ないえごろうブログ

同音異義の探索

七支刀と蛇行剣・漆(柒)×漆(柒)=肆拾仇・・・ウルシにカブレる

 文字霊日記・3353日目

 「畏怖をもたらす基礎の家(Ziggurat of Ur)」
 ウル第三王朝
 通称「ウルのジッグラト」
    得留 字通俱覶譯
 ウ+(ら・り・る・れ・ろ)

 七支刀と蛇行剣・・・7×7=49
 七支刀と蛇行剣・・・漆(柒)×漆(柒)=肆拾仇・・・
 フクシュウのカイスウ・・・「漆身呑炭」・・・ウルシにカブレる

 ウル(Ur)史
 ↓↑
 家々は
 泥レンガ
 と
 泥の漆喰・・・・泥=氵+尼(尸+匕)
       漆=氵+木+𠆢+氺(水)
       喰=口+食(𠆢+良=飠・𩙿)
             ・・・良=′+艮
                 白+丄+メ
 で建てられた
 重要な建物は
 瀝青・・・瀝=氵+厤(广+禾+禾)+止(ト+丄)
 と
 葦で補強されたレンガが用いられた
 古代メソポタミア南部にあった古代都市
 ウバイド期(紀元前6500年~紀元前3800年頃)
 紀元前三千年紀
 ウル第1王朝
 紀元前一千年紀
 新アッシリア帝国
 新バビロニア帝国
 の支配下
 紀元前5世紀
 アケメネス朝で衰退
 イラク南部
 ジーカール県
 テル・エル=ムッケイヤル(Tell el-Muqayyar)
 が古代ウルの場所
 ウルはシュメールの都市国家
 ユーフラテス川が
 ペルシア湾に注ぐ河口に位置する都市だったが
 海岸線が移動し内陸となっている
 ユーフラテス川南岸にあり
 イラクの都市
 ナーシリーヤ(Nāṣirīyah)
     ・・・名知娌意也(耶・异)?
 から16キロメートルに位置する
 北緯31度02分38秒
 東経46度15分27秒
 ↓↑
 前3800年頃
 ウバイド期に創建
 前2600年頃に都市国家として
 文字史料に記録
 初出の文字史料に登場する王は
 「メスアンネパダ」
 である
 ↓↑
 守護神
 シュメールとアッカドアッシリアバビロニア)の
 月神ナンナ(アッカド語:シン)・・・何名・納名?
 都市の名
 UNUGKI
 という名前は
 「ナンナの住まう所(UNUG)」
 を意味
 ↓↑
 エ・テメン・ニグル
 (シュメール語 E-temen-nigur(u)
       E.TEMEN.NI.GUR(U).(RU)
 「畏怖をもたらす基礎の家(Ziggurat of Ur)」
 ウル第三王朝ウル
 通称「ウルのジッグラト」
    得留 字通俱覶譯?
 ↓↑

 ↓↑
 ウルの
 ジッグラトの遺構
 ナンナ神殿・・・
 このジッグラトは
 前21世紀の
 ウル・ナンム王の治世中に建設
 前6世紀
 バビロンの王
 ナボニドゥス
 によって再建
 ジッグラトの遺構
 南北1,200メートル
 東西800メートル
 現在の平野の面から約
 20メートルの高さになっている
 ↓↑

