ないえごろうブログ

同音異義の探索

「お市」昇天・天正十一年四月二十四日・越前北ノ庄城炎上陥落

 文字霊日記・3273日目

 暖冬ヨーロッパ
 弾頭の雨霰ウクライナ市民
 断頭台
 に登るのは
 禿のプぅ・・・

  ↓↑

 お市の方十市⇔壹與・・・十日市・・・市女笠
  ↓↑
 「ヂヂ=GG」が
 一所懸命に喚いていてウルさいが
 彼女の美しい声量で怒鳴り散らす響きが
 カラだに反応し
 笑いを誘い乍ら揺れだす・・・
 なんか、ウタ、ウタ、ウタだけに夢中な女の子の歌声・・・
 島津亜矢さんとコラボして歌ったら
 ドンな音響ハーモニーになるんだろう・・・
 https://www.youtube.com/watch?v=b_8FZ2yRBc8

  3月弥生・・・北海道も春の兆し、とはイかない・・・
      2023/3/1/01
    癸卯(甲 乙)正財・正官沐浴
    甲寅(戊丙甲)偏官・偏官長生
 ┏戊午(丙 丁)  ・印綬帝旺
 ┗癸丑(癸辛己)正財・劫財 養
    子丑空亡
    ↓↑
  「お市の方
 近江の戦国大名
 「浅井長政」の継室
 後に
 「柴田勝家」の正室
 小谷の方=小谷殿
  ・・・「小谷=こたに・おだに・こだに
      読み=こだに・おたに・こや
         南城市小谷(おこく)
         おなぶち
         おせ・おぜ
         おわせ=尾鷲=三重県尾鷲市
             熊野灘に面し
             全国で降水量多い
             面積の90%は山林
             木材の産地集積地
             海岸は リアス式海岸
             古くは「オワシ」
             近世から「オワセ」
         おわす=御座す・居る・有る・存在する
             小谷(うくく)は方言・・・?
     昭和29年市制施行時=「オワセ」
            「ヲ(高くなったところ)」or接頭語?
             +
            「鷲・雕・鵰」
             or
            「ハシ(端)」の転?
         おおたに・おたり
         うくく=得九句?」
     「小山=こやま・をやま
      おわせ=尾鷲=尾州・美醜・美洲」?
          尾張のワシ(鷲・和紙・和氏・倭至・倭史)
     「小碓=をウス=倭男具那=倭童男
        =倭建(ヤマトタケル)=大和武」
     「大碓=おほウス」
     「尾張・小張・尾割・終里」
      開墾地の名称
     「小治=をはる」
     「大治=おほはる」
   「多臣品治」
     ↓↑
     「小子部-連-鉏鉤」・・・鉏鈎
           鉏=金+且・・・鉬=金+目
            鉤=金+句
            鈎=金+勾
              金+勹+厶
     「ちいさこべのむらじさいち」
      尾張国司
      大海人皇子軍に
      20000人の兵を連れて参戦
      後に自害・・・?
     ↓↑
  多 品治
  死没 持統天皇10年 (696年) 8月?
         菟野皇女=鸕野讃良
  官位 小錦
  主君 天武天皇持統天皇
  氏族 多臣→多朝臣
  子 安万侶?・・・太安万侶
  ↓↑
  672年
 「壬申の乱
  尾張国司守
  大海人皇子天武天皇)側で
  参戦
 「小子部-連-鉏鉤」は
  内乱終結後に自殺・・・?
  ↓↑
  小子部連
  小子部(子部・宮中の雑務を務めた品部)
  の
  伴造家で
  多氏(多臣)の一族を称した
  天武朝の嫡流
  宿禰姓に改姓
  壬申の年(672年)6月24日
  大海人皇子
  挙兵
  吉野宮から
  伊勢国に入り
  27日
  美濃国に移動
  不破郡の郡司にさしかかったころ
  尾張国司守
 「小子部-連-鉏鉤」
  が2万の衆を率いて参加
  大海人皇子は鉏鉤を誉め
  その軍を分けて処々の道を塞いだ
  5月
  朝庭(朝廷)が
  山陵造営のためと称して
  美濃と尾張の人夫を動員
  武器を渡した
  大海人皇子を討つために
  国司に用意させた兵力が
  国司の判断で
  反乱側に参加・・・
  大海人皇子の勝利
  8月25日
  近江朝廷の重臣が処分
  これより前に
 「小子部-連-鉏鉤」は
 「山に隠れて自殺」
 大海人皇子
 「鉏鉤は功ある者である
  罪なくしてなぜ自殺したのか
  これは陰謀があったのか」
 と・・・
ーー↓↑ーー
 「織田信長」の妹
 「於市=お市姫=お市御料人」は
 『好古類纂』収録の
 『織田家系譜』に
 「秀子」という名・・・秀=禾+乃?
     閨秀・秀才・秀文・秀逸・秀歌
 で記録・・・
  ↓↑
 「於市の方」は
 天文十六年(1547年)
 尾張尾張国=尾治国
 那古野城内で生まれた・・・
 織田信長の妹(従妹?)
  ↓↑
 「於市の方」は
 信長とは
 13歳離れている
 父 織田信秀
   の五女
 母 土田御前
   土田御前を生母とする説では
   信行、秀孝
  「お犬の方」は同腹の兄姉
 子
 茶々(豊臣秀吉側室)
 初(京極高次正室
 江(徳川秀忠継室)
 孫
 豊臣秀頼(茶々の息子)
 豊臣完子
 千姫
 徳川家光
 徳川和子(江の娘、息子)
 徳川和子
 後水尾天皇中宮
 その娘は
 明正天皇
 婚姻
 ↓↑
 永禄七年
 同八年十二月
 「六角承禎」・・・雪の結晶
          六角形=H2+O=水素+酸素+水素
 の命を受けた
 和田惟政
 織田・浅井両家の縁組に奔走したが
 長政側の賛同を得られずに一度頓挫
 永禄十年(1567年)九月
 長政側から
 美濃福束城主
 「市橋長利」・・・市の橋の長の利
 を介して
 信長に同盟を求めてきた時期
 または
 永禄十一年(1568年)一月~三月
 縁談がまとまって
 「お市」は
 「浅井長政
 に輿入れし・・・輿⇔與=与=與= Ꭼ+一+㇉+ ヨ+六
 織田家と浅井家は同盟
 長政は主家である
 六角家臣
 平井定武の娘との婚約を破談
 ↓↑
 2人の息子が居た・・・
 市との間に設けられた子供ではない・・・
 ↓↑
 元亀元年(1570年)
 信長が
 浅井氏と関係の深い越前国福井県
 朝倉義景を攻め
 浅井家と織田家の友好関係は断絶
 永禄十三年頃から
 織田家と浅井家が対立
 末娘の
 「江」
 に関しては小谷出生説に異論
 延宝七年(1679年)
 『安土創業録』(蓬左文庫所蔵)では
 小谷城を脱出したのは
 「市」と娘2人で
 岐阜で
 「江」を出産した・・・
 ↓↑
 天正元年(1573年)
 「姉川の戦い」で
 長政が敗北し
 天正元年(1573年)
 小谷城陥落
 長政とその父・久政
 自害
 「お市
 は3人の娘
 「茶々・初・江(江与)」
 と共に
 藤掛永勝
 によって救出され
 「お市」と三姉妹は
 伊賀国の兄
 信包のもとに預けられて庇護を受けていた・・・説
 ではなく
 尾張国守山城
 信長の叔父
 織田信次に預けられたという説
 天正二年九月二十九日
 織田信次が戦死し
 信長の
 岐阜城へ転居
 ↓↑
 天正十年(1582年)
 柴田勝家羽柴秀吉が申し合わせ
 清洲会議で承諾を得て
 柴田勝家と再婚
 婚儀は本能寺の変の4か月後
 八月二十日
 信孝の居城
 岐阜城において行われた
 同年
 京都の妙心寺
 信長の百箇日法要を営んだ
 天正十一年(1583年)四月
 羽柴秀吉
 柴田勝家
 「賤ヶ岳の戦い
 で敗北
 勝家は敗走して
 越前北ノ庄城に帰城
 秀吉はこれを急追して城を包囲
 勝家は、市に場外退去を勧めたが
 「お市」はこれを拒み
 三人の娘は
 富永新六郎という武士に預け
 「お市の方」は書状を添え
 秀吉のもとに届けさせた
 勝家と市、一族、直臣、女中衆は
 四月二十四日
 80名余で共に自害
 享年37
 辞世は
 「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の
  夢路をさそふ
  郭公(ほととぎす)かな」
 ・・・郭公・・・「郭務悰」?
 ↓↑
 墓所は西光寺(福井県福井市
 菩提寺
 如意輪山願応寺自性院(福井県福井市
 幡岳寺(滋賀県高島市
 高野山持明院
 戒名
 願応寺では
 自性院殿微妙浄法大姉
 東禅院殿直伝貞正大姉
 高野山持明院
 『江州浅井家之霊簿』
 照月宗貞禅定尼
 小谷城
 (滋賀県長浜市
  ・・・滋の賀の県の長の浜(濵=濱)
 小谷山山頂に
 旧跡がある
 ↓↑
 『朝倉家記』
 金ヶ崎の戦いの折り
 信長に
 袋の両端を縛った
 「小豆の袋」
 を陣中見舞いに送り挟み撃ちの危機を伝えた・・・
 ↓↑
 伝説
 三重県
 阿山郡
 阿山町伊賀市
 下友田
 浄光寺の稲増家の墓所
 浅井長政の墓碑
 稲増家の始祖
 治郎左衛門は浅井家の重臣
 浅井家滅亡ののち
 「日比」、さらに
 「稲増」と苗字を改め
 享保年間に入って
 伊勢・伊賀を支配する
 藤堂家に仕え
 伊賀忍術の皆伝を受けた
 同家の土蔵に
 「お市の方」の
 「のど(咽喉)仏」
 が納められていると伝えられている・・・
 ↓↑
 出典原文は
 フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)

  +

 (表紙・画像・音楽)」の

  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=7xgS0oJhhe8

 ↓↑
 モモちゃん
https://www.youtube.com/embed/W00rHNN2zMQ?

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

残酷非道一番・・・禿男「屁音黕」の壱年

 文字霊日記・3272日目

 イチの重なり&人物の重なり・・・2
 市女笠の市場・・・蚤の市・・・
 交響詩『禿山(はげやま)の一夜』
 露語Ночь на Лысой горе
 英語:Night on Bald Mountain)
 ニ短調
 モデスト・ムソルグスキー管弦楽曲
 二月二十四日
 残虐非道の
 禿男
 「屁音黕」の仕業の壱年

https://youtu.be/wrAs-DebbH0

 アノ国のオカシさの「人間」は
 個々人(individual person)として
 この地球上で・・・宇宙でも・・・
 ドコニデモ発生する
 そして
 追従者(epigone)も・・・
 そして
 「人間」をヤメるのは
 アンタやオレかも・・・

