し
  土(くに)を懐しむ憂いありてか」
 と語った
 ↓↑
 飫企都鄧利・・・・・沖つ鳥
 軻茂豆勾志磨爾・・・鴨著く嶋に
 和我謂禰志・・・・・我が率寝し
 伊茂播和素邏珥・・・妹は忘らじ
 譽能據鄧馭登母・・・世の尽も
 ↓↑
 鴨の寄り着く島で
 我が床を共にした妻は
 決して忘れぬだろう
 我世ある限り
 ↓↑
 この後
 豊玉姫
 その子が
 端正(うるわ)きことを聞いて
 大いに憐れみの心を重ね
 また帰って養したいと欲うが
 義(ことわり)に
 於(お)きて
 可(よ)からず
 そこで女弟の
 玉依姫を遣わして
 養しに行かせた
 その時
 豊玉姫
 玉依姫に託して
 報歌(かえしうた)を奉った
 ↓↑
 阿軻娜磨廼・・・・・赤玉の
 比訶利播阿利登・・・光はありと
 比鄧播伊珮耐・・・・人は言へど
 企弭我譽贈比志・・・君が装し
 多輔妬勾阿利計利・・貴くありけり
 ↓↑
 紅き玉は
 輝けると
 人々は申しますが
 貴方の姿はそれにも増して
 壮麗に思います
ーーーーー
 ・・・まにまに・・・随処・随所・隨書媠人伝
    隨       「蛇・陀・佗・佞・它」
           隋書      俀国伝  
 鰐魚(わに)・鰐=魚+咢(顎)・・・
        顎=咢+頁
          吅+亏+頁
          口+口+一+丂+頁
          口+口+二+ㄣ(ㄅ・勹)+丆+目+ハ
 策(はか)りて
 「我は八日(やか)の以後(のち)に
  まさに天孫を海宮に致すべし。
  唯(ただ)し
  我が王(きみ)の駿)れたる馬は
  一尋鰐魚なり
  これまさに
  一日(ひとひ)の内に
  必ず致し奉らん
  故、今、
  我帰りて
  王をして出で来さしむ
  宜しく彼に乗りて
  海に入るべし
  海に入る時に
  海の中に
  自ずから可怜小汀有り
  其の汀の
  ↓↑
  隨(まにま)に・・・隋=まにまに
  ↓↑
  進まば
  必ず
  我が王の宮に至る
  宮の門の井の上に
  まさに
  湯津杜樹
  有るべし
  宜しくその樹の上に
  就(ゆ)きて
  居(いま)すべし」
 言ってすぐ海に入り去った
 そこで天孫
 鰐の言う通りに待ち留まり
 待って
 八日になった
 しばらくして
 一尋鰐魚
 がやって来たので
 乗って海に入る
 そのどれも
 以前の鰐の教えに
 従いおこなった
 ・・・・

ハリのムシロはウガヤフキアエズのムシロではない

 文字霊日記・3492日目

 6(六)月7(七)日の金曜日
 2024年6月7日15時金曜日
 2024年 干支41 甲辰(乙・癸・戊)年
 6  月 干支07 庚午(丙・・・丁)月
 7  日 干支39 壬寅(己・丙・甲)日
 1  時 干支38 辛丑(癸・辛・己)日