 ↓↑
 4世紀-東アジア情勢と倭国
   匈奴 羯 鮮卑  高句麗
    ↘ ↓ ↙ ↘ ↓
   羌→ 西晋   百済新羅
   氐↗      加羅伽耶
             ↖
              倭
 ↓↑
 羌=羊(⺷)+儿
   䒑+丨+一+儿
   丷+一+丨+儿
   キョウ・コウ
   キョウ
   えびす
   蛮族の名・異民族の名
   ああ・嘆息の声・発語の助字
   羗・𦍑・猐・獇・𠒌・𦍎・𡹽・𡸓・𡺛
   古くは主に
   青海省チベット西蔵自治区
   四川省西部
   (四川省北部)
   に生活していた少数民族の名
 ↓↑
 氐(テイ)=氏(うじ)+一(はじめ)
      =弖(テ)
      =𠂤(テ)
      =堆(タイ)
      =碓・臺・替・対
   テイ
   もと・根本・ふもと
   いたる
   低い=底
   二十八宿の一つ・ともぼし
 ↓↑
 羯=羊+曷
   羊+日+匂
   羊+日+匃
   羊+日+勹+匕
   羊+日+勹+亾
   カツ
   えびす
   去勢した羊
   中国の異民族の名
   羯鼓(カッコ)
   戎羯(ジュケツ)=異民族
   羯啼(ギャァテイ)
 ↓↑
 姜(きょ・かん・かんぐ・さい・きょう・ぎょう・き・しょう)
 春秋時代
 斉の国の公室の姓
 美しい娘・美女
 周代や春秋時代
 斉の国(姜姓)の娘が
 他の諸侯に多く嫁いだことから・・・
 ↓↑
 類字
 姜=⺷+女=薑
   䒑+丨+一+女
   丷+一+丨+女
   キョウ
   陝西省の川の名・姜水(キョウスイ)
   斉(セイ)の国の姓
   生姜(ショウガ)
    はじかみ・しょうが
   大根の皮取らぬ阿呆
   生姜の皮取る阿呆
   大根は皮をむかないとまずい
   生姜は皮をむくと
   食べるところが少なくなる
   物事の適正を知らない愚か者のたとえ
 ↓↑
 皛=白+㿟
   キョウ
   ハク
   明らかはっきりしている
   白い・純白
   叩く・打つ
 ↓↑
 七支刀(シチシトウ)
 奈良県天理市
 石上神宮に伝来の
 古代の鉄剣
 全長74.8センチメートル
 剣身の左右に段違いに
 3本ずつ、6本の枝刃を持つ
 剣身に金象嵌の銘文
 ↓↑
 石上神宮では
 「六叉の鉾(ろくさのほこ)」
 と呼び
 神田にその年はじめて苗を植える儀式に
 神を降ろす祭具として用いていた
 1874年(明治7年)
 同神宮大宮司
 菅政友
 水戸藩出身
 『大日本史』編纂に参加
 剣身の金象嵌銘文を発見
 ↓↑
 『日本書紀
 「七枝刀(ななつさやのたち)」
 との記述
 倭に対し百済朝貢した際に献上された
 権力や祭祀的な象徴として用いられた・・・
 文字史料の一つ
 『好太王碑』
 とともに4世紀の倭に関する資料
 ↓↑
 銘文
 刀身の
 表に34字
 裏に27字
 表裏併せて61字
 可読49字
 読めないもの4字
 8字はわずかな線画によって試読
 ↓↑
 〔表〕
 泰■四年■月十六日丙午正陽
 造百錬■七支刀■辟百兵宜供供
 (異体字、尸二大)王■■■■作
 ↓↑
 泰■四年十一月十六日丙午正陽
 造百錬■七支刀■辟百兵宜供供
 侯王■■■■作
 ↓↑
 〔裏〕
 先世(異体字、ロ人)
 来未有此刀
 百済■世■奇生聖
 (異体字、音又は晋の上に点)
 故為(異体字、尸二大)
 王旨造■■■世
 ↓↑
 先世
 以来未有此刀
 百濟■世■奇生聖
 音故為倭
 王旨造■■■世
 ↓↑
 解釈
 七支刀
 「百済王が倭王に贈った」との解釈が定説
 高句麗の圧迫を受けていた
 百済
 倭との同盟を求め
 贈られた・・・
 ↓↑
 「日本書紀
 百済が倭に対して
 複数回朝貢
 人質を献上していたことが記述
 「七支刀」献上に関して
 「日本書紀神功皇后摂政52年条」
 百済倭国の同盟を記念し
 神功皇后
 「七子鏡」一枚とともに
 「七枝刀」一振りが献上されたとの記述
 この年が
 372年で
 年代的に
 「日本書紀」と「七支刀」の合致
 ↓↑
 年紀解釈
 銘文の
 「泰■四年」の文字
 西晋
 「泰始四年」(268年)」
 東晋
 「太和四年」(369年)