↓↑
 イチの重なり&人物の重なり・・・
 壱・壹・市・十市
 ↓↑
 人物と所在地
 ↓↑
 位置の検索
 ↓↑
 一
 壱
 壹
 市
 十市
 壱拾壱
 伊予
 ↓↑
 一=イチ・イツ・ひと・ひとつ・はじめ
   ひとたび・いちど
   はじめ・最初・物事のいち番目
   同じ・等しい
   ひとつにする・同じにする
   すべて・全部
   もっぱら・ひたすら
   すこし・わずか・ちょっと
   あるひとつの
   あるとき・ある時間
   あるいは・または
   なんと・まったく
↓↑ ↓↑
   一+α+β+・・・
   丅丆丁二丄㐉亏兀亐㔿
   䒑廾三亼尢丌亇亍勺卄
   㓅㞢尤弌弖丒丰亓亣仃
   冄勻帀卅龷天无井今元
   升开㝉夫㢧云亖歹㔫㠪
   闩丮互仁冃巿厅可䍏邒
   左庁艼氐
   ↓↑
   名のり(名前)
   い
   おさむ
   か
   かず
   かつ
   はじめ
   ひ
   ひで
   ひとし
   まこと
   もと
   一日(ついたち)
   一人(ひとり)
   一昨日(おととい)
   一日(ついたち)
   一人(ひとり)
 ↓↑ ↓↑
   地名
   一番町(いちばんちょう)
   一色(いっしき)
   一色町(いしきちょう)
   一本木(いっぽんぎ)
   西一条北(にしいちじょうきた)
 ↓↑ ↓↑
   正月一日=+あお・あら
   朝一=あさいち・あさかず
   天一=あまいち・あまかず・てんいち
   井一=いいち・いのいち
   一百野=いおの
   朝一(あさいち)=朝に出勤して最初に行うこと
   一握(いちあく)=ひとにぎり・ほんの少し
   櫟=一位(いちい)=イチイ科イチイ属の常緑高木
             弓の材料に用いられる
   壱位(いちい)=最も上の地位・一番の地位・首位
   一意(いちい)=意味や値が一つのものに決まっていること
   一尉(いちい)=自衛隊の階級・尉官の最も上の階級
           一等陸尉、一等海尉、一等空尉
 ↓↑  ↓↑
 以一当千(いいつとうせん)=一人で千人と同等の働きをすること
              一つのものが千のものの代わりになること
              「一を以て千に当つ」
 夷険一節(いけんいっせつ)=どんな時でも信念を守り続けること
             「夷険」=平らな場所と険しい場所
                  順境と逆境
 一意攻苦(いちいこうく)=苦労しながら、ひたすら考えること
            「一意」=いちずに・一心に
            「攻苦」=苦難・苦境とたたかう
 一意孤行(いちいここう)=誰の意見も聞かずに
             自分の考えだけで行動すること
             相手の意見に左右されない公平さのたとえと
            「孤行一意」ともいう
 一意専心(いちいせんしん)=一つのことだけに心を注ぐこと
             「専心=摶心」
             「専心一意(摶心一意)」
 一衣帯水(いちいたいすい)=海や川が間にあって遮られているが
              非常に距離が近いこと
              互いの関係が非常に深いこと
              陳の君主の悪政によって
              庶民が飢えと寒さで窮地に陥ったときに
              隣国の
              隋の文帝が
             「たった一本の帯のような川(揚子江)に
              隔てられているからといって
              民を見捨てることができるか」
              といって
              陳の国を討伐した
 悪は一旦の事なり
   一時的にうまくいっても
   悪は長続きせず
   結局は正義に勝てない
 朝顔の花一時
   物事の盛りが短く、はかないこと
   朝咲いた朝顔の花が昼を待たずにしぼんでしまうこと
 朝の一時は晩の二時に当たる
   朝は仕事がはかどるので
   早く起きて働け
  「一時=時刻=約二時間」
  「二時=四時間」
   朝の仕事は夜の仕事の二倍に相当
 薊(あざみ)の花も一盛り
   誰でも年ごろになると
   それなりの魅力が出てくる
   あまり好まれない薊の花も、美しい時期がある
 あの世の千日、この世の一日
   あの世の極楽で千日暮らすより
   この世で一日でも楽しむほうがよい
 危ない橋も一度は渡れ
   安全な方策ばかりとっていたのでは
   成功することはできない
   時には危険を冒してやってみるのも必要
 ↓↑
 弌=弋+一
 肀=⺕+丨=コ+十=聿・・・⺻+十
   イチ・イツ
   おさめる・のべる
   ふで=筆・書く
   とうとう・ついに
   自分から・自ら
   修める・述べる
   すばやい・すばやく走る
   共に・従う
 聿=⺕+丨+二=コ+丰=コ+十+二=聿=肀
 壱=士+冖+ヒ(七・匕=匕首=あいくち
        匕=匙=さじ=シ・ジ
        匕=牝=めす・ヒン・ビン)
        七=乚+一
          北=丬+匕
          此=止+匕
          化=イ+匕
          必=心+丿
           =儿+丶+、+丿
           =丿+乚+丶+、+丿
 劮=失+力
   丿+夫+力
   丿+二+人+力
   丿+一+人+力
   イツ・イチ
   劮婸(イツトウ・みだら=淫ら・猥ら)
 呹=口+失
   口+丿+夫
   口+丿+二+人
   口+丿+一+人
   イツ・イチ・チツ・チチ
 妷=女+失
   女+丿+夫
   女+丿+二+人
   女+丿+一+人
   チツ・ジツ・イツ・イチ
   兄弟の子・めい(姪)・おい(甥)
   みだら・しまりがない
 欥=日+欠
   日+丿+乛+人
   カン・イツ・イチ
 泆=氵+失
   氵+丿+夫
   氵+丿+二+人
   氵+丿+一+人
   イツ・イチ
   溢れる・水が溢れる
   わく・わきこぼれる
   ほしいまま・きまま
 㧒=扌+穴
   扌+宀+八
   ケツ・ゲツ・イツ・イチ・ウツ・ウチ 
 浂=氵+关
   氵+丷+天
   氵+丷+一+大
   イツ・イチ
   みぎわ・みずぎわ・岸=涯=泆
 蚎=虫+日
   エツ・オチ・イツ・イチ
 逸=辶+免=逸=逸
   イツ・イチ
   うしなう
   すぐれる
   そらす
   それる
   はぐれる
   はやる
   はしる・にげる・にがす・そらす
   なくなる・見失う・失う
   隠れる・世間から隠れる
   すぐれる・抜きんでる
   楽しむ・気ままに楽しむ・喜ぶ
   あやまち・あやまる・みだら
   ゆるす・ゆるやか
   はやる
   興奮する・気がせく
   安逸・安佚(あんいつ)=ぶらぶらすること
   逸(いち)早く=他人よりも早く行うこと・真っ先に
   逸物=同類の中で非常にすぐれているもの
   逸機=好機を逃してしまうこと
   一散に=逸散(イッサン)に
       周りを気にせず、目標だけを見てひたすら走る様子
       一目散に
   逸出(イッシュツ)=抜け出ること
   以逸待労(イイツタイロウ)
    こちらが動かないときに
    相手が動かなければいけない情況を作って
    相手の疲弊を狙う策略
    兵法三十六計の第四計
    局面の主導権を握ることの重要性
   意趣卓逸=心の向かう先が非凡なこと
        「意趣」=考え
   一労永逸=一度苦労すれば
        その後は長く利益が得られ
        安定した暮らしが送れること
       「逸」=安楽、利益のこと
       「一たび労して永く逸んず」
   以労撃逸(いろうげきいつ)
    疲労のたまった軍隊で気力に満ちた軍隊を打ち倒すこと
    「逸」=休むこと
    「労を以て逸を撃つ」
    中国三国時代
    魏の張既は、疲弊した遠征軍を率い
    策略によって他国を平定した
   驕奢淫逸(キョウシャインイツ)
    偉そうに振る舞って贅沢な暮らしをして、女性に溺れること
    「驕奢」=贅沢
    「淫逸」=性的に乱れた暮らし
    「驕奢淫佚」
   好逸悪労=苦労を嫌がり、遊んで暮らすことだけを求めること
    「逸」=楽しむこと
    「悪」=嫌うこと
    「逸を好み労を悪む」
    中国後漢の医者の
    「郭玉」が言った病気を治すための四つの困難の一つ
   機を逸する
   好機逸すべからず
   常軌を逸する
   大魚を逸す
   長蛇を逸す
 䋉=糸+穴
   糹+穴
   幺+小+宀+八
   糹+宀+八
   ケツ・ケチ・イツ・イチ・シュツ
 壹=士+冖+豆=壱=夁
 夁=士+䍛・・・䍛=コ・ク=𦌕䍛=魚を捕らえる道具
   士+罒+固
   士+罒+囗+古
   士+罒+囗+十+口=壹=壱
   イチ・イツ
   ひとつ
   一・数の名
   すべて・もっぱら・まったく・ひとえに
   ひとたび・一度
   嬄=女+壹
     女+士+冖+豆
     イツ・イチ
     婦人のさま
     壹+α
     亄噎撎潱㙪
     㦉殪曀㱅皼
     䊦豷饐
     懿=壹+恣(ほしいまま)=壹+次+心鳥
     懿徳(イトク天皇=第四代)天皇
       懿徳天皇+(綏靖天皇29年~懿徳天皇34年9月8日)
       大日本彦耜友天皇
       磯城津彦玉手看天皇安寧天皇)の第二皇子
       母は
       鴨王(事代主神+の孫)の
       娘の
       渟名底仲媛命(『日本書紀』)
       同母兄 息石耳命(常津彦某兄)
       同母弟 磯城津彦命
       即位2年1月
       軽之境岡宮(かるのさかいおかのみや)に遷都
       2月
       息石耳命+の
       娘の
       天豊津媛命を皇后とした
       子供 観松彦香殖稲尊(孝昭天皇
       ↓↑
       名
       大日本彦耜友天皇
      (おほやまとひこすきとものすめらみこと)『日本書紀
       大倭日子鉏友命
      (おほやまとひこすきとものみこと)『古事記
            ↓↑
     ↓↑↓↑ 「耜=耒+㠯(以)」=鋤=「鉏=金+且」
          ジ・シ・すき       ソ・ショ・すき
       犬上+御田鍬(いぬかみ+の+みたすき)
         「三田耜」とも記される
         姓  君
         冠位 大仁
         最後の遣隋使
         最初の遣唐使
     ↓↑
     鷧=壹+鳥=イ
       ウ科の鳥
       鵜(う)の別名=鸕(う・ロ)
             ・・・鸕野讃良=持統天皇
       鵜(う・さぎ=鷺)に似た鳥・・・詐欺・詐偽
 䫻=風+日
   几+䖝+日
   几+丿+虫+日
   イチ・イツ
    おおかぜ=大風
 噊=口+矞
   口+矛+冏
   口+予+丿+冂+㕣
   口+予+丿+冂+儿
   口+龴+乛+亅+丿+冂+八
   口+龴+乛+亅+丿+冂+儿
   イツ・イチ・シュツ
 嬄=女+壹
   女+士+冖+豆
   イツ・イチ
   婦人のさま
 䭿=馬+失
   馬+丿+夫
   馬+丿+二+人
   馬+丿+一+人
   イツ・イチ・テツ・デチ
 夁=士+䍛=一=壱=壹
   士+罒+固
   士+罒+囗+古
   士+罒+囗+十+口
 ↓↑ ↓↑
 燏=火+矞・・・橘=タチバナ
   火+矛+冏
   火+予+丿+冂+㕣
   火+予+丿+冂+儿+口
   火+龴+乛+亅+丿+冂+八+口
   火+龴+乛+亅+丿+冂+儿+口
   イツ・イチ
   火の光
   矞=イツ・キツ・ケツ
     錐で穴をあける・うがつ
     矞雲(いつうん)=三色のめでたい雲
     動物が驚くさま
     だます・たぶらかす
 䭂=食+邑
   食+口+巴
   ユウ・オウ・イツ・イチ・ヨウ
 䳀=鴩=䳀
   鳥+失
   鳥+丿+夫
   鳥+丿+二+人
   鳥+丿+一+人
   イツ・イチ・テツ・デチ
 䬑=風+胃
   几+䖝+田+月
   几+丿+虫+田+月
   イ・ウツ・ウチ・イツ・イチ
 齸=齒+益
   齒+益
   止+凵+从+一+䒑+八+皿
   止+凵+人+一+丷+八+皿
   エキ・ヤク・イツ・イチ・エイ
ーー↓↑ーー
 武市 瑞山(たけち ズイザン)・・・久坂玄瑞
               高野瑞皐(長英)
 ↓↑
 土佐藩郷士
 土佐勤王党の盟主
 武市 半平太(たけち はんぺいた)
 幼名 鹿衛
 諱  小楯(こたて)
 号  瑞山・茗澗
 変名 柳川左門・柳川左門
 雅号 吹山
 ↓↑
 土佐藩郷士
 武市正恒(白札格)の長男
 母 大井氏の娘
 妻 土佐藩郷士
   島村源次郎の長女
   富子
 養子 半太(大甥)
 板垣退助とは親戚
 坂本龍馬とは遠縁
 ↓↑
 剣術家
 攘夷と挙藩勤王を掲げる
 土佐勤王党結成
 参政吉田東洋を暗殺
 京都と江戸での国事周旋によって
 藩論を主導
 京洛における
 尊皇攘夷運動の中心
 八月十八日の政変
 公武合体
 前藩主
 山内容堂によって投獄
 獄中切腹を命じられ
 土佐勤王党壊滅
 ↓↑
 文政十二年九月二十七日(1829年10月24日)
 ~
 慶応元年閏五月十一日(1865年7月3日)
    大運1864年10月(35歳)⇔庚午食神
 ┏己丑(癸辛己)劫財・劫財 養 ⇔乙丑正官
 ┗甲戌(辛丁戊)偏官・比肩 墓 ⇔壬午偏財
 ┏戊午(丙 丁)  ・劫財帝旺 ⇔甲戌偏官
 ┗癸丑(癸辛己)正財・劫財 養 ⇔乙丑正官
   子丑空亡
 ↓↑
 土佐国吹井村(高知県高知市仁井田)に生まれる
 半平太より5代前の
 半右衛門が
 享保11年(1726年)に郷士に取り立てられ
 文政5年(1822年)
 白札格に昇格
 白札郷士=上士として認められた
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)

  +

 (表紙・画像・音楽)」の

  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=7xgS0oJhhe8

 ↓↑
 モモちゃん
https://www.youtube.com/embed/W00rHNN2zMQ?

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

楽イチ・楽ザ・・・市女笠の女性の賑わいのバ

文字霊日記・3271日目

 ・・・壱・壹・市・十市・・・
 「楽市・楽座」・・・
 「市女笠」・・・「一目傘」じゃぁないんだ・・・ひとめがさ?
    笠=竹+立    傘=𠆢+仌+十+仌・・・
            傘=仐+仌+仌
               众=乑=眾=衆
               俎=爼・・・
               斒
    斒=文+扁
      亠+乂+戶+冂+卄
      亠+乂+戸+冂+卄
      亠+丿+戶+冂+一+丨
      亠+丿+戸+冂+一+丨
      ハン
      斑(まだら)・斑模様・色が交じって斑になるさま
   ・・・文(漢字文字)の構成の
      左側の
     「文=亠+乂」の・・・
       「亠=音」
        +
       「乂=ガイ・ゲ
         おさめる
         かる
         すぐれる
         統治する
         草をかる・草をかり取る=刈
         すぐれる・すぐれている・賢い人
    「扁(ヘン)」=「戸・户・戶」[冊=册」
            「戸=ー+尸」[冊=册」
      だろうろ・・・
      扁=ヘン
      ひらたい・・・扁平足
      ふだ
      門の上や部屋にかかげる横長のふだ・横額
      ひらたい・うすくて平べったい
      ちいさい・・・扁舟(ヘンシュウ)
                ↓↑
                仌=人+人=ヒョウ
                 =凍(こお)る
                  氷=冫=冰(𣲝)