 「ムシロ」の同音のアテ名漢字に
 「篷(とま・苫・當麻)=筵・莚・蓆・寧ろ・簟・席」
 があるが
 「蚊帳(かや)」
 や
 「敷物=蓙・茣蓙=ござ=厶」・・・ム=ござ?
 の材料は 「かや=茅・萱・榧」
 ・・・「ウガや葺き合えず」・・・?
 「鵜葺草葺不合命
 (うがやふきあえずのみこと)」
 「神武天皇」の父であり
 ↓↑
 父は「彦火火出見尊
    彦=立+ノ+彡
      亠+ハ+厂+彡・・・「ミ=み」
 ・・・彥=文+厂+彡
      亠+乂+厂+彡(サン・飾り・模様・髪が長い)
      亠+丿+厂+彡(サン・刷毛跡・爪痕・毛羽)
    彥=文(あや)+厂(がけ)+彡(サン・セン)
           彡=かみ・毛飾の畫文
            器物や文様の彩色
             光彩を示す記号的文字
            髪の毛や煙
            火花などの散らばる様子
            彪=虎+彡
            須=彡+頁=髯(ひげ)
             彣=文+彡
            彲=麗+彡=彨=丽+彡
                   一+冂+丶+彡
              一+冂+丶+鹿+彡
              一+冂+丶+广+比+彡
               チ・みずち
 ↓↑            黄色い竜・角のない竜
 母は「豊玉姫
 名前の由来
 母が出産の際に
 鵜の羽で
 屋根を
 「ふ(葺)こう」としたが
 「ふ(葺)き合えず」
 その最中の
 産屋で
 生まれた・・・
 ・・・ことによる・・・???
 「鸕鶿草葺不合尊
 (うがやふきあわせずのみこと
  うがやふきあえずのみこと)
 「ウガヤ付記合えず」
  得何や付記合えず
  餧(ウ)=食+委
       食+禾+女
       イ・ダイ
       飼う・養う
       動物や人に食べ物を与える
       その食べ物・餌(えさ)
       飢える・ひもじい
       魚の肉が腐る
  虎に餌としてやる肉
  虎に餌をやるために(他の)肉を取る
  以肉餧虎
  肉を以て、トラに与(餧)える
  役に立たない単なる犠牲
  呉淑・呂蒙の伝記
  「虎の耳に肉を食べさせたいのです」・・・?
  「韓迅悦・韓紀 文帝」
   比喩
  無駄死にとして送られる
  肉で虎を食べ
  肉で蟻を取り除き
  肉でハエを追い払い
  ・・・猛獣の虎に肉を与えてドウするの?
  委=禾+女
    イ
    ゆだねる・・・ユダをネル?
    おく
    くわしい
    すてる
    まかせる
    ゆだねる・まかせる
    思いのままにさせる
    詳しい・こまかい・つぶさに
    すてる・おく・すておく・ほうっておく
    人の動作などが
    ゆったりと落ち着いているさま
    美しいさま
    人に任(まか)せる、任せて成すがままにさせる
    ゆだねる、他に任せて自らは何もしない
    曲がる、曲がったまま、きちんとしていない
   「穂(禾)が弱々しく(女)垂れる、垂れたまま」の意
    曲がったものの先(さき)
   「垂れた穂先」の意
   「禮記:學記・三王之祭川也
          皆 先河而 後海 或源也
          或 委也 此之謂務本」
    ものの末端まで詳しく
    細部まで確かに
   「委曲イキョク」
    婑=女+委
      ワ
      しなやか・たおやか
      はべる・かしずく
      侍女
    α+委(禾+女)
    倭 唩 婑
    𡣉=女+畏(イ)
        畏=おそれる
         かしこい
         かしこまる
         こわがる・おそれおののく
         敬服する・たちすくむ
         恐ろしいめにあう
         危険な体験をする
         かしこまる・つつしむ
    𡯵 㞜 崣 𡹜
    𡯵=尢+委
      㞂=尢+妥
        タイ
        㞇𡯵(ワイタイ)
        脚(あし)の関節や筋肉が
        麻痺(マヒ)したりして痛む病気
    巍 𡿁 𡿆 㣦 捼 腇 㮃 𣨙 涹
    犩=魏+牛
      ギ
      巨大な野牛
    㹻 瓾 痿 矮
    𥓔=石+委=イ
         ごろごろと石が転がっていて
         凸凹(でこぼこ)しているさま
         =𥓔磈(イカイ)
         =碨・𥔃
    䅗 䆧
    𥪍=立+禾+女
    緌=糸+委
    䍴 𦓽 萎 䔀
    蘶=艹+魏(委+鬼)
    蜲=虫+委=中+ム(よこしま)+委
    覣=委+見=イ・和やかな目付きで見る
      覤=虎+見=ケキ・キャク
      トラに出会ったりトラの尾を踏んで
      驚き恐れるさま、びくびくするさま
      覤覤(ケキケキ)
     =虩=ッ+日+小+虎
    諉=言+委=イ・ジ
          かこつける・事寄せる
          ゆだねる・他人に物事を任せる
    踒=足+委=ワ
          足の骨を折る・捻挫する・骨折する
    𨄖 躷 逶 𨡌 錗 䫋 䬐
    𩗯 餧 𩡊 䰀 魏
    鯘=魚+委=ダイ
          あざる・くさる
          魚が腐る
        =餒=食+妥
    䴧=鹿+委
  
  鸕鶿草葺不合尊
 (うがやふきあわせずのみこと
  うがやふきあえずのみこと)
  日本神話の神
  地神五代の5代目
  日向三代の3代目
  神武天皇の父・・・?

  父は
  彦火火出見尊(火折尊、山幸彦)
  の子
  母は豊玉姫
  『先代旧事本紀
  異母弟
  「武位起命」
  叔母の玉依姫との間に
  彦五瀬命稲飯命三毛入野命
  彦火火出見尊神武天皇
  父と末子は
  同名の
  「彦火火出見尊
  吾平山上陵に葬られた