 ↓↑
 「泰」は「太」と音通
 ↓↑
 「泰始四年」(468年)説
 西晋
 「泰始四年(268年)」
 ↓↑
 神功皇后摂政52年条(252年)
 百済の第8代の
 古尓王(在位:234年~286年)
 西晋の皇帝は
 世祖武帝
 司馬炎
 ↓↑
 〔表面〕
 泰始四年五月十六日丙午正陽
 造
 百練
 鋼
 七支刀
 㠯(以)
 辟
 百兵
 宜供供
 侯王
 永年大吉祥
 ↓↑
 〔裏面〕
 先世以来
 未有此刀
 百濟王
 世□
 奇生聖音(晋)
 故為
 倭王
 旨造傳示後世
 ↓↑
 2009年(平成21年)
 洪性和は七支刀について
 百済
 腆支王(在位405年~420年)
 が408年11月16日に
 跡継ぎ(久尓辛王)の
 誕生で初めてつくり
 409年に使臣を通じ
 倭王に渡されたものと主張
 4世紀~6世紀で
 11月16日が
 丙午の干支に当たる日
 腆支王4年(408年)
 「泰○」を百済の独自年号とみなす
 腆支王は太子であった時期に
 倭国に行った経験があり
 倭国
 女性(八須夫人)
 と結婚して
 「久尓辛王」を産んだ
 この時
 七支刀が
 百済から倭王に伝わったものと分析
 ↓↑
 『日本書紀
 「神功皇后52年九月丙子の条」
 百済が日本の使者
 「千熊長彦
 (『百済記』に
  「職 麻那 那加比跪」と表記)」
 に会い
 七支刀一口
 七子鏡一面
 種々の重宝を献じ
 友好を願ったと記録
 孫の
 「枕流王(生年不詳~385年)」
 も『日本書紀』の中に記述
 ↓↑
 神功皇后47年日本書紀
 247年(二運繰り下げ説では367年)
 に新羅百済の貢ぎ物を奪ったため
 千熊長彦が新羅を責めたとある
 ↓↑
 その二年後
 神功皇后49年春3月
 荒田別(あらたわけ)
 鹿我別(かがわけ)
 ら軍勢を派遣して
 卓淳国に至り
 新羅を討った
 さらに
 百済の将軍
 木羅斤資
 沙沙奴跪(ささなこ)
 らが
 荒田別らに協力し
 新羅軍をやぶり
 倭・百済連合軍は
 比自㶱、南加羅、㖨国
 安羅、多羅、卓淳、加羅
 などの七カ国を平定し
 比利、布弥支、半古
 などの四つの村を平定
 倭国によるこれらの事蹟に対して
 百済
 「肖古王」が
 「久氐(くてい)」らを派遣
 ↓↑
 神功皇后
 52年 秋九月丁卯朔丙子(9月10日)条
 百済の使である
 「久氐(くてい)」らが
 「千熊長彦」の引率で
 来倭し
 七枝刀(ななつさやのたち)
 七子鏡(ななつこのかがみ)
 および種々の重宝を
 倭国へ奉った
 そして
 『臣(百済)の西に河があり
 水源は谷那(こくな)の
 鉄山(かねのむれ)から出ています
 遠く、七日間でも到着できません
 この河の水を飲み
 この山の鉄を採り
 ひたすら聖朝(ひじりのみかど)
 に奉ります』
 と言った
ーーーーー
 ???

(ユカリとオジさんの世迷い言・2)

古代エジプトの神々(1)・絵字符都・『埃及』(1)・(42)

エメラルドブルーの謎  (碧き眼の人形伝説)  奈井江 五郎
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)
  +
 (表紙・画像・音楽)」の移転先・・・

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 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
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 モモちゃん
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 モウ君の総合目次
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コジキ姫赤い絨毯に乗る(m)
 ↓↑
 古事記と虎関師錬

 ↓↑
鉄腕アトムのロボット法を
思い出して
これを
貼り付けてみたけれど・・・
AIの記憶・・・まだ、若いみたい・・・
オジタリアンと「鉄腕あとむ」の「ポルカ」 (haa98940.wixsite.com)