  ↓↑
 十市皇女(とおちのひめみこ)・・・とイチ
 天武天皇の第一皇女
 母は額田王・・・額=客+頁・・・ゲストのページのデン
   茜指す紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
 が以下の原文の
  「訳=やく=譯・・・翻訳・解釈」らしいけれど、ヤク?
 「漢字」を
 「万葉仮名」として
 「音」だけで
 「日本語」として採るのには・・・?である
 なぜ、「逝 =いく=行」と異義を同音としているのか?
 「漢字音とその意味」で
  和歌の意味を採用したら・・・どうなるか?
   茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流
   (巻1・20・額田王
   茜=艹+西
     艹+一+儿+口
        セン
  あかね・あかねぐさ・赤色の染料に用いる
  あかね色・あか
  地名
  茜町(あかねちょう)
  茜部大川(あかなべおおかわ)
  茜部大野(あかなべおおの)
  茜部新所(あかなべしんしょ)
  茜部神清寺(あかなべしんせいじ)
  茜部=あかなべ=あかねべ
  茜ヶ久保=あかねがくぼ
  茜色(あかねいろ)=暗赤色・(太陽が)沈んだ赤色?
  茜雲(あかねぐも)=朝焼け、夕焼けの時の雲
  茜(あかね)
 ↓↑
 標=木+票=标=木+示
   木+覀+示
   木+襾+示
   木+西+示
   木+一+儿+口+示
   ヒョウ
   こずえ
   しめ
   しるし
   しるす
   しるべ
   目じるし
   まと・めあて・ねらい
   しめす・高くかかげてしめす・書きしめす
   こずえ・木のこずえ
    音標(おとしべ)
   上音標(かみおとしべ)
    上標津(かみしべつ)
    北標茶(きたしべちゃ)
     標茶(しべちゃ)
     標葉=しねは
        しは・しば・しばね
        しめは・しめば・しんや
        しめ・しめき・しめぎ・しるし・しるべ
     定標=じょうぼんでん
     二標=にしめ・にしもと
     馬印・馬標(うまじるし)
     戦場で、大将が存在する場所をしめす目印
     座標
     しめ飾り=注連飾・〆飾・標飾・七五三飾(しめかざり)
     正月に玄関や神棚などにしめ縄を飾ること
     しめ縄・注連縄・〆縄・標縄(しめなわ)
     神道の祭具の一
     神聖な場所を区切って
     汚れが入らないようにするための縄
     紙垂を挟んで垂れ下げたもの
     七五三縄
     商標
     商品や役務などがその会社から
     提供されていることを示す印
     文字や図形、記号、色彩などを組み合わせたもの
     導べ・導・標(しるべ)
     道順や距離などを示すもの・道案内・道標
     塵外孤標
     ずば抜けてすぐれていること
     「塵外」=こまごまとした世間のことを塵にたとえた
         世間の外側にいるという意味
     「孤標」=人格などが他よりも一際すぐれていること
     標新立異
     過去に誰も出していない、新しい見解や解釈を出すこと
     「標」=人目につくように、高い位置に持ち上げる
     「新しきを標げ異を立つ」
   ↓↑
   票=覀+示
     木+襾+示
     木+西+示
     ヒョウ
     ふだ=札
     火が飛ぶ・火の粉が舞い上がるさま
     火の粉が飛び散るさま
     ゆれる・ゆれ動く
     ふだ・手形・切手・紙幣
     選挙や採択などに用いる札
     その札を数える語
   ↓↑
   標+α
   㯹=標+寸=樹=木+尌=侸=イ+豆
     木+票+寸
     木+覀+示+寸
     木+襾+示+寸
     木+西+示+寸
     木+一+儿+口+示+寸
   ↓↑
   樹=木+尌=㯹=尌=壴+寸
            侸=イ+豆
     木+壴+寸
     木+十+豆+寸
    ↓↑
    尌=シュ・ジュ・チュ
      たつ・たてる
      シュ
    壴=十+一+口+ㅛ
      十+一+口+丷+一
      十+𠮛+ㅛ
              𠮛=旨=シ・むね・うまい
          㫖・𣅌・𠤔・𤮻・𣅀・𠩊・𠮛
      チュ
      楽器を並べて置くさま
      たてる・まっすぐたてる・・・太鼓・皷(つづみ)
    ↓↑
    㛸=女+壴
      女+十+豆
      シュ
      女性の字(あざな)に用いられる
    㕑=厂+尌=廚・・・「安寿と厨子王
      厂+壴+寸
      厂+十+豆+寸
      ズ・チュウ
      くりや・台所・調理場・炊事場
      ひつ・戸棚
      ぬし・主人・親分
    澍=氵・尌
      氵・壴・寸
      氵・十・豆・寸
      シュ・ジュ
      ちょうどよい時期に降る雨・時雨(しぐれ)
      うるおす・ほどよく降る雨でうるおす・恩恵を与える
      そそぐ・水をそそぐ=注
   ↓↑
   紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方
   紫の匂へる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも
   (巻1・21・大海人皇子
   ↓↑
   大海人皇子天武天皇=天渟中原瀛真人天皇
   と
   額田部姫王(『薬師寺縁起』)=鏡王の娘
     部=咅+阝(邑)=ブ・なべ=郶
          渡辺(ワタリのべ)
          渡部・渡邊・渡鍋・亘鍋・和田鍋
       ブ・ホ・ホウ
       つかさ
       べ
       くみ・軍隊の編成単位
       すべる・統括する・率いる
       つかさ・役所
       わける・区分する
       むれ・集落・村
       区分されたものを数える助数詞
       小さな丘・小高い丘
       咅=立+口
         トウ・ツ・ホウ・フ
         つばを吐いて拒む
       咅+阝(邑)
       立+口+阝(邑)
   の娘
   ↓↑
 「十市皇女
 ↓↑
 大友皇子(伊賀皇子・弘文天皇)の正妃
 子供 葛野王・・・・式部卿?・・・文部省
 孫  池辺王・・・・内匠頭?・・・土木建築治水
 亥孫 淡海三船・・・刑部卿?・・・法務省
  ↓↑
 「十市皇女」は
 天武天皇七年(678年)
     四月
     七日朝
     宮中で急死
     四月
     十四日・・・
 「赤穂」に葬られた・・・奈良県桜井市の赤尾?
  ・・・赤穂浪士=四拾七士=忠臣蔵・・・?
 ↓↑
 天智天皇八年(669年)頃
 葛野王を出産
 ↓↑
 天武天皇元年(672年)
 「壬申の乱
 で
 父(大海人=おおあま)皇子=天渟中原瀛真人=天武天皇
 と
 夫(大友=伊賀=いが)皇子=弘文天皇
 が敵対
 『扶桑略記
 『水鏡』
  ↓↑
 『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)(巻15・1)』
 鎌倉時代前期
 建暦ニ年(1212年)
 ~
 承久三年(1221年)
 二十数種の伝本あり
 古本系と流布本系に大別
 前者は宮内庁書陵部御所本が代表的な伝本
 後者は
 万治二年板本で
 挿絵入りで、内閣文庫他に現存
 成立と推定される説話物語集・編著者は未詳
  ↓↑
 「鮒の包み焼きに密書を隠し
  ・・・鮒(ふな)=魚(まな)+付(つけ)
             眞名=漢字
 父である大海人皇子に情報を流した」
  ↓↑
 話の最後に登場する
 高階(たかなし=小鳥遊)氏が
 高市皇子の後裔で
 後世の創作・・・?
 ↓↑
 『宇治拾遺物語
 (うじしゅういものがたり)
 (巻15・1)』
 鎌倉時代前期
 建暦ニ年(1212年)・・・建の履歴が似捻暦?
 ~   壹拾弐・壹拾弐(≡+弋)
 承久三年(1221年)
 成立と推定される説話物語集・編著者は未詳
 二十数種の伝本
 古本系と流布本系に大別
 前者は宮内庁書陵部御所本が代表的な伝本
 後者は
 万治二年(己亥・1659年)板本・・・萬字似念?
 ↓↑
 1639年 (寛永16年)ポルトガル船の来航禁止
 1641年 (寛永18年)平戸商館を長崎出島に移す
 1643年 (寛永20年)田畑永代売買禁止令
 1651年 (慶安4年)慶安の御触書公布
 ↓↑
 1659年 (万治2年)江戸城
         本丸造営竣工
 ↓↑
 1663年 (寛文3年)武家諸法度改定
 ↓↑
 万治二年(己亥・1659年)人物群像
       生年~没年           当時の年齢
 松平 信綱1596年~1662年(慶長元年~寛文2年) 63才
 狩野 探幽1602年~1672年(慶長7年~寛文12年) 57才
 徳川 和子1607年~1678年(慶長12年~延宝6年) 52才
 保科 正之1611年~1672年(慶長16年~寛文12年)48才
 三井 高利1622年~1694年(元和8年~元禄7年) 37才
 堀田 正俊1634年~1684年(寛永11年~貞享元年)25才
 渋川 春海1639年~1715年(寛永16年~正徳5年) 20才
 ↓↑
 徳川 家綱1641年~1680年(寛永18年~延宝8年) 18才
 ↓↑
 林  鳳岡1644年~1732年(正保元年~享保17年)15才
 松尾 芭蕉1644年~1694年(正保元年~元禄7年) 15才
 徳川 綱吉1646年~1709年(正保3年~宝永6年) 13才
 西川 如見1648年~1724年(慶安元年~享保9年) 11才
 新井 白石1657年~1725年(明暦3年~享保10年) 2才
 ↓↑
 柳沢 吉保1658年~1714年(万治元年~正徳4年) 1才
 室  鳩巣1658年~1734年(万治元年~享保19年)1才
 尾形 光琳1658年~1716年(万治元年~享保元年)1才
 ↓↑
 大石 内蔵助 誕生
       1659年~1703年(万治2年~元禄16年)
 ↓↑
 菱川 師宣   ??年~1694年(??年~元禄7年) ?才
 ↓↑
 1659年(己亥)
 清       順治16年
 南明      永暦13年
 朱亶塉(南明) 定武14年
 ↓↑
 1659年
 05月25日リチャード・クロムウェル
     「護国卿」を辞任
 11月17日ピレネー条約締結
     三十年戦争以降も継続した
     フランス・スペイン間の戦争終結
 (カタルーニャ領・・・語る鸕鵜似哉の例の頁?
  ルシヨン等・・・・・留詞代鵡をヒトしく・・・?
  をフランスに割譲
  スペイン王
  マリア・テレサ
  と
  ルイ14世の結婚等を内容とし
  フランス優位)
 隅田川
 両国橋が
 架橋(1661年説もあり)
 明の遺臣
 「朱舜水
 が長崎に亡命
 フランスが
 セネガル(塞 内 牙・Senegal=我々の船)に
 植民地
 サン・ルイ建設・・・纂類建説?
 誕生
 01月10日(万治元年12月18日)
      柳沢吉保、幕府側用人譜代大名(~1714年)
 02月01日ヤーコプ・ロッヘフェーン、探検家(~1729年)
 03月26日ウィリアム・ウラストン(William Wollaston)、哲学者(~1724年)
 04月29日(万治2年3月8日)
      伊達綱村仙台藩第4代藩主(~1719年)
 06月03日デイヴィッド・グレゴリー(David Gregory)、天文学者(~1708年)
 06月26日(万治2年5月7日)松平正久、若年寄奏者番(~1720年)
 07月20日 イアサント・リゴー、画家(~1743年)
 07月30日(万治2年6月11日)
      山本常朝
      『葉隠』口述者(+ 1719年)
 09月10日?ヘンリー・パーセル、作曲家(~1695年)
 月日不明 大石良雄播磨国赤穂藩家老(~1703年)
 死去
 02月17日アベル・セルヴィアン(Abel Servien)、政治家(1593年~)
 02月27日ヘンリー・ダンスター(Henry Dunster)、ハーバード大学学長(1609年~)
 02月  アイザック・アラートン(Isaac Allerton)(1586年~)
 04月15日ジーモン・ダッハ、詩人(1605年~)
 05月16日(万治2年3月25日)
      片倉重長仙台藩家老(1585年~)
 08月10日フレデリク3世、ホルシュタイン=ゴットルプ公(1597年~)
 10月10日アベル・タスマン、探検家(1603年~)
 ↓↑
 『宇治拾遺物語
 (うじしゅういものがたり)
 (巻15・1)』
 板本
 挿絵入りで、内閣文庫他に現存
 ↓↑
 話の最後に登場する
 高階(たかなし=小鳥遊)氏が・・・小鳥遊
 高市皇子の後裔で
 後世の創作・・・?
 ↓↑
 天智天皇の第一皇子
 母
 伊賀-采女(いがのうねめ)
 宅子-娘(やかこのいらつめ)
 ↓↑
 正妃 十市皇女天武天皇皇女)
 子  葛野王=淡海真人・朝臣の祖(→淡海三船
 妃  藤原 耳面 刀自(藤原鎌足の女)
       字づら問う字?
    壱志姫王
    与多王=大友与多王・大友氏の祖(→大友黒主
 異母兄弟姉妹
 兄弟 建 皇子・・・「聿+廴(イン・引く・長く引きのばす
              長い道のり)」
              延繞(えんにょう・いんにょう)
              伸びる事や進む事に関わる意味
          倭男具那・日本童男・小碓
    川島皇子・・・「化話史眞」 往時・往事・負字
    志貴皇子・・・「史記・指揮・子規」 往時・往事・負字
 姉妹 大田皇女
    鸕野讚良皇女(持統天皇
    新田部皇女
    大江皇女
   (夫は天武天皇
    明日香皇女
   (夫は忍壁皇子
    御名部皇女・・・御名部の控除・公序・興除?
   (夫は高市皇子
    阿閇皇女(元明天皇
   (夫は草壁皇子
    山辺皇女(夫は大津皇子
    泉皇女
    水主皇女
 ↓↑
 所在地
 位置の検索
 ↓↑
 十市郡(とおいちぐん)
 奈良県大和国)にあった郡
 古代
 十市県主(とおちあがたぬし)の居所
 中世
 豪族
 十市(とおち)氏の居城があった
 『拾遺(しゅうい)集』
 『新古今集
 などには
 「十市の里(とおちのさと)」
 として詠まれている
 ↓↑
 十市県主(トイチノアガタヌシ)
 奈良県
 十市郡
 耳梨村
 十市
 十市御県坐神社の鎮座地付近
 磯城郡西南部の豪族
 十市県主は
 古事記では
 孝霊天皇
 日本書紀では
 孝安天皇孝霊天皇
 に妃を輩出
 和州五郎神社
 神名帳大略注解書引の
 十市県主系図
 孝安天皇の妃の
 「十市縣主
  五十坂彦の娘の
  五十坂媛」
 の系譜
 孝昭天皇の時代に
 「春日県」が・・・「春日局」・大奧
 「十市県」になった
 十市県主の系図
 十市県主
 と
 春日県主
 が繋がって
 綏靖天皇の妃の
 「春日縣主(カスガノアガタヌシ)
  大日諸
 (オオヒモロ)
  の娘の
  絲織(いとおり)媛」
 の系図にあるので
 「十市県主=春日県主」
 ↓↑
 春日の娘を娶って産んだ子が
 「沙本毘古王」で
 妹の
 「沙本媛=狭穂姫命(さほひめのみこと)」
      垂仁天皇の最初の皇后
      誉津別命の母
      別名
      沙本毘売命
      佐波遅比売命
     (さわじひめのみこと)
      佐和次姫」
 と
 「垂仁天皇(11代)」・・・壱拾壱=イチを拾うイチ
 暗殺謀略
 春日氏の・・・名前は・・・「春日局」・・・
 十市一族?
 ↓↑
 孝霊天皇
 トオチノアガタヌシ(十市県主)の祖先
 オオメ(大目)の娘の
 「クハシヒメ(細比売命)」
 を娶って生まれた子供が 
 オオヤマトネコ ヒコ クニクル命
(大倭  根子日子 国玖琉命)
 ↓↑
 孝安天皇日本書紀
 姪押媛(ミメオシヒメ)を皇后にした
 ・・・磯城縣主(シキノアガタヌシ)
   葉江(ハエ)の娘の
  「長媛(ナガヒメ)」
 ・・・十市  縣主 五十坂彦
  (トオチノアガタヌシイサカヒコ)
   の娘の
   五十坂媛(イサカヒメ)
 ↓↑
 孝霊天皇日本書紀)即位ニ年
 春ニ月の十ー日
  細 媛 命
 (ホソヒメノミコト)を皇后とした
 ・・・春日 千乳早  山香媛
  (カスガノチチハヤ ヤマカヒメ)
 ・・・十市  縣主
  (トイチノアガタヌシ)
   たちの祖先の娘の
   眞舌媛(マシタヒメ)
 ↓↑
 1880年明治13年
 行政区画として発足
 郡域
 橿原市の一部
 (飯高町、大垣町、豊田町、新口町、上品寺町、内膳町
  北八木町、木原町、山之坊町、石原田町、出合町
  膳夫町、下八釣町、木之本町より北東)
 桜井市の一部
 (新屋敷、東新堂、大福
  吉備、阿部
  谷、桜井、浅古、倉橋、下り尾、粟原より南西)
 磯城郡田原本町の一部
 (松本、西竹田、十六面、保津、大字なし、千代、味間より南西)
 ↓↑
 歴史
 古代
 郷
 『和名類聚抄』
 に記される郡内の郷
 飯富
 川辺(加八乃倍)
 池上
 神戸式内社
 『延喜式神名帳
 ↓↑
 郡内の式内社
 十市郡
 多坐弥志理都比古神社
 オホノ-ミシ-オホノカミ- 
 多坐弥志理都比古神社
 奈良県磯城郡田原本町
 十市御県
 トヲチミアカタノ
 坐神社
 トヲチミアカタノ
 十市御縣坐神社
 奈良県
 橿原市
 十市
 ↓↑
 十市
 1889年(明治22年)4月1日
 町村制施行
 近世以来の
 十市村が単独で自治体形成
 高知県
 長岡郡
 十市
 座標 北緯33度31分52.3秒
    東経133度37分11.6秒
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=7xgS0oJhhe8

 ↓↑
 モモちゃん
https://www.youtube.com/embed/W00rHNN2zMQ?