  鵜戸神宮(宮崎県日南市)
 「ウガヤフキアエズ
  生誕時の産屋の跡・・・

  名
  彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
 (ひこ なぎさたけ うがやふきあえず の みこと)
  『日本書紀
  天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命
 (あまつひこ ひこ なぎさたけ うがやふきあえず の みこと) 
  『古事記
  彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
 (ひこ なぎさたけ うがやふきあえず の みこと)
  『先代旧事本紀
  彦瀲尊
 (ひこなぎさ の みこと)
  『古語拾遺
 ・・・
  鸕鶿草葺不合尊が誕生した産屋は
  全て鸕鶿(う)の羽を
  草(かや)として
 「ふ(葺)い」たが
  屋根の頂上部分を
  いまだふき合わせないうち
  に生まれ
  草(かや)につつまれ
  波瀲(なぎさ)にすてられた。
  母親の
  豊玉姫
  「彦 波瀲 武 鸕鶿草 葺不合
  (ひこなぎさたけうかや ふきあえず)」
  と名付けた・・・
  「彦(びこ・ゲン)
   波(なみ・は)
   瀲(レン・うかぶ・みぎわ
     水に浮かぶ・ゆらゆらと浮かぶ・漂う
     みぎわ・なぎさ・波打ちぎわ)
    =氵+斂・・・収斂=複数の物が
           互いに異なる性質・指標などを
           持っている状況から
           変更・移行を起こし
           同質化・同等化・相似化
           互いの性質等の差を無くす方向
           に進むこと
        ・・・修練・鍛錬
           ・・・鍛える=釟・・・金八先生
     澰+攵
     氵+僉+攵
     氵+亼+吅+从+攵
     氵+人+一+口+口+人+人+攵
   武」
  「穿(うが)って考えれば付記合えず」
  ・・・何と付記合えずなのか・・・???
  ↓↑
  事績は『日本書紀』『古事記』ともになく
  系譜上のみの存在
  ↓↑
 「胡瓜(きゅうり)」は「窮理・九里・究理」で、
 「九十九(99)里浜」
 は
 「千葉県
  房総半島
  東岸」
 にある
 「刑部」岬と
 「太東」崎の間の
 太平洋に面している
 全長約「六十六(66)」キロメートルの海岸
 日本の
 「白砂青松100(百)選」
 「渚百(100)選」
 に選定
 「房総半島」の地形
 は海沿いの砂浜が
 「白い帯」のように続いて
 名称由来は
 「古名が玉浦(玉の浦)」
 「源頼朝の命令」
 で一里ごとに矢を立てたところ
 「九十九」本に達した・・・
 「房総半島」の地形は
 ・・・ボクには「トリかヘビ」
 「観音様の姿」にもみえる・・・?
 ↓↑
 参照「2020-09-20」の日記
 ↓↑
 Snouさんに曲を造って貰った
 ↓↑

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 ↓↑
 サラスヴァティーは弁財天
 妙なるヒビキはビワの音
 妙なる歌の声はアマゾネス
 オットとととッは
 ブラフマー
 ↓↑
 白い肌
 ヒタイに三日月
 4本の腕に
 数珠とヴェーダとヴィーナ
 ニホンじゃないョ
 読む本だ
 白い蓮華に白孔雀
 サラスヴァティーだって
 ↓↑
 あやまち
 あやまつ
 あやまて
 あやまれ
 あやまる
 つみ・とが・しくじり・よこしま
 川の女神
 スジャーター
 ホトケを救ったって
 ↓↑
 流れの音は
 おしゃべり、ささやき、ウタウタウタ
 サトリはコトダマの中にある
 ヴァーチ
 文の字の女神
 ガーヤトリー
 は讃美歌
 ↓↑
 本地に垂迹
 宗像女神
 タカラ舟には
 いちきじまのムスメ
 セオリツヒメ
 弁才天
 ↓↑
 うかのみたまは
 うがやふきあえず
 みごとは
 ウガッテも付記合えずだってさぁ~
  ↓↑
  バステト(Bastet)
  古代エジプト語: bꜣstjt
  コプト語: Ⲟⲩⲃⲁⲥⲧⲉ, Oubaste
  バスト=エジプト神話の「ネコ女神」
  ↓↑
 「ブバスティスの女主」 
  ↓↑
 「バステト」は猫の女神
 初めは猫ではなく
 雌ライオンの頭部を持った姿
 紀元前1000年頃
 猫の姿
 猫の頭部を持つ人間の姿
 とされるようになった
 人間の姿の場合は
 手に
 「シストラム」という
 楽器(ガラガラのような楽器)
 盾、籠
 を持っている
 エジプト先王朝時代
 紀元前6000年頃
 ヒエラコンポリス
 の貴族の墓より猫の骨が発見
 紀元前4000年紀後半
 家畜化されていた
 ↓↑
 バステト
 は
 太陽神ラーの娘
 あるいは
 妹や妻とされる・・・
 しばしば雌ライオンの頭を持つ
 「テフヌト」
 「セクメト」
 「ハトホル」
 といった他の女神と同一視された
  ↓↑
 「バステト」
 は
 「ラー」
 が人間を罰するために
 自らの「左目」を抉(えぐ・ケツ・ケチ)って
 地上に送り出し大殺戮を行なった女神
 で
 「ラーの目」といった物語に属する
  ↓↑
 「テフヌト」と同一視された関係で
 「アトゥム」
 の娘となり
 「アトゥム」の敵である
 「アペプ」を倒すものとも見做され
 天空の神という性格を得
 さらに
 「ハトホル」とも同一視され
 音楽の神・・・
 ↓↑
 後代
 創造神
 「プタハ」
 の妻
 ライオンの姿を持つ神
 「マヘス」
 は
 「バステト」
 の息子
 「アヌビス」
 も時として
 「ネフティス」ではなく
 「バステト」の息子であるとされる
  ↓↑
 「バステト」崇拝の中心地
 下エジプトの
 ブバスティス
 「バステト」
 はブバスティスの地方神であった
 猫はバステトの聖なる獣とされ
 ミイラ化した状態で
 多数の猫が地下墓地に埋葬
 他の崇拝地
 メンフィス、ヘリオポリス
 テーベ、レオントポリス
 ヘラクレオポリス
  ↓↑
 「王の乳母」
 として
 ファラオの守護者といった役割を持ち
 人間を病気や悪霊から守護する女神に変わった
 多産のシンボル
 豊穣や性愛を司り
 音楽や踊りを好む
 「蛇の首を刎ねる者」
 とされ家庭を守ると信仰
 ギリシア人は
 バステトを
 人間を罰し
 子供を守るという
 アルテミス
 享楽と情愛の神
 アプロディーテー
 と比較した・・・
  ↓↑
 「クトゥルフ神話」にも登場し
 猫たちから信仰されたり
 残忍な人喰いの邪神として描かれる・・・

 

「水神」として祀る「大久保神社」が 福島県郡山市にある・・・?