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

「鶏=鷄=雞」は 「阿毎王朝の 阿輩-雞彌の雞」

文字環日記・3270日目

 語句潰し・・・デスか・・・?
 ↓↑
 国 潰し
 獄 通歩至
 穀潰し(ごくつぶし)
 ↓↑
 定職もなくぶらぶらと遊び暮らす者
 無為徒食の者をののしっていう語
 五穀潰し
 ろくに働きもせずに放蕩しながら
 飯だけは一丁前に食って
 いたずらに 食い潰すような者を罵っていう語
 稼ぎのない不甲斐ない者
 ↓↑
 語句潰し
 国 潰し
 獄 通歩至
 穀潰し(ごくつぶし)
 ↓↑
 定職もなくぶらぶらと遊び暮らす者
 無為徒食の者をののしっていう語
 五穀潰し
 ろくに働きもせずに放蕩しながら
 飯だけは一丁前に食って
 いたずらに 食い潰すような者を罵っていう語
 稼ぎのない不甲斐ない者
  ↓↑
 「玄甲=ゲンゴロウ
 「竜蝨(リュウシツ)」

 ↓↑
 新潟方言
 成虫を
 ガムシ
 ガメ
 ガメムシ
 ガマ
 ワッパムシ
 など
 幼虫を
 キイキムシ
 と呼称
 ↓↑
 長野県方言
 ガムシ
 トウクロウ
 ↓↑
 秋田県方言
 ヒラツカ
  ↓↑
 「水ムカデ」
 「ヒメゲンゴロウ
 『夏頃(けごろ)』の延・・・?
 などの異名
 「ハイイロゲンゴロウ
 は遊泳中に水面から直接飛び立つ
 越冬
 種によって凍結した水面のすぐ下で活動している
 擬き
 シャープゲンゴロウモドキ
(シャープ擬源五郎・シャープ擬竜蝨
 Dytiscus sharpi)
 ↓↑
 Water Tiger(水中のトラ=虎・寅・図羅・彪)
 Water Devil(水中の悪魔)
 ↓↑
 ボタン雪がチラホラ降っている
 雪が降る
 あなたは来ない
 誰も来ない
 天からの雪が降りつもっている
 追加・・・
 添文(テンブン=天分・天文・点文)・・・
 ↓↑
 汰=氵 +太
   氵 +大+ 丶
 㳲=氵 +氵 +太
   タ
   タイ
   おごる
   にごる
   よなげる
   おごる・多すぎる・分をこえる
   にごる・清潔でないさま
   水で洗って、良いものと悪いものを選り分け
 ↓↑
 沙汰
 汰木=たぎ・ゆるき
 内沙汰=訴訟を起こさず、身内や親しい人だけで処理すること
 音沙汰(おとさた)=手紙など状況などを知らせること・知らせ・便り
 表沙汰(おもてざた)=隠しておきたいことが
            世間に広く知られるようになること・公沙汰
 御無沙汰(ごぶさた)=しばらく相手と連絡をとっていなかったり、
            会っていなかったりしていないこと
            その時の挨拶の言葉
 沙汰(さた)=物事の善悪や是非などを議論して決めること
        それに当てはめて処置すること・その知らせ
 沙汰止み(さたやみ)=計画などが途中で駄目になること・おながれ
 自然淘汰=環境に適したものが生き残り
      適していないものが滅びること
      自然選択
      淘汰=劣っているものを選び、取り除くこと
 冗員淘汰=必要のない人員を減らして整えること・
      「冗員」=不必要な人員
      「淘汰」=選別での拾捨
 人為淘汰=数多くの中から
      目的にあった性質を持った個体を選んで残していくこと
      家畜や植物などの品種改良の方法
 胡乱の沙汰=疑わしいうわさのこと
 遠慮が無沙汰=遠慮もほどほどにしないと、かえって失礼になる
        先方に遠慮して訪問や連絡を控えすぎると
        長期間付き合いが途絶え
        かえって礼を欠くことになる
       「遠慮が無沙汰」
 音沙汰が無い=何の便りもない・消息が不明である
 隠密の沙汰は高く言え=秘密の話はこそこそ言わずに
           大きな声で話せ
 沙汰の限り=是非や善悪を議論する必要もないほどに悪いこと
       論外
       「沙汰」=物事の是非や善悪を議論すること
 語るに落ちた=「問うに落ちず語るに落ちる」
     「勝手に自分から白状する」・・・ダレに・・・独り言・・・
 ↓↑
 かるた=カルタ=歌留多=加留多=骨牌
 ↓↑
 「カルガモ親子の引っ越し」
  軽+鴨
  輕 皇子=孝德天皇
       596年
       推古天皇四年
       ~
       654年11月24日
       白雉五年十月十日〉)
  珂瑠皇子=文武天皇持統天皇の孫
  木梨の輕 皇子
  允恭天皇の第一皇子・皇太子
  母 忍坂大中津比売命
  (おしさかのおおなかつのひめのみこと)
  同母弟 穴穂皇子(安康天皇
      大泊瀬稚武皇子(雄略天皇
  同母妹の
  軽大娘皇女と情を通じ
  允恭天皇の死後に廃太子され
  伊予国へ流され
  あとを追ってきた
  軽大娘皇女と共に自殺(衣通姫伝説)
  『日本書紀
  允恭二十四年
  軽大娘皇女が伊予国へ流刑
  允恭天皇死去
  允恭四十二年に穴穂皇子によって討たれた
  「妻鳥」陵墓(愛媛県四国中央市
  東宮山古墳が
  木梨軽皇子の墓」
 ↓↑
 鷗=かもめ=鴎・・・森鴎外
   カモメが飛んでいる
 ↓↑
 カルガモ
 フリー百科事典
 『ウィキペディアWikipedia)』
 カルガモ
 分類
 界 =動物界 Animalia
 門 =脊索動物門 Chordata
 亜門 =脊椎動物亜門 Vertebrata
 綱 =鳥綱 Aves
 目 =カモ目 Anseriformes
 科 =カモ科 Anatidae
 属 =マガモ属 Anas
 種 =カルガモ A. zonorhyncha
 学名=Anas zonorhyncha Swinhoe,1866
 和名=軽鴨=カルガモ
 英名=spot-billed duck
 ↓↑
 カルガモの親子
 カルガモ(軽鴨・学名=Anas zonorhyncha)
 鳥綱
 カモ目
 カモ科
 マガモ
 に分類される鳥類
 日本では主に本州以南に
 周年生息(留鳥
 北方に生息する個体には
 冬季に暖地へ移動する渡り鳥も存在する
 和名は
 「軽の池」(橿原市大軽周辺説)
 で夏季も含めて見られたカモであったことに由来・・・
 ↓↑
 形態
 全長51.5 - 64.5センチメートル
 翼長
 オス25.4 - 27.6センチメートル
 メス24.3 - 26センチメートル
 頭頂や背・腰は黒褐色
 次列風切の光沢は青紫色
 次列風切や三列風切羽縁に
 小型で不明瞭な白色部がある
 オスは
 腹部が
 濃褐色で
 羽毛外縁(羽縁)の淡色部が
 小型になり
 胸部との差異が明瞭
 尾羽基部を被う羽毛(上尾筒・下尾筒)が
 光沢のある黒
 メスは
 胸部と腹部の羽色の差異が不明瞭
 上尾筒や下尾筒が黒褐色
 羽縁が淡色だったり淡色の斑紋が入る
 生態
 河川や湖沼・湿地・干潟・水田などに生息する
 北部個体群は冬季になると南下する
 餌は主に夜間にとる
 食性は主に
 植物食で植物の葉や種子などを食べる
 「ゲンゴロウ
 などの
 水生昆虫や
 タニシ(田螺)など
 貝類を食べる
 ワカサギなどの魚類を食べることもある
 繁殖形態は卵生
 集団繁殖地(コロニー)を形成
 草本や枯草・ササなどを組み合わせ
 直径22~30センチメートルに達する皿状の巣を作る
 10~14個の卵を産む
 抱卵期間は26~28日
 ↓↑
 イネなどを食害
 水田を踏み荒らすことで
 種籾を埋没させ
 発芽率を低下させる害鳥とみなされることもある
 ↓↑
 食用
 マガモと並んで美味
 交雑
 放し飼いの
 アヒル
 アイガモ
 との交雑
 アヒルの原種はマガモ
 3代も野生で放置されると飛翔する
 ↓↑
 カルガモの引っ越し
 1984年以降
 数年間に渡って
 東京都千代田区大手町
 三井物産ビルの
 プラザ池から
 皇居和田倉堀へ引っ越す
 本種の親子をメディアが取り上げたことがある
 三井物産では
 1998年~2013年まで
 女性社員が
 カルガモレディとして同池に営巣するカルガモ
 観察し、記録していた
ーー↓↑ーーー
 「かる・がる」
     want to (do) 「~したい・私欲の願望」
     like to (do) 「~したい・是非の選択」
  +
 「かも・がも」・・・if 「もし~ならば~であるカモ・推量」
             「もしかして~ではないか・仮定」
 ↓↑
 「~がる・未来願望(希望)」
 「~がっている・未来志望(希望)」
 「 ~ようだ (五感推量)
  ~そうだ (様態・視覚推量)」
 3人称に
 「~欲しい・~たい」
 「感情を表す形容詞」
 「体に感じることを表す形容詞」
 ↓↑
 ・・・「一音」+「がる(かる)」での
 現代的通用理解のできるコトバはドレか
 ↓↑
 「あ・い・う・え・お」
 あ・がる・・・上がる・揚がる・挙がる
 い・がる・・・伊賀留
 う・がる・・・穿る
 え・がる・・・善がる
 お・がる・・・お歌留・吝輕
 小軽-米城(こがるまいじょう)
 陸奥国
 糠部郡
 古軽-米村
 岩手県九戸郡
 軽米町
 小軽米第10地割に所在した日本の城
 ↓↑
 か・がる・・・
 架(かか)る=高架
 掛(かか)る・懸(かか)る・係(かか)る
 縢る(かがる)
 動ラ五(四)
 布の裁ち目などが
 解(ほつ)れないように
 縫い糸や
 しつけ(躾)糸で
 から(絡)げる
 詘留(かがる=加賀留)
 どもる・言葉が詰まる・言い詰まる
 まがる・かがむ・折れ曲がる
 したがう。屈服する・屈従する
 縮まる・小さくなる
 「充詘(ジュウクツ)」
 喜ぶあまりに節度を失うさま
 しりぞける・官位を下げる
 き・がる・・・気軽・・・「記紀の輕の名」
 く・がる・・・九ガル・宮輕
 け・がる・・・怪我留
 こ・がる・・・古賀留・古雅留
 ↓↑
 が・がる・・・我がる・・・ガガイモ(蘿藦、鏡芋、芄蘭)
 ぎ・がる・・・戯画留
 ぐ・がる・・・愚臥留
 げ・がる・・・下がる・外賀留
 ご・がる・・・語がる
 ↓↑
 さ・がる・・・下がる
 し・がる・・・詞臥留
 す・がる・・・縋る・須賀留・菅留
 せ・がる・・・背がる
 そ・がる・・・蘇我留・曽我留・曾我留
 ざ・がる・・・座がる・座臥留
 じ・がる・・・自我留・自画留・字臥留
 ず・がる・・・図がる
 ぜ・がる・・・是がる
 ぞ・がる・・・初がる・剃がる・副がる・反がる
 ↓↑
 た・がる・・・箍る
 ち・がる・・・千賀留
 つ・がる・・・津軽津軽海峡冬景色
 て・がる・・・手軽
 と・がる・・・尖る
 ↓↑
 だ・がる・・・だが留・だが流
 ぢ・がる・・・血臥る
 づ・がる・・・図画留
 で・がる・・・出輕
 ど・がる・・・度が留
 ↓↑
 な・がる・・・流留・長留
 に・がる・・・苦・苦る
 ぬ・がる・・・脱がる・奴賀留
 ね・がる・・・根がる
 の・がる・・・佚る・逃る
 ↓↑
 は・がる・・・葉刈る・葉借る
 ひ・がる・・・彼我留・彼我流
 ふ・がる・・・符借
 へ・がる・・・屁がる
 ほ・がる・・・帆がる
 ↓↑
 ば・がる・・・場借る
 び・がる・・・美がる
 ぶ・がる・・・分がる・歩がる
 べ・がる・・・ベガ流
 ぼ・がる・・・簿がる
 ↓↑
 ぱ・がる
 ぴ・がる
 ぷ・がる
 ぺ・がる
 ぽ・がる
 ↓↑
 ま・がる・・・曲がる
 み・がる・・・身軽
 む・がる・・・ムガル
 め・がる・・・女借る・每借る
 も・がる・・・喪がる
 ↓↑
 や・がる・・・嫌がる・厭がる
 ゆ・がる・・・湯がる
 よ・がる・・・善がる
 ↓↑
 ら・がる・・・羅賀留・・・ラテン
 り・がる・・・理がる・利がる
 る・がる・・・留臥
 れ・がる・・・レがる
 ろ・がる・・・露がる
 わ・がる・・・我がる
 を・がる・・・を臥留
 ん・がる・・・運がる
ーー↓↑ーーー
  かる・がる
  カル・ガル
ーー↓↑ーーー
 オルトロス=双頭の犬
 ↓↑
 オルトロス
 (古希= Ὄρθρος, Orthros=Orthos=オルトス
  ラテン語=拉丁語・羅甸語・拉語・羅語=Orthrus)
 の
 オルトロス=速い
 オルトス=真っ直ぐな
 ↓↑
 中国語の星座名
 「野鶏(ヤケイ)」・・・
   にわ+とり・・・
   「丹羽(タンバ・丹波・丹場・萱場・但馬)
   二話・二羽」の
   トリ(酉=樽=足る・多留)=記録採用?

首長の対(つい)の(な)鳥(とり)

 秋津=とんぼ=蜻蛉      カマキリ(蟷螂・鎌切)と
 魚(まな)を咥えた亀(かめ) アメンボ(水黽・水馬・飴坊・飴棒)
 鼈・龞・鱉・丸魚(すっぽん) 首長の対(つい)の鳥(とり)
 ヤモリ(家守・井守)とカメ  猪・5匹の犬・矢を射る人=狩人・猟師
 ↓↑
 α星(狼)が
   おほかみ=大神・女将
   多利思北孤(たりしひこ)
  『隋書』
  「卷八十一 列傳
   第四十六
   東夷 俀國」
   開皇20年(600年)
   大業3年(607年)
   隋に使者(遣隋使)派遣
   名
  「俀王
   姓 阿毎
   字 多利思北孤
   號 阿輩雞彌」
   妻子
   王妻
   號 雞彌
   後宮
   有女六七百人
   名 太子
   爲
   利歌彌多弗利」
   領地
  「夷人
   不知 里數
   但  計以日
   其國境
   東西五月行
   南北三月行
   各至於海
   其地勢
   東高
   西下
   都於
   邪靡堆
   則
   魏志
   所謂
   邪馬臺者也」
  「有
   阿蘇山
   其石
   無故
   火起
   接
   天者
   俗
   以爲・・・以爲(おも)へら=おもへらく
   異因行
   祷祭」
   隋使の裴世清らの道程
  「經
   都
   斯麻國
   迥
   在
   大海中
   又東至
   一支國
   又
   至
   竹斯國
   又東至
   秦王國
   其人
   同於華夏
   以爲
   夷州
   疑不能明也
   又經
   十餘國
   達於海岸
   自
   竹斯國
   以東
   皆附庸
   於
   俀」
 ↓↑
 β星(鶏)を・・・
 狙っている様子・・・
 ↓↑
 怪物
 テューポーン
 と
 エキドナ
 との間にもうけた子
 ↓↑
 ケルベロス
 ヒュドラ
 キマイラ
 ネメアーの獅子
 不死の百頭竜(ラードーン)
 プロメーテウスの肝臓を喰う
 不死(ふじ=不治・伏し・臥・附し)
       の
 「ワシ(鷲=就+鳥)」・・・和紙・倭史
 「和氏⇔カシ」の球(玉・環)=球磨=熊・隈
  わし=雕=鵰
  就⇔成就・就職
  就=京+尤=とりかかる
      尤=怣=失+心=とが・あやまち・欠点
        とがめる・責める・非難する
        もっとも・はなはだ
        他よりもすぐれている・目立ってすぐれている
        もっとも、その通り・その通りである
        ただし・とはいえ・とはいうものの
 ↓↑    
 パイア(クロミュオーンの猪)
 の怪物たちと兄弟
 ↓↑
 ネメアーの獅子
 スピンクス
 ギリシア神話
 スピンクス
 ライオンの身体
 美しい人間の女性の
 顔と乳房のある胸
 鷲の翼を持つ怪物
 尻尾が蛇
 ↓↑
 テューポーン
 あるいは
 オルトロス
 と
 キマイラ
 あるいは
 エキドナ
 との娘
 ↓↑
 テーバイ王
 ラーイオスの娘
 オイディプースと兄弟
 ↓↑
 ウカレゴンの娘
  ・・・浮れ言の
     務栖女
    (ム洲每)=横島の洲の阿毎王?
 子供をさらう怪物
 戦場で死を見守る存在
 謎解きやゲームを好む
 ↓↑
 オイディプス神話の
 スピンクス
 ヘーラーによって
 ピキオン山に座し
 テーバイの住人を苦しめていた
 旅人を捕らえて
 「朝は4本足
  昼は2本足
  夜は3本足。
  これは何か」
 という謎を出し、解けない者を殺して食べていた
 オイディプス
 「それは人間だ
  人間は赤ん坊の時には四足で這い回り
  成長すると二足で歩き
  老年になると杖をつくから
  三足になる」
 と答えられ
 面目を失ったスピンクスは
 岩の台座から飛び降り
 谷底へ身を投げて死んだ
 または
 オイディプス
 に退治された
 ↓↑
 オルトロス
 姿は黒い双頭の犬
 たてがみ
 一本一本の
 尻尾が蛇
 落ち着きが無く、せっかち
 クレータ島
 または
 エリュテイア(イベリア半島
 で
 ゲーリュオーンの雄牛を守っていたが
 牛を求めてやって来た
 ヘーラクレースを発見し
 跳びかかり、棍棒で殴り殺された
 オルトロスを助け駆けつけた
 牛飼
 エウリュティオーン
 も倒された
 ↓↑
 ゲーリュオーン
 ラテン語表記
 叙事詩中では
 ゲーリュオネウス(Γηρυονεύς, Gēryoneus)
 イオーニア・アッティカ散文作品
 アリストパネース
 ピンダロス
 などでは
 ゲーリュオネース(Γηρυόνης, Gēryonēs)
 ステーシコロスの抒情詩では
  Γαρυόνας」
 カルキディアの壺絵の表記では
  Γαρυϝόνης'」
 となっている
 エトルリア語では
 「ケルン(Cerun)」
 日本語では
 ゲリュオン、ゲリュオネウス、ゲリュオネス
 とも表記
 ↓↑
 ゲーリュオーン
 三頭
 または
 三頭三体の怪物・・・アシュラ=阿修羅
 ステーシコロスは
 ゲーリュオーンには
 6つの腕
 6つの脚
 翼が生えていた
 アポロドーロスは
 三人の男の身体が
 腹で一つになっていて
 脇腹と
 太腿からは
 三つに分かれた身体を持っていた」
 と叙述
 ↓↑
 ステーシコロス・・・
 による
 ゲーリュオーンは
 鎧兜をつけ
 盾と槍でもって
 武装する
 古代ギリシア市民の
 重装歩兵の格好
 ヘーラクレースは
 ライオンの皮一枚を身にまとい
 武器は棍棒か弓矢、剣
 ↓↑
 ネメアーの獅子(しし
     古希= Νεμέος λέων, Nemeos leōn)
 ギリシア神話のライオン
 ネメアの谷に住み着き
 人や家畜を襲った
 ↓↑
 神話
 母はエキドナ
 父はその子の
 オルトロスとも
 テューポーンとも
 エピメニデースによると
 ネメアーの獅子を生んだのは
 セレーネーで
 身震いをしたときに
 地上に降ってきた
 ヒュギーヌスによると
 セレーネーは
 ネメアーの獅子を
 2つの入り口がある
 洞窟で育てた・・・鼻孔・鼻腔=ビコウ=備考・尾行・微光・備荒
          美校=美唄工業高校?
 ↓↑
 ヘーラクレース
 ネメアーの獅子を殺して
 毛皮を持ち帰る事
 ヘーラクレースは
 矢を撃ち、次いで棍棒で殴ったが
 毛皮には傷一つつかなかった
 ヘーラクレースは
 3日間
 獅子の首を締め上げて
 獅子を殺した
 獅子の皮は獅子の足の爪で引き裂かれ
 ヘーラクレースの服にされ、肉は食べられた
 その後
 ネメアーの獅子は
 動物の王として
 ゼウスによって空に上げられ
 星座の「獅子座」になった
 ネメアーの獅子の毛皮に包まれた者は
 不死を授かる
 アイスキュロスの現存しない悲劇
 『トラーキアの女たち』
 では
 トロイア戦争の英雄
 大アイアースは幼いころに
 ヘーラクレースによって
 毛皮でくるまれて不死を授けられたが
 ヘラクレスが矢筒を身に着けていたせいで
 脇腹だけ毛皮が触れず
 その部分だけ不死にならなかった・・・
ーーーーーーーーーー
 「隋書・俀國伝」・・・
    「俀=イ+妥(爪女)」
    「妥女=うぬめ=采女」か?
     妥協・妥結・妥当
  ↓↑ ↓↑
 「鶏(にわとり)=鷄=雞」は
 「阿毎王朝」の
 「阿輩-雞彌」の「雞-彌」・・・

ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=7xgS0oJhhe8

 ↓↑
 モモちゃん
https://www.youtube.com/embed/W00rHNN2zMQ?

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

太田 牛一・・・? 信長公記 巻 首 天文三年 ~ 永禄十一年

文字霊日記・3269日目

 11年前に友人の「I」さんに教えてもらって
 「音声入力」で文字起こしを試したことがあるけれど
 あれからそのまんま年月が経てしまった・・・
 「ユウチューブ」の検索を観ていたら
 「Windows田+H」で簡単に入力できると紹介されていたので
 「音声」で添文してみようかと・・・
 老いぼれには「ユウチューブ」の「レクチャー」を観ても
 使いこなすのは避難の技であるかな・・・
 先生は「ChatGPT」デスか・・・
 「ChatGPT」をインストールすること自体が至難の業・・・
 ↓↑
 ボッチで・・・周辺には「しがみつく」人物がいないし・・・
 「蒼蠅驥尾(ソウヨウキビ)」・・・「しがみつく」の説明由縁」
 ・・・「青蝿」が「駿馬」の
     尾っぽに
    「しがみついて」いれば
     瞬時に1000里も移動できる・・・そうですか?・・・
 優秀な指導者や先生が必要でアル・・・
 ↓↑
 似て非なるモノ・・・
 「老驥伏櫪(ロウキフクレキ)」・・・「老+驥+櫪+伏」
 ココロザシ・・・ですか・・・
 ↓↑
 老いた「プーチン私欲強欲の黄昏」・・・
 彼の想いは「人類皆、道連れ心中」・・・
 くたばれ、腐汚塵・・・

 ↓↑
 追加添文を・・・音声で添文してみようかと思ったが・・・
 どうやらボクにとっては
 慣れとか、使い勝手もあって
 思ったよりも便利ではない・・・
 兎に角
 同音のコトバを探るのが
 ボクの趣味と妄想なので
 余りにも「同音異議言語」が多いために
 文字記録でメモ帳に表出されるまでに
 目的の「漢字」が出てこない・・・
 今のところは
 視覚で検索辞典で漢字を確認したほうが速い・・・
 ・・・追加添文だったけれど・・・
 随分と日を置いた・・・追加添文になっちまった・・・
 ↓↑
 視覚での楽しみ・・・映画館・劇場
           無声活動写真よりも
          「色付き(カラー・collar)」
           の
          「トーキー(talkie)映画」
 聴覚での楽しみ
 ・・・ボクの「ラヂヲにㇱガミついていた時代」・・・
 ↓↑
 しがみ付く・・・「志賀・滋賀・四賀」+看につく?
 強く嚙む・・・・「歯牙にカケる」?
 かみしめる
 齧(かじ)り付く・・・「楫理ツク」?
  「化字理通句」?   楫取 美和子(かとり みわこ)
             楫取 素彦(かとり もとひこ )
 しっかりとツカンで放すまいとする
 詞通仮理譯通漢 出・・・?
 しっかりと取りつく
 史通借 訳録り付く?
   ・・・録り付く・憑依する
      鶏筑=阿毎王朝
     「開皇二十(600)年
      倭王
      姓は阿毎(あめ・アマイ・アバイ)
      字は多利思比孤(たりしひこ)
      号は阿輩鶏彌(おおきみ)」
        阿波(安房・淡・粟・沫・泡・安和)
          経観?
          兵庫県 淡路島の
          北緯度 34.3257
          東経度 135
          1884(明治17)年10月
          米国ワシントン
          国際子午線会議
       東経135度
       兵庫県
       明石市を日本の標準時と決めた
       淡路島
       日本国内で主要4島を含め
       11番目の大きい面積の島
 ↓↑
 力をこめて縋(すが)りつく・・・縋
     ・・・須賀里突く?
        須賀神社=素鵞神社
       (すがじんじゃ=そがじんじゃ)
        牛頭天王須佐之男
        を祭神とする
        祇園信仰の神社
       「すが=須我=清=酒賀=素鵞」
        などとも表記され
        島根県高知県に特に多い
 ↓↑
 縋=糸+追
   幺+小+辶+丿+㠯
   ツイ
   すがる
   さげる・つり下げる
   縄(なわ)を上からたらす
   すがる・たよる・よりつく・つかまる
 ↓↑
 追+α・・・
 搥=扌+追=タイ・ツイ・捨てる・投げ打つ
       打つ・打ち叩く
 塠=土+追=タイ・テ・ツイ・落とす
 㗓=ロ+追=満ちる・いっぱいになる
 槌=木+追=つち・うつ・たたく・うちたたく
 膇=月+追=脚が腫れる
 㷟=火+追=熱湯につけて毛を取り除く=煺
 磓=石+追=落ちる・下に落とす・石を高く積む
       重い棒で叩く
 㾽=疒+追=ツイ・タイ・テ・デ
 䊚=米+追=ツイ・タイ・テ・デ・ツイ
 鎚=金+追=つち・かなづち・物をうちたたく道具
       うつ・つちでうつ・かなづちでうつ
       おもり・物の重量をはかるのに用いる分銅=錘
       きたえるたたいて鍛える
       みがく・角を丸くする
 䨨=雨+追=ツイ・タイ
 䭔=食+追=むしもち・だんご・蒸して丸めた餅
 ↓↑
 追い縋る(おいすがる)
 縋り付く(すがりつく)
 縋る(すがる)=しっかりと掴まって離れないこと
 取りすがる・取縋る
 泣きすがる・泣縋る
 寄り縋る(よりすがる)
 ↓↑
 袂に縋る(たもとにすがる)
 杖に縋るとも人に縋るな
 藁にも縋る(わらにもすがる)
「縋る=攀る」とも書く
 ↓↑
 しっかりとにぎって離れないようにする
 取りつく
 縋(すが)る
 取り縋(すが)る
 寄り縋(すが)る
 縋(すが)付く
 取りすがる
 取付く
 寄りすがる
 縋(すが)りつく
 ↓↑
 抱きつく
 抱付く
 取縋(すが)り付く
 ↓↑
 掻(か)いつく・・・「かきつく」の音変化
 掻(かい)付く・・・「書き突く・下記通句・牡蠣着」
   掻=扌+蚤(ソウ・のみ)
   掻(か)く=scratching=itchy = 痒い
   かゆい=itchy
   かゆみ=itchiness
      itching, itchy
   動詞
   うずうず・・・渦・烏頭・宇津・宇須
       ・・・碓・臼・有珠
       ・・・有珠嶽・洞爺湖有珠山(北海道)
  itching, bursting, itch, champing
  イッチング=一致瘖(韻・韵・殷・印・因)+具
 ↓↑
 取り付く
 抱き付く
 寄縋る
 ↓↑
 しがみつく
 離そうとしない
 固執する
 執着する
 妄執する
 留まろうとする
 拘泥する
 退かない
 居座ろうとする
 かじり付く
 齧(かじ)り付く
 ↓↑
 驥(キ)・・・「しがみつく」の訓読み?
 馬+冀
 馬+北+異
 馬+北+田+共
 馬+北+田+龷+八
 馬+北+田+卄+一+八
 馬+北+田+一+丨+八
 キ
 すぐれた馬
 一日に千里を走るという名馬・駿馬
 すぐれた才能・俊才
 異体字
 驥=蘎=艹+雨+肥
     艹+雨+月+巴
 冀=懻
 冀=北+田+共=懻
 懻=忄+冀・・・翼(ヨク)=つばさ・翔・翠
          =巽?・・・辰巳・東南方位
           異体字「巺=巳₊巳+一+ハ
               㢲=弓+弓+一+八」
   忄+北+異
   忄+北+田+共
   忄+北+田+龷+八
   忄+北+田+卄+一+八
   忄+北+田+一+丨+八
   キ
   性格が強情で
   人の言うことを聞かないさま
 ↓↑
 驥尾(キビ)=足の速い馬の尾
 驥足(キソク)
 ↓↑
 按図索驥(あんずさくき)
  実際には役に立たない意見ややり方
  名馬を絵や書物の知識だけで
  見つけようとする意
   「図を按(あん)じて
   驥(き)を索(もと)む」
  ↓↑
  渇驥奔泉(カッキホンセン)
  勢いが非常に激しいこと
  筆遣いに力強さと勢いが素晴らしいこと
     「驥」=一日で千里の距離を走る
    駿馬
     「奔」=非常に速く走ること
     のどが渇いて水が飲みたい駿馬が
     全力で泉に向かって走る
     唐代の
     徐浩の書を言い表した言葉
     「渇驥(カッキ)
     泉(いずみ)に
     奔(はし)る」
  ↓↑
  騏驥過隙(キキカゲキ)
   一瞬の出来事
   時の経過が非常に速いこと
   人の命のはかなさや短さを嘆いた言葉
  ↓↑
  驥服塩車(キフクエンシャ)
   すぐれた能力を持った人が
   能力に見合わない低い地位にいたり
   誰でも出来るような仕事をさせられること
   「驥服」=一日で千里走るすぐれた馬に
      車を引かせること
      塩を運ぶための車を
      名馬に引かせる
       「驥、塩車に服す」
  ↓↑
  牛驥同皁(ギュウキドウソウ)
   すぐれている人と愚かな人が
   同じ待遇を受けること
    「皁」=牛や馬の餌を入れる飼い葉桶
    牛とすぐれた馬が
    同じ飼い葉桶で餌を食べる
    「牛驥皁を同じうする」
  ↓↑
  蒼蠅驥尾(ソウヨウキビ)・・・「しがみつく」の説明由縁
   普通の人でも
   賢者の指示に従って行動すれば
   功績をあげることが出来る
   「蒼蠅」=青ばえ
       駿馬の尾に止まれば
      青ばえも千里を移動する
      「青蠅驥尾に付す」
      謙遜する表現
     「驥尾に付す」
  ↓↑
  驥足を展ばす(キソクをのばす)
   すぐれた才能を持った人が
   それを十分に発揮すること
  ↓↑
  驥尾に付す(キビにフス)・・・「しがみつく」の説明由縁
   才能のない人でも
   すぐれた人に付き従っていれば
   自分の能力以上のことが
   成し遂げられること
   自分の行動を謙遜していう言葉
  ↓↑
  老驥伏櫪(ロウキフクレキ)
  老いても昔と同じように大志を抱き続けること
 「老驥」=老いた駿馬
 「櫪」=くぬぎの木・床下の横木に使う馬屋
     三国志曹操の詩
     若い頃に千里を駆けた駿馬が
     老いて馬屋に伏していても
     千里を駆ける志を捨てない
     曹操「歩出夏門行」
ーー↓↑ーー
 「小柳とおる」・・・「コロの物語」・・・子供のラヂヲの時間
 1948年8月18日
 ~
 1969年3月14日
       大運1965年6月(16歳)壬戌印綬
                  ┣害
  戊┏子(壬 癸)正財・偏印 病⇔己酉偏財 1969
   三合水壬           ┣冲
 ┏庚┣申(戊壬庚)正官・印綬 胎⇔丁卯食神 0003
 干合 害             ┣合火丁
 ┗乙┣亥(戊甲壬)  ・劫財 死⇔戊戌正財 0024
                  ┣
  壬┗午(丙 丁)印綬・偏財長生⇔癸丑正財 0230
     申酉空亡
    ┏丁酉0023
    ┗壬子0000
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
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 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
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 モモちゃん