 文字霊日記・3491日目

 白水郎(はくすいろう)
 海上交通の役を司ったもの
 白水の漁夫の意
 日本との交通に当たっていた
 鄮県(揚子江河口付近)の
 白水郎に
 「アマ」
 の表記に用いたものであると記載

 男女の「あま」
 の漢字での使用法
 「白水郎(あま)」
  とし
  男を海士(あま)
  女を潜女(かずきめ)
  海士(あま)=日本だけの呼称・・・
  海士・・・帝国日本の「海軍士官」・・・?

 江戸時代
 「和漢三才図会」
 裸潜水漁労者すべてを
 「蜑人(あま)」・・・「延=廴+丿+止」+虫
               廴=いそ・ひく               
             涎=氵+延長・・・海
             筳=竹+延長・・・本州
 熟語
 圧延(アツエン)
 生き延びる(いきのびる)
 延引(エンイン)
 延延・延々(エンエン)
 延会(エンカイ)
 延期(エンキ)
 延焼(エンショウ)
 延伸(エンシン)
 延寿(エンジュ)
 延髄(エンズイ)
 延性(エンセイ)
 延滞(エンタイ)
 延着(エンチャク)
 延納(エンノウ)
 延泊(エンパク)
 延発(エンパツ)
 延命(エンメイ)
 落ち延びる
 外延(ガイエン)
 食い延ばす・食延ばす
 先延ばし
 順延(ジュンエン)
 遷延(センエン)
 遅延(チエン)
 逃げ延びる・逃延びる
 延縄(はえなわ)
 延いては(ひいては)
 間延び(まのび)
 延長(エンチョウ)
 繰り延べる・繰延べる(くりのべる)
 延頸鶴望(エンケイカクボウ)
 延頸挙踵(エンケイキョショウ)
 延年益寿(エンネンエキジュ)
 延年転寿(エンネンテンジュ)
 延命息災(エンメイソクサイ)
 延陵季子(エンリョウノキシ)
 美意延年(ビイエンネン)
 悪は延べよ
 足を延ばす
 一寸延びれば尺(しゃく)
 一寸延びれば尋(ひろ)
 一寸延びれば尋延びる(ひろのびる)
 今日できることを明日まで延ばすな
 事が延びれば尾鰭(おひれ)が付く
 善は急げ
 悪は延べよ
 手を延ばす

 α+延+β
 霆=雨+延(廴+ノ+ト+丄)=いかづち=雷
 誕=言+延(廴+ノ+ト+丄)=誕生・生誕
 涎=氵+延(廴+ノ+ト+丄)=よだれ
 莚=艹+延(廴+ノ+ト+丄)=むしろ・筵
 㝚=宀+延(廴+ノ+ト+丄)=ウ・宇宙の延長?
 郔=延(廴+ノ+ト+丄)+阝=エン・春秋時代
             (前770年~前5世紀)
              鄭(テイ)国
             (前806年~前375年)
              にあった古地名
 埏=土+延(廴+ノ+ト+丄)=エン・セン・はて・地の果て
              こねる・ねる・やわらかくする
 娫=女+延(廴+ノ+ト+丄)=エン・女の字(あざな)
              みめよい・うつくしい
 挻=扌+延(廴+ノ+ト+丄)=セン・のばす・ひきのばす
              こねる・やわらかくする
              取る・奪い取る
 狿=犭+延(廴+ノ+ト+丄)=エン
              獌狿(マンエン)=狸に似た獣
 唌=口+延(廴+ノ+ト+丄)=セン・ゼン・タン・ダン・エン
              なげく・嘆く
              しぶき・よだれ
              何度も讒言(ザンゲン)する
 梴=木+延(廴+ノ+ト+丄)=テン・木がまっすぐ伸びて長いさま
 烻=火+延(廴+ノ+ト+丄)=エン・セン・テン
              光がのびる・光が起こる・光
 脠=月(肉)+延(廴+ノ+ト+丄)=セン・テン
              ししびしお
              細切りにした生肉の塩漬け
              魚の塩辛
 硟=石+延(廴+ノ+ト+丄)
  =丆+口+廴+丿+止=セン
           転がしながら押し延ばして
           布の艶(つや)を出す
           皴(しわ)を延ばすための石
           通雅:卷三十七:衣服
           石輾 之 曰硟
           硟 以石輾 繒色光澤也
           鏝・アイロン
 䘰=衤(衣)+延(廴+ノ+ト+丄)=セン・エン・振袖?
 䀽=目+延(廴+ノ+ト+丄)=セン・エン
              振り返って見る
              振り返っては進み
              進んでは振り返る
             =𥆊=𢌨=𨕐
 綖=糸+延(廴+ノ+ト+丄)=エン・セン
              冕(ベン・かんむり)を覆う
              黒色の布で包まれた方形の板
              のびる・ゆるくなる
              細い糸
 𦧝=舌+延(廴+ノ+ト+丄)=テン・𦧝𦧴(テンタン)
                 言葉が正しくないさま
 蜒=虫+延(廴+ノ+ト+丄)=エン
              蚰蜒(ユウエン)=ゲジゲジ
              蜒蚰(エンユウ)=なめくじ
              祝蜒(シュクエン)=やもり
              うねうねと長いさま

 蜑=延(廴+ノ+ト+丄)+虫=タン・あま・えびす
              中国南方に住む異民族
              日本語
              あま・海人・漁師

 筵=竹+延(廴+ノ+ト+丄)=エン・せき・むしろ
              たかむしろ
              竹を編んで作ったむしろ
              しきものの総称・・・史記物?
              座席・せき・ところ・場所
 鋋=金+延(廴+ノ+ト+丄)=エン・セン
              柄の短い小さな矛・てぼこ
              ほこで刺す・刺し殺す
 䩥=革+延(廴+ノ+ト+丄)=タン・ダン・テン
 駳=馬+延(廴+ノ+ト+丄)=タン・ダン・鞍をつけていない馬
 鯅=魚+延(廴+ノ+ト+丄)=セン・シン
              魚醤(ギョショウ)
              魚のひしお・しおから
 䗺=延(廴+ノ+ト+丄)+虫虫=エン・タン・ダン
  ↓↑
 「白水郎(あま)」・・・新羅の潜水夫?
  とし
  男を海士(あま)
  女を潜女(かずきめ)
  海士(あま)=日本だけの呼称・・・

 「白水郎」の歌十首
 「万葉集巻十六」
 「筑前国の志賀
     の白水郎
     の歌十首」

   右は
   神龜年中に
   大宰府
   筑前
   宗像郡の百姓 
   宗形部
   津麻呂
   を差して
   對馬送粮の舶の
   抱師(かじとり)に宛つ。
   時に
   津麻呂
   滓屋の郡志賀の村の
   白水郎(あま)
   荒雄の許に詣りて
   語りて 曰はく
   「我小事有り
    けだし許さじか」
   と云ふ。
   荒雄
   答へて 曰はく
   「我郡を異にすといへども
    船を同じくすること日久し。
    志は兄弟より篤く
    殉死することありとも
    豈また
    辞(いな)びめや」
   といふ。
   津麻呂 曰はく
   「府の官(つかさ)
    我を差して
    對馬
    送粮の舶の
    抱師(かじとり)に宛てたれど
    容齒衰老して
    海路に堪へず。
    ことさらに来りて
    祇候(シコウ)す。
    願はくは
    相替(か)はる
    ことを垂れよ」・・・・垂(た)れよ=話せ
   と云ふ。
   是に荒雄、許諾(ゆる)し、
   遂にその事に従ふ。
   肥前
   松浦の縣の
   美祢良久(みねらく)の崎より
   舶を發(い)だし
   直に
   對馬をさして海を渡る。
   すなはち
   忽(たちまち)ちに・・・コツ・コチ・ゆるがせ
   天暗冥くして
   暴風に雨を交へ
   竟(つい)に
   順風無く
   海中に沈み没(い)りき。
   これに因りて
   妻子等、犢慕にあへずして
   此の謌を裁作る。
   或は
  「筑前國守
   山上憶良
   妻子の傷(いたみ)を
      悲感(かな)しび
   志を述べて
   此の謌を作るといふ。

 王の遣(つか)は
 さなくに
 さかしらに行きし
 荒雄ら沖に袖振る(3860)

 荒雄らを
 来むか
 来じかと
 飯(いひ)盛りて
 門に出で立ち
 待てど来まさず(3861)

 ・・・「岸壁の母」・・・

 志賀の山
 いたくな
 伐りそ
 荒雄らが
 よすかの山と
 見つつ偲はむ(3862)

 荒雄らが
 行きにし日より
 志賀の
 海人の
 大浦田沼は
 寂しくもあるか(3863)

 官(つかさ)こそ
 さしても
 遣らめさ
 かしらに行きし
 荒雄ら波に
 袖振る(3864)

 荒雄らは
 妻子(めこ)の産業(なり)をば
 思はずろ
 年の八年を待てど
 来まさず(3865)

 沖つ鳥
 鴨とふ
 船の帰り来ば
 也良(やら)の崎守
 早く告げこそ(3866)

 沖つ鳥
 鴨とふ船は
 也良の崎
 廻(た)みて
 漕ぎ来と
 聞こえ来ぬかも(3867)

 沖行くや
 赤ら小船に
 裏(つと)遣らば
 けだし
 人見て開き見むかも(3868)

 大船に
 小船引き添へ
 潜くとも
 志賀の
 荒雄に
 潜き逢はめやも(3869)

 潜=潛(氵+兂兂+日)=濳(氵+先先+日)
       兂=簪(かんざし・髪挿し・櫛)
  =氵+替
   氵+㚘+日
   氵+夫+夫+日
   氵+二+人+二+人+日
   氵+一+人+一+人+日
   セン
   ひそ(む)
   もぐ(る)
   くぐ(る)
   水中にもぐる
   ひそむ。ひそめる・・・前島 密
   かくれる。かくす。
   ひそかに。ひそむ。こっそりと。人知れず。
   心をしずかに落ち着ける。深く集中する。
   深い。水の深いところ