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解書・楷書漢字が絵文字ではないコト・楷=木+比+白

 文字霊日記・3268日目

「奈」のカンジ・・・

「奈良」=ダイラ=だいら=拿意等?

 「奈井江」の「奈(な)」
 「奈 良」の「奈(な)」
 「曼荼羅」の「荼(ダ)」
 「茶 柱」の「茶(チャ)」

  ↓↑
 奈=大+示・・・大(ダイ)文字町・大(ダイ)文字焼き
         大(ダイ)文字山
         大(タイ)雪山
         太(おほ)の安の万(萬)の侶
   ナ
   ダイ・・・ダイ(dai)の「カンジ」のスベテ・・・
      邪馬台(たい)国
   ナイ
   いかん・・・・遺憾
   いかんぞ・・・奈何(いかん)・如何
   なんぞ・・・・何ぞ
   果樹の名
   からなし=加羅梨・・・木梨軽皇子
   りんごの木・・・・・・林檎・利宇古宇(りうこう/りうごう)
   りんご(林檎・Apple)に
   似た実のなる木・・・・蘋菓(ヒンカ・ビンカ)
   いかん・・・・ダメである
   いかんせん・・どうすればいいのか
   いかんぞ・・・如何ぞ
   なんぞ・・・・どうして、それくらいならならば
   疑問・反語の意を表わす
   如何・奈何(いかん)物事の過程・状況・状態・様子
   那辺・奈辺(なへん)どのあたり・どのへん・どこ
   奈良漬(ならづけ)
   白瓜(しろうり)などを
   酒糟(粕・かす)に漬けた食べ物
   奈落・那落(ナラク
   金輪奈落(コンリンナラク
   物事の極限
   絶対にや、どこまでも
   「金輪」は大地の一番の深い底
   「奈落」は地獄
   仏教の三つの大輪の一つ
   大地の下にあり、下から順に
   風輪、水輪、その上に金輪がある
   奈落の底=地獄
  「奈何橋」=山東省泰山・奈河にかけられている橋
   ナイ・ホー・ブリッジ
   ネ  ホ
   奈  何   橋
   ↓↑
   中国の民俗神話の概念の中で
   生まれ変わりの必見の場所
  「ネホ(奈何)」橋の側には
   前世の記憶を忘れ
   後の人生に生まれた人々に
   「メン・バオのスープ」のボウルを与える
   「メン・バオ」
    ↓↑
    孟宝・孟飽・面包・麺飽・・・飽=満腹=秋留+台
       孟=子+皿      飽食・飽きる・安芸留    
        =「了+一」+皿
        =始終・終始
         終了と開始・をわり&はじめ
         +
        「皿」
         dish=盛り付けの大皿
         plate=直接食べるものを載せる小皿
            カップの受け皿 
         plates=皿類の総称
         crockery=食事用食器セット
   ↓↑
        孟宝=皿にのせた子は宝
           孟(メン)は宝・・・?
           孟子・・・タケル(建)の
                子(始終・終始)=思想
                建国の始終、終始
        孟买=ボンベイ(インドの都市)
       =孟買=Mumba
        子を皿にのせて買う・・・?
       媽(マ)=母也=女+馬
           =母親・老婦
            老婆・媼(おうな・おみな)=嫗
   ↓↑        ↓↑
   という名前の「年配・年増の女の神々」がいる

   媽祖(マソ)
   航海・漁業の守護神・・・
  「あおき しげる」のモチーフ
  「motif=動機・理由・主題」のフランス語

    ・・・セイレーン=シレーネ=シレン
       シレーネ=セイレーン(フランス語Sirene)
       シレーナ(イタリア語Sirena)
   中国沿海部に信仰される女神
   尊号 天后
      天妃・天上聖母
      娘媽
      媽祖婆
      阿媽


 ↓↑    ↓↑
      日本の
      弟橘媛
     (おとたちばなひめ)
      音  立場名 比瑪
      日本武(建)尊の妃
      倭建命の后
      弟橘比売命
      の信仰と混淆
      江戸時代前期
      清より来日し
      水戸藩二代藩主
     「徳川光圀」・・・「大日本史」編纂主催者
      の知遇を得た
      東皐心越
      が伝えたとされる
      天妃神の像が
      茨城県
      水戸市
      祇園寺に祀られている

 ↓↑
 倷=イ+大+示=ダイ・ナイ=倻
  =你=伱=ジ・ニ
    なんじ(汝)・ しかり(然り)・ その・ のみ
    thou, you
    you, that
    you, second person pronoun
    代名詞
 ↓↑
 捺=扌+大+示=ダツ・ナツ
        おす・上からおさえつける
       書法「永字八法」での「磔」
       右はらいのこと
       とし
       押捺
       捺染=模様を染める染色方法
       捺印
       太鼓判を捺す
 ↓↑
 萘=艹+大+示=ダイ・ナイ
        タ・ダ・ト
        くるしみ
        にがな
        のげし・けしあざみ・きく科の多年草
        雑草・あれくさ
        苦しみ・害悪・害毒
 ↓↑
 㴎=氵+大+示=ショウ・ジョウ・うけたまわる・うける
       《说文》沛之也。《玉篇》㴎沛,水波貌
 ↓↑
 㖠=口+大+示=ダ・ナ=哪
       鬼やらいの時の鬼をはらう声
       驚嘆や疑問を表す
 ↓↑
 㮈=木+大+示=ダイ・デイ=㮏=木+木+示
        バラ科の落葉高木
        立ち枯れした木
 ↓↑
 錼=金+大+示=鎿=金+拿(合+手)
        ナ
        化学元素のネプツニウム
 ↓↑
 䱞=魚+大+示=ダイ・ナイ
   ⺈+田+灬+大+示
 ↓↑
 曼荼羅(マンダラ・キンコル)と
 密教の経典の
 諸仏諸尊の集会(シュウエ)する楼閣を
 模式的に示した図像
 ↓↑
 荼=艹+余・・・=茶+一
      余=餘=食+余
=農具で土を押し退ける
          舒の原字
          除=土を押し退けること
         =除草器具
       ・・・除=阝+余
            のぞく・除去
            のぞく=覗く・覘く
        食物の余り
        あまり、あまる、残り、豊か、暇、あと
        説文解字・巻五=「饒(おほ)きなり」
        饒=食+堯・・・盛=成+皿⇔孟=子+皿
          盁=盈=盈=夃+皿
               =乃+又+皿=みちる=満
                乃=ダイ・ナイ=奈  
                夃=コ・ク
                  売り買い・儲ける
            堯=「垚+兀」=尭=尧=盛土
禿=高い兀山
        陰暦(旧暦)四月
        我
  艹+人+禾
  艹+亼+ホ
  ↓↑
 「歯牙余論(シガのヨロン)」
 「遊刃余地(ユウジンヨチ)」
 「余韻嫋嫋(ヨインジョウジョウ)」
 「紆余曲折」
 「余裕綽綽(ヨユウシャクシャク)」
 「紆余委蛇(ウヨイダ)」
 「紆余委蛇(ウヨイイ)」
 「無余涅槃(ムヨネハン)」
 「積悪余殃(セキアクのヨオウ)」
 「積善余慶(セキゼンヨケイ)」
 「窮余一策(キュウヨのイッサク)」
 「読書三余(ドクショサンヨ)」
 「読書三余(トクショサンヨ)」
 「虎口余生(ココウヨセイ)」
 「流風余韻(リュウフウヨイン)」
  ↓↑
 「才余りありて識足らず」
 「立錐の余地もない」
 「かわいさ余って憎さが百倍」
 「余り茶に福あり」
 「余り物には福がある」
 「人屑と縄屑は余らぬ」
 「日計足らずして歳計余りあり」
 「二八余りは人の瀬越し」
 「余の辞書には不可能という言葉はない」
 「窮余の一策」
 「後生は徳の余り」
 「凝っては思案に余る」
 「信心は徳の余り」
 「積善の家には必ず余慶あり」
 「足らず余らず子三人(たらずあまらずこさんにん)」
ーー↓↑ーー
 「余 市」の「余」・・・壹與・壱與・臺與のヨ
             扶余のヨ
 ナゼ、「余市」なのか・・・?
 北海道余市郡余市町
 江戸時代からの地名で
 古くは「与市」
 アイヌ語
 アイヌ語の「ユウヲチ(温泉のある所の意)」の略語
 「温泉のある川」
 アイヌ語の「イオチ(蛇のいる所)」
 アイヌ語の「イヨチ(目がくらむ)=高い断崖」
 ↓↑
 慶長4年(1599年)
 「松前慶広(伊豆守)」
 「松前左膳」に
 余市川
 右岸を与え上ヨイチ余市場所とし
 左岸を
 「松前八兵衛」に与え下ヨイチ場所とする
 ↓↑
 元禄元年(1688年)
 松前藩
 神威岬(かむいみさき)以北への婦女子の通行を禁止
 ↓↑
 文化3年(1806年)
 幕府目付役
 「遠山金四郎景普」ら
 西蝦夷地(にしえぞち)を巡回
 ↓↑
 文政3年(1820年)
 初代
 「林長左衛門」
 ヨイチ場所を請負い、各地に漁場を拓く
 ↓↑
 安政3年(1856年)
 神威岬以北への婦女子の通行禁止を解く
 これによりヨイチに定住する者増加
 ↓↑
 安政4年(1857年)
 余市・小樽間の道路開通
 ↓↑
 明治2年(1869年)
 開拓使余市詰役員派遣(浜中出張所)
 余市定着77軒
 ↓↑
 明治4年(1871年)
 旧会津藩
 余市町に入植
 ↓↑
 明治8年(1875年)
 開拓使
 アメリカから取り寄せた
 リンゴなどの苗木を農家に配布
 ・・・林檎=りんご=蘋果思情 蘋果花 蘋果追分
 ↓↑
 明治12年(1879年)
 「余市リンゴ」、はじめて結実
 ↓↑
 明治16年(1883年)
 余市・蘭島間にトンネル開通
 ↓↑
 明治18年(1885年)
 「幸田成行(露伴)」
 余市電信局に赴任
 ↓↑
 明治33年(1900年)7月1日
 郡内11町村を合併して
 余市町となる
 ↓↑
 明治35年(1902年)
 北海道鉄道株式会社により
 鉄道敷設
 余市駅開設
 ↓↑
 明治40年(1907年)
 余市、小樽間に電話開通
 ↓↑
 明治42年(1909年)
 「阿部勘五郎」・・・アベ、勘繰る・・・?
 黒川村に
 余市酒造(株)創設
 銘酒「十一州」
 ・・・十一州=南北戦争
   (American Civil War
    the Civil War=市民戦争)
    1861年~1865年
    北部アメリカ合衆国
    北部23州との
    合衆から分離した
    南部アメリカ連合国
    の間で行われた内戦
    奴隷制存続を主張の
    ミシシッピ(密士失比・密西西比)州
    フロリダ(福落里得・佛羅里達)州など
    南部「11州」が
       11=十一=壱拾壱=壱足壱=Ⅺ
         一一=壱壱=ⅠⅠ
    合衆国を脱退し
    アメリカ連合国を結成
    1860年
    12月
    サウスカロライナ(南格阿利納)州
    合衆国からの脱退宣言
    1861年2月までに
    ミシシッピ(密士失比・密西西比)州
    フロリダ(福落里得・佛羅里達)州
    アラバマ(亜拉巴馬)州
    ジョージア(卓爾治亜・佐治亜)州
    ルイジアナ(禄細亜那・路易斯安那)州
    テキサス(徳過瑟斯・得克薩斯)州
    が合衆国からの脱退宣言
    2月4日
    この7州が
   「アメリカ連合国」結成
    首都を
    アラバマ(亜拉巴馬)州
    モンゴメリー・・・
    ジェファーソン・デイヴィス
    が暫定大統領に指名
    11月に正式に当選
 ↓↑
    3月4日
    リンカーンが大統領就任
    4月12日
    南軍が合衆国の
    サムター要塞を砲撃
   (サムター要塞の戦い)
    5月まで
    バージニア(費爾治尼亜・弗吉尼亜)州
    アーカンソー(阿肯色)州
    テネシー(田納西)州
    ノースカロライナ(北格阿利納)州
    が連合国に合流
    連合国の首都
    モンゴメリーから
    バージニア(費爾治尼亜・弗吉尼亜)州の
    リッチモンドへと移転
    奴隷州の
    ウェア(?)州
    デラウェア州(State of Delaware
         特拉華)?

    大西洋岸中部に位置
    南北戦争
    デラウェア(特拉華)州・・・?
          特に拉(拉致)された華(花・ハナ)
          このはなし・さくよる・ひめ
    は唯一の
    名目上の奴隷州で北部に留まった
    1861年1月3日
    アメリカ合衆国憲法を批准し
    最初の州
    市民の大半は州の連隊(北軍)に入ったが
    メリーランド州バージニア州の連隊に入って
    南軍に仕えた者もいた
    1865年12月
    アメリカ合衆国憲法修正第13条を批准
    残っていた奴隷を解放
    ・・・ウェア郡(Ware County)・・・郡?
       アメリカ合衆国ジョージア州の南部
    ↓↑
    ケンタッキー(肯塔基)州
    メリーランド(瑪理蘭)州
    ミズーリ(密蘇里)州
    バージニア(費爾治尼亜・弗吉尼亜)州
    の西部(バージニア州から独立した
    ウェストバージニア(西弗吉尼亜)州)
    は合衆国に残留
 ↓↑
    4月19日
    リンカーン大統領
    南部海岸線の海上封鎖宣言
 ↓↑
    南北戦争が勃発した時点
    合衆国陸軍に所属将兵は1万6000人程度
    合衆国海軍も将兵7600名と船舶42隻程度
    連合国南部は
    正規軍は保有しておらず、海軍も存在しなかった
 ↓↑
    大半の将兵は合衆国軍に残ったが
    士官のうち
    313名が職を辞して
    南部連合国軍に参加
    後に南軍の将軍となった
    ロバート・E・リー
    ストーンウォール・ジャクソン
    ジョセフ・ジョンストン
    P・G・T・ボーリガード
    なども加わった
ーー↓↑ーー
 黒川村に
 余市酒造(株)創設
 銘酒「十一州」
 発売
 ↓↑
 大正4年(1915年)
 小樽電灯株式会社の工事により
 町内に電灯点灯(3,000余戸)
 大正9年(1920年)
 第1回国勢調査
 人口16,809人
 大正10年(1921年)
 山田村に
 アユ(鮎)人工孵化場建設
 ↓↑
 大正14年(1925年)
 大江村下山道地区を余市町に併合
 昭和4年(1929年)
 北海道水産試験場完成
 昭和9年(1934年)
 大日本果汁株式会社
 (ニッカウヰスキー)創設
 ↓↑
 昭和25年(1950年)
 「フゴッペ洞窟」発見
 (昭和28年国指定文化財に)
ーー↓↑ーー
 「比律賓=比国」の「GiGi=ジジ」
https://www.youtube.com/watch?v=SwX7bO-r2iY&t=10s

 ジジ・デ・ラナ(メアリー・ギジェット・デラ・リャナ生まれ)
 September 24, 1995
 1995年9月24日
     大運2020年9月(25歳)戊子比肩
  乙亥(戊甲壬)正官・偏財 絶⇔癸卯正財
  乙酉(庚 辛)正官・傷官 死⇔
 ┏戊午(丙 丁)  ・劫財帝旺⇔
  ┗癸丑(癸辛己)正財・劫財 養⇔
   子丑空亡
 or
     大運2030年5月(34歳) 己丑比肩
 乙 亥(戊甲壬)偏官・正財 胎⇔癸卯正財
 乙 酉(庚 辛)偏官・食神長生
 己┏ 未(丁乙己)  ・比肩冠帯
 乙┗ 丑(癸辛己)偏官・比肩 墓

 セイレーン(古希 Σειρήν・Seirḗn)
 ギリシア神話に登場する海の怪物
 複数形はセイレーネス(Seirenes)
 上半身が人間の女性
 下半身は鳥の姿
 後世には魚の姿
 海の航路上の
 岩礁から
 美しい歌声で航行中の人を惑わし
 遭難や難破させる
 歌声に魅惑され
 セイレーンに喰い殺された船人たちの骨は
 島に山をなした
 名の語源
 「紐で縛る・干上がる」=Seirazein
  セイレンでも知られる
 ギリシア語はラテン語化され
 シーレーン
 (Siren・複数形シーレーネス・ Sirenes)
 英語サイレン(Siren
 フランス語シレーヌ(Sirene)
 ドイツ語ジレーネ(Sirene)
 イタリア語シレーナ(Sirena)
 ロシア語シリェーナ(Сирена)
 ウクライナ語シレーニ(Сирени)
 英語では「妖婦」という意味にも使用
 セイレーンは
 河の神
 アケローオス
 と
 ムーサ
 の
 メルポメネー
 テルプシコラー
 カリオペー
 あるいは
 カリュドーン王
 ポルターオーンの娘
 ステロペーとの娘で
 2人、3人、4人
 あるいは
 5人姉妹であるとされている
 構成員の諸説
 2人の場合は
 ヒーメロペー
 (古希Himerope・優しい声)
 テルクシエペイア
 (古希Thelxiepeia・魅惑的な声)
 3姉妹説では
 アポロドーロスが
 ペイシノエー
 (古希Peisinoe・説得的)
 アーグラオペーメー
 (古希Aglaopeme・美しい声)
 テルクシエペイアを挙げ
 ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス
 『ギリシャ神話集』で
 テルクシエペイア・モルペー
 (古希Μολπη・Molpe・歌)
 ペイシノエーを挙げている
 あるいは
 レウコーシアー
 (古希Leukosia・白)
 リゲイア(古希Ligeia・金切り声)
 パルテノペ
 (古希Parthenope・処女の声)
 からなるともいわれる
 4姉妹説では
 テレース
 (古希Teles)
 ライドネー
 (古希Raidne)
 テルクシオペー
 (古希Thelxiope)
 モルペーで構成

 元はニュンペー(河の神)で
 ペルセポネーに仕えていた
 ペルセポネーが
 ハーデースに誘拐された後
 ペルセポネーを探すために
 自ら願って
 鳥の翼を得た
 ヒュギーヌスでは
 誘拐を許したことを
 ケレースに責められ
 鳥に変えられた
 『オデュッセイア
 エウスタティウス注で
 誘拐を悲しんで
 恋愛をしようとしなかったため
 アプロディーテーの怒りを買い
 鳥に変えられた
 パウサニアースの
 『ギリシア案内記』
 ヘーラーの要請で
 ムーサと歌で競い合い
 勝負に負けて
 ムーサの冠を作るために
 羽をむしり取られた

 彼らの住む島
 ホメーロス
 魔女キルケーの住む
 アイアイエー島
 と
 プランクタイの岩礁
 カリュブディス
 と
 スキュラ
 の棲む海域の間にある
 ヘーシオドスは
 セイレーンたちは
 ゼウスによって
 アンテモエッサ島
 (Anthemoessa)
 を与えられた
 物語
 セイレーンは
 ホメーロス
 『オデュッセイア』登場
 オデュッセウスの帰路の際
 彼は歌を聞きたいと思い
 船員には蜜蝋で耳栓をさせ
 自身をマストに縛り付け
 決して解かないよう船員に命じ
 歌が聞こえると
 オデュッセウス
 セイレーンのもとへ行こうと暴れ
 船員はますます強く彼を縛った
 船が遠ざかり歌が聞こえなくなると
 落ち着いた船員は
 耳栓を外し
 オデュッセウスの縄を解いた
 ヒュギーヌスによれば
 セイレーンが歌を聞かせて
 生き残った人間が現れた時には
 セイレーンは死ぬ運命となっていたため
 海に身を投げて自殺した
 死体は岩となり
 岩礁の一部になった

 『アルゴナウティカ』
 イアーソーンら
 アルゴナウタイが
 セイレーンの岩礁に近づくと
 乗組員
 オルペウスが
 リラをかき鳴らして
 歌を打ち消したが
 ブーテースは
 歌に惹かれて
 海に飛び込み泳ぎ去ってしまった

 中世以降
 半人半鳥でなく
 人魚のような
 半人半魚の怪物
 鳥から魚への変化

 7世紀~8世紀頃の
 『怪物の書』
 言語上の類似による誤解

 ギリシア語では羽根と鱗は同じ
 πτερνγιον
 で
 ラテン語
 羽根 pennis
 鱗 pinnis
 類字
 下半身が
 羽根に覆われた姿から
 鱗に覆われた姿に変化した
 北方の魚の尾を持つ
 妖精や怪物を呼ぶ際に
 セイレーンの語が当てられ
 古代に
 海岸の陸地を目印に航海していたのに対し
 中世に
 羅針盤が発明されて
 沖合を遠くまで航海できるようになったので
 セイレーンのイメージが
 海岸の岩場の鳥から
 大海の魚へと変化したため
 ゲーテ
 『ファウスト
 に登場し、怪物としての性格が強まった
 後世
 人魚や水の精などとも表現
 西洋絵画で好まれる画題となった
 セイレーンを描いた図像
 二又に分かれた
 鰭を備えた魚の下半身となっている
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
 ↓↑
 モモちゃん

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm
 

 

作品=人のアッチコッチの試行錯誤の作り物・・・

文字霊日記・3267日目

 漢字魂魄の示現
 ↓↑
 S球の表面積(Surface=サーフェス
 π(パイ・pie)=円周率(= 3.14…)・・・杯=高坏・祝杯・酒盃
 r 球の半径(radius=ラディウス)

 ↓↑
 ・・・遠洋西欧渡海の「暇つぶし」にダレかが
 持参の「古事記写本」に筆で注釈を入れていた・・・?
 ・・・エジプト(埃及)の
    カイロ(廻呂・解賂)に到着・・・
    ピラミッド(金字塔)と
    スフィンクス(獅身人面像・獅身女面像)
    を観た・・・もちろん
   「絵文字」の
  「神聖文字
   =ヒエログリフ (hieroglyph)」
    ↓↑
    簸得慮具理附(譜)
     考慮句理符(譜)
     考=土+ノ+丂(一+㇉・巧・工)
           丂=一+ㄅ=一+勹=丆+𠃌
                   𠃌=刃
    簸=「竹+其+皮」=ヒ
       長けの記の
      「化(加)和=カワ=鈹=金皮」
       鈹=金+皮=ヒ
         かわ
         医術用の大きな針
         武器・両刃の大きな剣・槍
         化学元素のベリリウム
         かわ=硫化鉱を製錬する際に
         発生する中間生成物=マット
    簸=箕(み)で
      穀物などをあおって
      籾殻(もみがら)や
      塵(ごみ・坱=ちり
          ・埃及=坱(ちり)及ぶ=Egypt
      などを除くこと
   ・・・箕が作る秋の坪?
          安芸・亜紀・蕪木・阿木
          坪=つぼ=土+平
           =壺=壷=壼
            坩=壜=瓶=びん=紊
           =つぼ=腧=経穴=経絡
  ↓↑
  臺(つぼ?)=吉+冖+至(一+ム+土)
  臺=娞=奈=ダイ=台(簡体字, 新字体)=䑓(俗字)
             奈良=ダイラ・なら
              邪馬臺(台)国
                壹=壱⇔臺(台)与
   =㙜・ 㙵・ 㣍・ 坮・ 𡋛
    𡌫(古字)=𡌬(同字)=吉+冖+土=臺⇔壺
    𡎲・𡐉・𡒢・𡔼・𦤼
  ↓↑
  兪=ユ=俞・・・福沢諭(言+俞)吉・・・愉快
    巜=カイ・カン・ケ・・・巛=川=セン=壱千=壹千
    二途の川?       三途の川?
  瑜=たま=王+兪
      =球・玉・瑞
    「古事記-真福寺本」
     賢瑜が応安四年(1371年)に上・中巻を書写し終え
     信瑜が応安五年(1372年)に下巻の不足を補い校合
  ↓↑
   ・・・婾(ぬすむ)
      牏(便所・便器・下着・襦袢)
      褕(ユ・ヨウ・美服)
      褕翟(ユテキ)=雉(きじ)の羽飾りや模様がある衣服
      襜褕(センユ)=丈の短い単衣(ひとえ)
      癒(ゐやす=愈)・逾(こえる)・喻(さとす)
  ↓↑
  䗂蝓(コユ)=デンデンムシ=かたつむり=蝸牛・🐌
  蛞蝓(なめくじ・カツユ・カチユ)
  蛞蝓に塩
   ↓↑
   箕=竹+其
   簑=竹+衰
     竹+亠+口+一 +𧘇(衣)
    =蓑=簑=簔=竹+亠+Ⅱ+一+𧘇(衣)
     異体字「𡔤 簔 衰 莎 𦸏 簑」
・・・簔・蓑=箕の
       みの=美濃
       美濃国
      『先代旧事本紀
      三野前国
      三野後国
      額田国
      の三国
      『古事記
      本巣国
      牟義都国
      加えた五ヵ国
      国には国造が設置
      美濃県、鴨県、刀支県
      三県に県主が設置
      後
      国々と県を統合し
      美濃国が7世紀に成立
      岐阜県の南部地域(美濃地方)
      長野県の南西部地域の一部の木曽郡(木蘇国)
      にほぼ相当
      南隣の尾張国との境は木曽川