 前島 密(まえじま ひそか)
 1835年2月4日
 天保六年一月七日
  ~
 1919年
 大正八年4月27日

      大運1915年5月(80歳)丙戌・劫財
                破
 甲午(丙 丁)印綬・比肩建禄⇔己未・食神・支合・丙
 丁丑(癸辛己)比肩・食神 墓⇔戊辰・傷官
 丁卯(甲 乙)  ・偏印 病⇔己酉・食神・冲
 辛丑(癸辛己)偏財・食神 墓⇔乙丑・偏印
  戌亥空亡

 官僚・政治家・教育者
 華族
 位階勲等爵位 従二位勲二等男爵
 本姓 上野
 幼名 房吾郎
 諱  巻退蔵
    密
 通称 来輔
 号  如々山 翁鴻爪

 出身地 越後
 近代郵便制度の主要な創設者の一人
 「日本近代郵便の父」
 大蔵省 駅逓頭(郵政大臣総務大臣
 逓信省次官
 「郵便・切手・葉書・小包・為替・書留」
 などの
 名称を定めた
 1円切手の肖像人物
 東京専門学校
 早稲田大学
 の建学に関係
 早稲田大学
 第2代校長
 
 漢字廃止
 を
 建議

 1866年(慶応二年)
 「漢字 御廃止 之 議」
 という建議書を
 将軍
 徳川慶喜
 に提出
 学問を広めるため
 難しい漢字の使用をやめるべきという趣旨
 日本の国語国字問題について
 言文一致を提言した歴史的な文献
 土産の絵草紙と三字経を甥に教え
 漢字教育の難しさを痛感
 漢字廃止を思い立った

 1862年文久二年)
 長崎で
 チャニング・ウィリアムズ(立教大学創設者)
 から英学の教えを受け
 郵便制度に加え
 漢字廃止論も
 ウィリアムズから示唆を受けた・・・

 江戸遷都
 建言

 大久保利通の大阪遷都論を読み
 大久保に東京遷都を実現
 七月
 江戸は東京と改名
 九月
 天皇は東京行幸
 江戸城が皇居となった

 鉄道敷設
 立案
 
 1870年(明治三年)
 上司の
 大隈重信
 から
 鉄道の
 建設費と営業収支の見積りを作るよう命じられ
 精密な計画案
 「鉄道臆測」を作り上げた
 1872年(明治五年)5月
 品川~横浜間に鉄道が仮開業
 1872年(明治5年)9月
 新橋~横浜間の正式開業

 郵便創業

 1871年(明治四年)
 三月一日(新暦4月20日
 東京~大阪間
 官営の郵便事業開始
 1870年(明治三年)から
 11年間
 郵政の長として事業育成にあたり基礎を築いた

 新聞事業
 育成

 1871年(明治四年)12月
 新聞雑誌の低料送達
 翌年6月
 自ら出版者を勧誘し
 太田金右衛門
 に
 郵便報知新聞(報知新聞)
 を創刊させた
 1873年(明治六年)
 記事の収集を容易くするため
 新聞の原稿を無料で送れるようにした

 陸運元会社
 創立

 江戸時代から
 定飛脚問屋(じょうびきゃくどんや)
 は
 郵便事業に強く反対していたが
 前島密の説得を受け入れ
 1872年(明治五年)6月
 日本通運株式会社の前身
 陸運元会社
 を設立
 全国の宿駅に誕生した陸運会社を統合
 郵便輸送を中核として
 貨物専門の近代的な通運会社として発展

 海運政策
 建議

 函館で
 自ら廻送業者の手代に加わって
 実務を体験
 1872年(明治五年)
 日本帝国郵便蒸気船会社
 誕生
 1875年(明治八年)
 大久保利通
 前島密の建言によって
 画期的な海運政策を建て
 岩崎弥太郎
 の
 郵便汽船三菱会社(三菱商会)
 を補助、政策を推進
 日本郵船株式会社の前身
 
 郵便為替
 開始

 1875年(明治八年)1月
 郵便為替
 郵便創業の翌年
 郵便為替の実施が必要だと建議後
 4年でその創始

 郵便貯金
 開始

 1875年(明治八年)5月
 東京横浜の両地で郵便貯金の取り扱い開始

 訓盲院
 創立

 1876年(明治九年)
 視覚障碍者の教育を目指す
 楽善会に入会し
 杉浦譲
 など同志たちとともに私金を出し合い
 訓盲院の設立に尽力
 1879年(明治十二年)
 完成
 後 文部省へ移された
 前島は引き続き同校の役員として
 長くその運営発展に力を注いだ
 「訓盲院」
 筑波大学
 附属
 視覚特別支援学校
 の前身

 勧業博覧会
 開催

 大久保利通
 前島の業博覧会を開催を取り入れ
 内務省の所管として
 1877年(明治十年)
 東京上野
 第一回
 勧業博覧会
 開催
 前島を
 審査官長に命じた

 日本海
 掖済会
 創立

 1880年(明治十三年)
 海員の
 素質の向上
 保護救済
 などを目的とした
 日本海員掖済会
 を発足させ
 海員の寄宿と乗船の仲介を行った
 海員養成
 無料職業紹介
 診療事業
 を行ない
 殉難職員の遺族に対する
 慰藉
 海員の
 養老扶助まで事業を拡大

 東京専門学校
 創立

 1882年(明治十五年)
 早稲田大学
 前身
 東京専門学校
 創立
 学問の独立を主張する
 大隈重信
 の発意で生まれたが
 前島 密
 創立に参画してこれを助け
 後
 1887年(明治二十年)
 校長に就任

 電話通信
 開始

 1890年(明治二十三年)12月
 東京横浜市内と
 その相互間で
 初めて
 電話の交換業務が開始
 1883年(明治十六年)以来
 官営にするか民営にするか議論
 前島密
 1888年(明治二十一年)
 逓信大臣だった
 榎本武揚
 の依頼で
 逓信次官に就任し
 官営に意見を統一
 電話事業を開始
ーーーーー
 大久保 利通(おおくぼ としみち)
 文政13年8月10日
 1830年9月26日
 ~
 明治11年
 1878年5月14日

      大運1875年1月(44歳)庚寅・正官
 庚寅(戊丙甲)正官・劫財帝旺⇔戊寅・正財
 乙酉(庚 辛)比肩・偏官 絶⇔丁巳・食神・三合辛
 乙未(丁乙己)  ・偏財 養⇔壬辰・印綬
 丁丑(癸辛己)食神・偏財 衰⇔辛丑・食神
  辰巳空亡

 碁(ご)が大好き人間
 肖像写真好き
 頭頂部に大きな禿(はげ=兀=ゴチ=語知)?
 コンサバティブ(conservative)
 「保守的・守旧的・無難・控えめな・保守主義者」
 大久保利通
 「水神」として祀る
 「大久保神社」が
 福島県郡山市にあり
 「大久保様の水祭り」
 が
 毎年9月1日に執行

 前島密
 「よく人にも計り
    人の言も容れた人で
  一事を裁断するにも
  念には念を入れる流儀だったが
  ただ裁決した以上は
  もう何事が起こっても
  気が迷うの
  躊躇するのということは
  なかった」

 参照、参考は
 by『ウィキペディアWikipedia)』

 

変 貌 観 客

 文字霊日記・3490日目

 囲繞(イニョウ)
 之繞(シンニョウ・シンニュウ)
 走繞(ソウニョウ)
 囲繞(イジョウ)
 繞(ニョウ)
 人繞(ニンニョウ)

 旋転囲繞(センテンイジョウ)
 之繞を掛ける(シンニュウをかける)

 アメの「偏旁冠脚」

 ヘンボウカンキャク
 変 貌 観 客

 アメの「垂構繞土」・・・繞=辶・辵
            樽や桶に箍を懸ける
 偏旁冠脚
 偏・旁・冠・脚・構・垂・繞

 垂(スイ)=厂・尸・广・戸・疒
 繞(ニョウ)=漢字の左側から下にかけて
        位置する構成漢字
       「辶・辶・廴・辵・走・赱・之」
        凵・乚・鬼⇔儿
        麦・麥
 尭=尧
 堯=垚+兀
   土土土+一+儿
   十一十一十一兀
   三十三
   兀(禿・はげ・コツ・ゴツ・ゴチ・たかい)

 スイコウニョウ
 遂 行 女(おんな)・囁(ささやく)
 推 敲
 推 考
 水 耕
 水 工
     繞=ニョウ
       ニョウ=佞=へつらう・おもねる
           侫=へつらう・おもねる
           女=おんな・め
           孃=むすめ
           嬢=むすめ
           嫋=たおやか・しなやか

           嵶=えあお・たわ=国字
           溺=おぼれる・溺愛・溺死
           搦=からめる・絡める
           愵=うれえる・愁える
            
           嬲=なぶる・・・名振る・るび?
           嫐=なぶる・・・名振る・るび?
           ???
     繞=糸+堯=まとわる・まつわる・めぐる
           まきつく・纏わりつく
           かこむ・絡み付く・
       幺+小+垚+兀(禿)・・・禿に鬘(かづら)
       幺+小+土+一+儿
      =辶・辵・乚

 𠭍=雨+又(右手・また)・・・交叉(差)点
     又=ウ         叉=又+丶
       ユウ
       また
       ふたたび
       さらに・そのうえ
       右=みぎ・右の手
       ゆるす=宥
       あるいは・もしくは
      =叹=口+又
       夜叉
        叉=サ・シャ・こまぬく・こまねく
          さす・また
          腕を組む
          はさむ・さしはさむ
          やす(扠)・さすまた
          先端が二股になった捕獲用具
          また・ふたまた
          笑面夜叉(ショウメンヤシャ)
 𠭍=雨+又=㪅=丙+攴(ボク・ホク)
   丙+攴
   未詳
   「龍龕手鑑:卷三:又部第三」

 𠭍=雨+又=丅+冂+⺀+⺀+又
   庚更二音
   「字彙補:子集:又部:𠭍」
   同「更」
  =更=一+日+丿+乀
    =㪅=丙+攴(ボク・ホク)
       丙=一+人+冂
         壹の人の冂(ケイ・キョウ)
         壹與    境  京
               乩  喬
 「𠭍」は
 「天」という部首が上部に配され?
  𠭍
 「白」という部首が下部に配されている
  ・・・???・・・そんな漢字アルのか?

 「𠭍」という文字は
 その特徴的な形状のために
 理解することが困難だと感じられ
 使用上
 誤解が生じることがある・・・?

 𠭎=又+口+又+口
   ケイ・ケ
   閉じていた戸や門を押し開く、押し広げる
   覆っていたものを取り払って明け放つ=啓
   「字彙補:子集:又部:𠭎」・「啟」

 𠭏=山+十+田+又
   事・亊・𤔇・𠁱
   シ・ジ・ズ・こと
   動作・現象・状態など形のないものを指す
   形のあるものは「物」
  「事情=ジジョウ(ことの様子)」
  「無事=ブジ(何事もないさま)」
   職(ショク)
   仕事や役割、業務や役目
  「說文解字:史部:事・職也」
   仕える・仕えて仕事や役目を果たす

 「更=𠭍=㪅=丙+攴(ボク・ホク)」・・・?
  更=一+申+乀(フツ)
   =丅+田+乂(ガイ・ゲ)
   =一+日+ノ+乀(フツ)
    さらに
 ↓↑
 音更(おとふけ)町(まち・チョウ)
 北海道十勝総合振興局内の町

 アイヌ語
 「オトプケ(毛髪が生ずる)」
 が地名語源

 十勝平野の中央部に位置
 南は
 十勝川を隔てて
 帯広市
 と
 幕別町
 北は
 士幌町
 西は
 鹿追町
 と
 芽室町
 東は
 池田町に隣接
 町内東部の南北に
 長流枝内丘陵
 音更川を中央に
 士幌川、然別川が
 北から南に流れ
 十勝川に注ぐ

 十勝(とかち)
 アイヌ語の「トカプチ」
 「乳房があるところ」
 に地名語源

 1858年(安政五年)
 「松浦武四郎
 がトカチ内陸を探検
 音更地内に立ち入る

 更=一+日+丿+乀
   コウ
   さら
   ふかす
   ふける
   ためる
   かえる
   あらためる・かえる。とりかえる
   新しいものにする
   こもごも・かわるがわる・たがいに
   へる・通り過ぎる・経験する
   一夜(日没から日の出まで)を
   五等分した時間の単位
   初更・二更・三更・四更・五更
   さらに・その上に
   さらに・決して・全く
   さら・新しい
   ふける・夜がふかまる

 苗字
 上更家=うえさらいえ・かみさらいえ
 大更=おおふけ・おおぶけ
 衣更着=きさらぎ・・・如月・卯月・木皿儀
 木更津=きさらつ・きさらづ
 更科=こうか・さらしな
 更田=こうだ・さらた・さらだ・ふけた・ふけだ

 地名
 音更(おとふけ)
 更屋敷(さらやしき)・・・皿屋敷
 上音更(かみおとふけ)
 更科(さらしな)
 中音更(なかおとふけ)
  中音更駅(なかおとふけえき)
  北海道河東郡士幌町字中音更にあった
  同鉄道の廃止で廃駅
 大野上更地(おおのかみさらじ)
 大野下更地(おおのしもさらじ)
 熟語
 会社更生法(コウセイホウ)
 更衣(コウイ)
     ・・・便衣兵(ベンイヘイ)
     一般市民と
     同じ私服・ 民族服などを着用し
     民間人に偽装して
     各種敵対行為をする軍人
     日中戦争で主に使用
     戦争・紛争当事国が
    「便衣兵」と同義の
    「隠れ戦闘員(ゲリラ兵)」
     と見なした「非合法戦闘員」
 更改(コウカイ)
 更新(コウシン)
 更新世(コウシンセイ)
 更正(コウセイ)
 更生・甦生(コウセイ)
 更迭(コウテツ)
 更年期(コウネンキ)
 殊更(ことさら)
 更更(さらさら)
 更地・新地(さらち)
 新湯・更湯(さらゆ)
 尚更(なおさら)
 二更(ニコウ)
 夢更(ゆめさら)
 夜更かし(よふかし)
 夜更け(よふけ)
 今更(いまさら)
 今更めく(いまさらめく)
 更訂(コウテイ
 衣替え・衣更(ころもがえ)
 更なる(さらなる)
 更に(さらに)
 深更(シンコウ)
 更かす(ふかす)
 更ける・深ける(ふける)
 変更(ヘンコウ)
 満更(まんざら)

 三老五更(サンロウゴコウ)
  高い徳を積んでいる長老

 除旧更新(ジョキュウコウシン)
  時代や状況に
  合わなくなった習慣・制度を
  よりよいものへと変えること
  古くなったものを
  新しいものへと変えることから
  「旧(ふる)きを除き
   新しきに更(か)う」

 自力更生(ジリキコウセイ)
  他人を頼りにせず
  自身の力だけで生活を改めて
  正しく立ち直ること
  犯罪を犯した者や
  経営の傾いた企業などが
  他の力を借りずに
  立ち直ること
  「自力甦生」

 貞女は二夫(ジフ)を
 更(あらた)めず

 満更でもない
ーーーーー