      霊亀元年(715年)七月
      席田君邇近(むしろだのきみにこん)
      と
      新羅人74家のひとびとを
      美濃の国に移住させ
      席田郡がつくられた(『続日本紀』)
      大宝二年(702年)
      美濃国加茂郡半布(はにゅう)里(富加町羽生)
      戸籍に古い渡来系氏族の
      秦人・秦人部の姓をもつ人々が多くみられる
     (『日本書紀斉明天皇六年十月条)
 ↓↑
 箕作 秋坪(みつくり しゅうへい)
  作=イ+乍・・・工作・作文・耕作・作業・作為・作意
         人のアッチコッチの試行錯誤の作り物?
  乍=サ
  たちまち
  ながら
  急に・さっと・ふと
  重ねて用いて
  「~したり~したり」
  「~したかと思うと~する」
  の意
  ~ながら
  「~ではあるが・~にもかかわらず・~しつつ」
  然し乍ら(しかしながら)
  憚り乍ら(はばかりながら)
  恐れ乍ら(おそれながら)・・・ながら=長柄・名柄
  畏れ乍ら(おそれながら)・・・ながら=長良・名柄
  恐れ乍ら(おそれながら)・・・ながら=長等・名柄
  恐れ多いことですが・恐縮ですが
  陰乍ら(かげながら)=相手の見えないところで
            行う様子・密かに
  乍雨(サウ)=にわか(俄か)に雨が降ってくる
  乍可(サカ)=あるいは・むしろ…するべし
  乍巻(サカン)=たちまちおさまる
  余所乍ら(よそながら)=かげながら・それとなく
             直接関係せず離れたところで
             作=イ+乍
             秋=禾+火
             坪=土+平
  簸=箕(み)で
    穀物などをあおって
    籾殻(もみがら)や
    塵(ごみ・坱=ちり・埃及
    などを除く
 ↓↑ ↓↑
 簸=箕(み)で・・・箕作秋坪
 ↓↑
 箕作 秋坪(みつくり しゅうへい)
 文政八年十二月八日
 (1826年1月15日)
 ~
 明治十九年(1886年12月3日)
    大運1878年12月(52歳)癸未傷官
 乙酉(庚 辛)正財・比肩帝旺⇔ 丙戌偏官
  ┣三合辛局=劫財帝旺
 己丑(癸辛己)印綬・傷官 墓⇔ 己亥印綬
 庚申(戊壬庚)  ・食神建禄⇔ 丁酉正官
 丁丑(癸辛己)正官・傷官 墓⇔ 辛丑劫財
  子丑空亡
  ↓↑ 
  文久元年十二月二十二日(出航)
 (1862年1月21日)
 大運1858年12月(32歳)       
 乙酉(庚 辛)正財
  ┣自刑
 辛酉(庚 辛)劫財・劫財・・・自刑
  ┣三合辛局=劫財
 辛丑(癸辛己)劫財・印綬
 乙亥(戊甲壬)正財・食神・・・害
 丁丑(癸辛己)正官・印綬
  ↓↑ 
 洋学者(蘭学者)・教育者・啓蒙思想
 諱  矩
 通称 文蔵
 号  宜信斎
  ↓↑ 
 備中国岡山県)の
 儒者
 菊池陶愛(菊池應輔亮和の婿養子である医者の
     菊池好直正因の養子である菊池慎の子
     名は文理
     通称は士郎)
 の
 次男
 美作国津山藩士の
 箕作阮甫
 次いで
 緒方洪庵適塾にて蘭学を学び、それぞれの弟子となった
 嘉永三年(1850年
 阮甫の二女
 「つね」と結婚して婿養子となり
 長男・奎吾(夭折)
 次男・数学者の大麓(秋坪の実家・菊池家の養嗣子)
 三男・動物学者の箕作佳吉
 四男・歴史学者の箕作元八
 ↓↑
 幕府天文方で翻訳に従事
 安政六年(1859年)
 幕府蕃書調所(東京大学前身)の教授手伝
 文久元年(1861年
 文久遣欧使節
 福澤諭吉
 寺島宗則
 福地源一郎
 らと随行しヨーロッパを視察
 ↓↑
 慶応二年(1866年)
 樺太国境交渉の使節としてロシアへ派遣
 ↓↑
 明治維新
 攘夷論者が率いる明治新政府に仕えるのを好まず
 三叉学舎を開設
 福沢諭吉慶應義塾と並び称される洋学塾の双璧
 東郷平八郎
 原敬
 平沼騏一郎
 大槻文彦
 などがここで学んだ
 専修学校専修大学の前身)の開設で
 法律経済科を設置し
 創立者
 相馬永胤らに教授を任せる
 明治十二年(1879年)
 教育博物館(国立科学博物館の前身)館長
 従五位
 明治十八年(1885年)
 東京図書館帝国図書館及び国立国会図書館の前身)
 館長
 東京師範学校摂理
 ↓↑
 明治六年(1874年)
 森有礼
 らと
 明六社を創立
 社長に就任
 ↓↑
 明治十二年(1879年)
 福澤諭吉
 西周
 加藤弘之
 らとともに
 東京学士会院の創設に参画
 創立会員7名の一人
 古賀侗庵に学び漢学の大家
 教育者として
 教育能力を欠く家庭の父母
 特に女子への教育の重要性を説いた
 ↓↑
 妻・「つね」の死後
 その妹で
 箕作省吾の未亡人であった
 「しん(ちま、阮甫の三女)」と再婚
 「しん」との間に
 長女・直子(人類学者の坪井正五郎に嫁ぐ)
 ↓↑
 明治十九年(1886年
 肺炎で死去
 ↓↑
 家族
 前妻・つね - 箕作阮甫の娘
 後妻・しん - つねの妹。箕作省吾の元妻
 長男・箕作奎吾
 慶応二(1866)年
 15歳で幕府留学生として
 弟の
 大六
 らとともにイギリスへ留学
 明治四年大川にて溺死
 二男・箕作大六(菊地大麓)
 12歳で兄同様イギリス留学
 東京帝国大学総長
 三男・箕作佳吉
 四男・箕作元八
 娘・直子 - 坪井正五郎の妻
 甥
 箕作麟祥、箕作秋吉
 呉文聰、呉秀三
ーー↓↑ーー
 ・・・「夏目漱石
    『 虞美人草 』の中で
    「獅身女」という漢字に
    「スフーヒンクス」という 熟字訓 を当てた」・・・
 オベリスク・・・
 「名称は後世のギリシャ人が
  obeliskos(串)
  と呼んだのが起源で
  当時のエジプトでは
  「テケン(保護・防御)」
  と呼ばれていた」
 オベリスク(方尖塔・仏: obelisque・英: obelisk
 ↓↑
 ベンベン
 古代エジプト
 ヘリオポリス
 (古代エジプト名「オン」
  現在のカイロ周辺の街)
 にある丘
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 「ベン」は
 「何回も生む・生まれる」
 という意味
 「ベンベン」は・・・「弁弁=分別」 or 「娩娩=分娩」?
 「何回も何回も」
 つまり「永遠」を意味
 ↓↑
 ベンベン
 古代代エジプト
 ヘリオポリス創世神話
 原初の水「ヌン」から最初に顔を出し
 神が最初に降り立った
 原初の丘=大地の基=世界の始原の地
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 ラーはべンヌの姿をとり
 原初の丘「ベンベン」の上にとまった
 エジプト第12王朝
 アメンエムハト3世
 ピラミッドの
 キャップストーン
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 太陽光線
 原初の丘
 「ベンベン」を模した四角錐の石造記念物
 べンベン石の表面は鍍金され
 太陽の光に照らされると
 それ自身が光を発するかのように輝いた
 ベンベン石はピラミッドやオベリスクの原型
 ベンベン石は「ピラミッド」や「オベリスク」の頂上に設置
 ピラミッドの頂上を飾るキャップストーンは
 「ベンベネト」と呼ばれていた
 ↓↑
 異説
 「巨大ピラミッドの建設を止めたファラオ達が
  ピラミッドの代わりとして
  太陽神殿に置くようになったもの」・・・
 ↓↑
 オベリスク=正四角錐(Square pyramid)
       底面が四角形の錐体
       四角形は多角形なので
       四角錐=角錐
       長方錐=底面が長方形のある四角錐
       方錐=底面が正方形の四角錐
       正四角錐=直錐
       頭頂点から底面への垂線が底面の重心を通る
       方錐
      「ピラミッド型」
       斜錐の存在を考慮せず
       方錐と正四角錐を同義と説明することがある
       斜方錐=斜錐である方錐
       側面が正三角形である正四角錐

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 ヘリオポリス
 ラー神殿
 ベンベン石は最も神聖なものとされ
 神殿の中央もしくは正面に安置
 原初の丘「ベンベン」は
 「昇る朝日が最初に照らす場所にある」
 と考えられていたため
 ベンベン石の安置場所も
 神殿のそのような場所が選ばれた・・・
 ヘリオポリス
 ベンベンの丘は
 再生と復活をつかさどる精霊が宿る聖なる場所
 ベンベン石にも
 再生と復活をつかさどる
 精霊が宿るとされ
 後に
 太陽神アトゥム
 ラーやアメンと同一視された
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 ヒエログリフ(英: Hieroglyph、聖刻文字、神聖文字)
 ヒエラティック
 デモティックと並んで
 古代エジプトで使われた3種のエジプト文字のうちの1つ
 紀元後4世紀頃までは
 読み手がいた・・・
 19世紀
 フランスの
 シャンポリオンロゼッタ・ストーン解読以降
 読むことが可能になった
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 古代エジプト象形文字、その書体を指す
 広義には
 アナトリアヒエログリフ
 (英語: Anatolian hieroglyphs
     ヒエログリフ・ルウィ語(英語版)の象形文字
 クレタヒエログリフ
 (英語: Cretan hieroglyphs、Eteocypriot language
     の象形文字
 マヤ・ヒエログリフ
 (英語: Mayan hieroglyphs、マヤ語の象形文字
 ミクマク・ヒエログリフ
 (英語: Mi'kmaq hieroglyphs、ミクマク語の象形文字
 など、他の象形文字に対しても用いられる
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 ギリシア語の
 ερογλυφικά
 (古代ギリシア語ラテン翻字
  hieroglyphika, ヒエログリュフィカ)
 に由来
 ερός(hieros, ヒエロス。「聖なる」)
 +
 γλύφω(glyphō, グリフォ=「彫る」)
 を意味
 古代エジプト遺跡で
 主に碑銘に用いられていた
ー↓↑ーーー
 コジキのヒメに「イチのヨ」
 カンジてアのカイのジュウタンにノリ
 ソラをカケメグル
 「コジキ・ジゲン」ものがたり
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 文久元年十二月二十二日、(1862年1月21日)
 英国海軍の蒸気フリゲートオーディン号(HMS Odin)で
 欧州に向かって
 品川港を出発
 長崎
 英領香港
 英領シンガポール
 英領セイロン
 英領イエメン
 エジプト・スエズ上陸
 鉄道で
 カイロ
 アレクサンドリア
 船で地中海を渡り
 英領マルタ
 マルセイユに入った(4月3日)
 パリに到着(4月7日)
 フランスと交渉、失敗
 カレーから英仏海峡を横断
 文久二年四月二日
 (1862年4月30日)
 イギリス
 ロンドン到着
 オールコックの協力を得て
 五月九日(6月6日)
 兵庫、新潟、江戸、大坂の
 開港・開市を5年延期し
 1868年1月1日
 ロンドン覚書調印
 オランダ(6月13日)
 プロイセン・ベルリン(7月18日)
 他国とも同様の覚書を締結
 ロシア・サンクトペテルブルクに入る(8月8日)
 樺太国境画定に関する交渉は失敗
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 復路
 カウナスプロイセン王国
 フランス帝国(パリ覚書締結)
 ポルトガル(10月9日)
 帰路は英領ジブラルタルを経由
 往路とほぼ同じ行路をたどり
 文久二年十二月十一日
 (1863年1月30日)
 帰国
 ↓↑
 ロンドン万国博覧会
 ロンドン滞在
 ロンドン万博の
 日本コーナー
 オールコックが収集した品が展示
 ↓↑
 欧州滞在中の一行の姿は
 「ナダール」
 によって写真に収められている
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 使節一行
 正使・竹内下野守(56歳)
 副使・松平石見守(33歳)
 目付・京極能登守(39歳)
 組頭・柴田貞太郎(46歳)
 勘定・日高圭三郎(33歳) - 26歳? 日高胖の父
 勘定格徒目付・福田作太郎(36歳) 高島茂徳の兄
 目見持格調役並・水品楽太郎(32歳) 水品梅処
 同・岡崎藤左衛門(27歳)
 医師・高島祐啓(31歳)
 雇医・川崎道民(31歳)
 普請役・益頭駿次郎(36歳)
 定役元締助・上田友助(45歳)
  上田敏の母方祖父
 定役・森鉢太郎(29歳)
 定役通弁御用・福地源一郎(22歳)
 定役並通弁御用・立広作(22歳) 立作太郎の叔父
 同・太田源三郎
 同心・斉藤大之進(39歳)
  前年東禅寺事件の警護により
  英政府より褒賞された
 小人目付・高松彦三郎(44歳)
 同・山田八郎(41歳)
 翻訳方御雇
 松木弘安(35歳)
 同
 箕作秋坪(36歳)・・・箕の作の秋の坪・・・?
 同
 福澤諭吉(29歳)
 そのほか
 三使節の家来が2名ずつと
 柴田の従者1名
 竹内下野守家来
 長尾条介
 同
 高間応輔
 松平石見守家来
 野沢伊久太
 同
 市川渡(市川清流)
 京極能登守家来
 黒沢新左衛門
 同
 岩崎豊太夫
 柴田貞太郎従者
 永持五郎次
 賄方並小使雇人として7人いたが
 各藩の藩士も含まれていた
 ↓↑
 佐賀藩士の石黒寛次
 杵築藩士の佐藤恒蔵(39歳[5])
 加賀藩士の佐野鼎
 長州藩士の杉徳輔(杉孫七郎)
 阿波藩士の原覚蔵
 伊勢屋八兵衛手代の十兵衛
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  (2022/12/01 23:56 UTC 版)
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 ・・・???・・・
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 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)

  +

 (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
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 ボクの「古事記字源」の発端・・・
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 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
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 モモちゃん

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 モウ君の総合目次 (archive.org)
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 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
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 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm